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人は本能で怖い体験をしたいのか。同日公開の問題作、3時間『異端の鳥』と4時間『本気のしるし』への反応

斉藤博昭映画ジャーナリスト
首まで埋められた少年に、カラスは何をするのか…。『異端の鳥』より

映画は公開館数が多ければ多いほど、話題も大きくなる。しかし限られたスクリーンでの小規模な公開作品でも、熱い反応が広く伝わるケースも、たまにある。

10/9に公開されたばかりの2本の映画には、そんなパターンを感じられる。『異端の鳥』と『本気のしるし 劇場版』だ。10/9の公開時点で、前者は全国で13館、後者は5館のみ(今後順次、全国での劇場数は増えていく)。さらに注目すべきは上映時間(長さ)で、『異端の鳥』は2時間49分、『本気のしるし』は3時間52分(休憩あり)という点。つまり一日の上映回数も少ない。そんな極端な状況に加え、2作に共通しているのは、その内容が与えるあまりに強いインパクト。それは「恐ろしい何かを見たい」という人間の本能だ。実際に劇場に足を運んだ人の反応も、他の映画以上に熱い。

『異端の鳥』は、お披露目されたヴェネチアやトロントの映画祭で上映途中に席を立つ人が続出した。思わず目を覆いたくなるような描写があることが話題となり、逆に「見てはいけないものを見たい」という欲求を高めることになった。一方の『本気のしるし』は、おぞましい描写があるわけではない。こちらは登場人物が、危うい運命にハマっていくと自覚しながらも、そっちの方向に引き寄せられていく。状況こそ違えど、「恐ろしいものを見たい」という人間のサガを重ねずにはいられない。しかも、それが3時間、4時間という長尺で展開されるので、映画体験としては忘れがたい重量級になるわけだ。

『異端の鳥』が昨年のヴェネチアのコンペティションで上映されたように、『本気のしるし』は今年のカンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクションに入った。ともに世界的映画祭に評価された逸品でもある。

『異端の鳥』はホロコーストを逃れた少年が、行く先々で厄災をもたらす衝撃的な物語。モノクロの35mmフィルムで展開する映像は、深遠な美しさをまとうのだが、首まで土に埋められた少年にカラスが迫ってくるのを皮切りに、ありとあらゆる衝撃描写が続く。肉体的に痛々しいものから、モラルや倫理を逸脱するものまで、人間の根源に眠る悪をあぶり出すような感覚だ。

これに対してSNSには……

「観ると完全に心が殺される

むごい。いっそ無音でもいいくらい」

「万人に勧められない

「ただただえげつない。それに尽きた」

「劇場で観る勇気がない

といった感想が目につく。しかし文面は否定的だが、どこかその恐ろしさに満足しているような印象が伝わってくるのも事実。そして最後まで観届けると、予想以上の感動が訪れることを書き込んでいる人も多い。

こんな映画観なきゃ良かった。でも観なきゃ後悔必至

「リアルで非常に不快。でもこれと同じことが世界で行われている

「これは映画ではなく現実かもしれない。時間が進むほどそう感じる自分がいた」

「今こそ観るべき映画。最後は大泣き

怖いもの観たさで足を踏み入れ、3時間の映画の旅を続けたあとの達成感、現代の世界への無常感は格別であり、これこそ映画がなしうる奇跡かもしれない。

そして『本気のしるし』は、これまでも『淵に立つ』や『よこがお』などで、人間の心の奥に潜む危うさを見つめてきた、深田晃司監督のひとつの到達点として大絶賛されている一作。星里もちるのコミックを原作に、もともと名古屋のメ〜テレのドラマとして制作され、2019年10月から全10話で放映。メ〜テレとテレビ神奈川のみだったので視聴者は限られていたものの、観た人をかなりザワつかせるドラマとして評判になった。そのドラマを劇場版として再編集した作品がカンヌに選出されたのだ。再編集といっても、30分の10話(CM分を入れて300分)を3時間52分(232分)にしたので、ほぼ「まんま」である。

主人公の会社員、辻くんが、踏切で車に乗ったまま立ち往生した女性、浮世(うきよ)を助けたことから、次々と予期せぬトラブルへ巻き込まれていく。やがて仕事や人間関係もボロボロになっていく辻くん。その場しのぎの嘘も繰り返す浮世との関わりを断てばいいと頭ではわかっていながら、彼はズブズブと蟻地獄のように不幸な運命に身を任せてしまう。

劇中で、浮世が作った借金を取り立てるヤクザが辻くんに、こんなことを言う。

あなた、地獄を見たかったんじゃないの?

困った人を助けたいだけの主人公、つまり「いい人」が、「きみと出会ってから、ひとつもいいことがない」と言いながらも、本能で地獄へハマっていく。そんな姿に、われわれ観客も心のざわめきが止まらず、最後までその運命に同化せずにはいられない。

こちらもSNSでは……

「前半はずっと胃がもたれるような何かが引っかかったようでしんどく、後半は怒涛の伏線回収なうえに、展開ぐわんぐわんな濃密な4時間

共感度ゼロ要素が多すぎるのに面白い

「人間は醜くて弱くて強い生き物であることを再確認できる」

「引きずりすぎて後からボロ泣き

と、とにかくひとつの感情では割り切れない人間の複雑怪奇さに、4時間かけてじっくりと浸ってしまう反応が続出している。

新型コロナウイルスの感染への警戒で、映画館へ行くことに躊躇している人は今も多い。しかも3時間、4時間の映画となれば、それなりの覚悟も必要だ。しかしどうせ映画館へ足を運ぶなら、忘れがたい後味をもたらす作品と出会いたい。そんな人に強くオススメしたいのが、この2作。さらに話題を呼び、ロングランを続けることに期待がかかる。

『異端の鳥』配給/トランスフォーマー 全国順次公開中 (c) 2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN CESKA TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVIZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKY

『本気のしるし 劇場版』配給/ラビットハウス 全国順次公開中

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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