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ハーベイ・ワインスタイン、笑顔を見せる。#MeTooの勢いに、ややつまずき?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 ハーベイ・ワインスタインの暴露から、ちょうど1年。猛烈な追い風の中で進んできた「#MeToo」に、少し牽制の要素が出てきた。

 昨年10月、立て続けに出た「New York Times」と「New Yorker」の記事のうち、「New Yorker」のほうでワインスタインにレイプされた過去を打ち明けたアーシア・アルジェントが、自身も未成年の男性と性関係をもって訴訟されそうになり、示談で解決していたことが明るみに出たのは、そのひとつ。アルジェントは「#MeToo」のリーダー的存在のひとりだっただけに、女性たちに与えた失望感は、大きかった。

 そして、今週は、同じ「New Yorker」の記事でワインスタインの被害者だと名乗り出た女性ルチア・エヴァンスをめぐる刑事裁判が、事実関係の矛盾を理由に、棄却されてしまったのだ。これはあくまで、彼に対する6つのケースのひとつに過ぎないとはいえ、ニューヨークの裁判所を出るワインスタインがほぼ1年ぶりの笑顔を見せたことには、大きなインパクトがあった。さらに、ワインスタインの弁護士ベンジャミン・ブラフマンは、この勢いに乗って、残りの5つのケースも棄却してもらおうとしているのである。ニューヨーク警察の捜査が公平でなかったというのが、彼の主張だ。

焦点はエヴァンスの女友達の証言

「New Yorker」の記事(Harvey Weinstein’s Accusers Tell Their Stories)で、当時、女優志望の学生だったエヴァンスは、ワインスタインのオフィスでオーラルセックスを強要されたと述べている。彼女が拒否すると、彼はペニスを出してきて、彼女の頭を引き寄せた。「私は何度も嫌だと言った。でも、もっと頑張るべきだったのかもしれない。彼は大きな男。私は諦めてしまった。そこが一番恐ろしい部分。女性は諦めてしまうの。だから彼は長いこと、それをやることができてきたのよ。女性が、悪かったのは自分なのだと思うから」と、エヴァンスは振り返っている。

 それに対し、検察は、矛盾する証言を得たというのだ。検察がブラフマンに宛てた棄却に関する手紙の内容はこうである(手紙は一般公開されている)。

 エヴァンスがニューヨークのレストランでワインスタインに初めて会った時、彼女は女友達(彼女の名前は明かされていない)と一緒だった。ワインスタインは、ふたりに、胸を見せてくれたらお金をあげると言ってきたが、ふたりは拒否。しかし、帰り道で、エヴァンスは女友達に、実は廊下でワインスタインに胸を見せたと打ち明けた。

 後にエヴァンスは、ワインスタインのオフィスに行く。ワインスタインは彼女に「オーラルセックスをしてくれたら、役をあげる」と言い、応じたと、エヴァンスは女友達に語った。それを聞いた時、ふたりは酒を飲んでいたため、「記憶は完璧ではない」と認めるが、「その記憶にゆるぎがあったことはない」とも、女友達は述べている。

「New Yorker」が記事を掲載するにあたり、編集部は事前に、女友達に事実確認の問い合わせをした。だが、女友達は、あえてこのことを述べず、「不適切なことが起こった」としか語らなかったという。しかし、今年2月、ニューヨーク警察が話を聞きたいと電話をしてきた時には、これらすべてを語った。

 検察は、8月に、この件でエヴァンス側にも確認を取っている。エヴァンスは、ワインスタインに胸は見せていないしオーラルセックスに同意はしていない、女友達はその夜非常に酒に酔っていたと、自らの主張を変えなかった。エヴァンスの弁護士キャリー・ゴールドバーグは、「私のクライアントは、検察と警察の争いに巻き込まれてしまったのです」と、組織を批判している。彼女は、検察のトップ、ヴァンス・サイラスが、2015年にもワインスタインに対する訴えを棄却したことに触れ、「ヴァンスは、また同じことをやりました」「だから、性犯罪の被害に遭った女性たちは、告発をしないのです。嘘つきだ、売名行為だと言われるから。性犯罪の被害者のみなさん、あなたたちは、決して、そうではありません。ルチア・エヴァンスも、そうではありません」と、ネットに声明を発表している(ON THE DISMISSAL OF OUR CLIENT’S CRIMINAL SEXUAL ASSAULT CASE AGAINST HARVEY WEINSTEIN)。

ビル・コスビーの有罪判決にも長い時間がかかった

 先月には、ビル・コスビーに、過去のレイプで3年から10年の実刑判決が下りたばかり。昔のことであっても、犯した罪から逃れることはできないのだと証明されたところだった。だが、その直後には、高校時代にレイプ未遂を犯した疑いのあるブレット・カヴァノーが、被害者で現在は大学教授のクリスティーン・ブレイジー・フォードによる痛烈な告白が全米で生放送されたにも関わらず、最高裁の判事に任命されてしまう。そこへ来て、このワインスタインの一件だ。ソーシャルメディアでは、黒人のコスビーだけが有罪判決を受け、白人のカヴァノーとワインスタインが逃れられたのは人種差別ではないかという論争も起こっている。

 だが、コスビーの判決が出るには、長い時間がかかった。今回の裁判も、1年前に難航した裁判のやり直し。彼の被害者は数十人もいる中、この刑事裁判に持ちこめたのは、たったひとりでもある。その事件が起こったのは2004年で、被害女性は警察に行ったのに、当時、起訴はされなかったのだ。

 ワインスタインの被害者として名乗り出た女性は、80人以上。ニューヨークのほか、L.A.、ビバリーヒルズ、ロンドンでも、刑事犯罪としての捜査が進んでいる。まだまだ先は長い。これからも、いろいろな展開があるだろう。一歩進んで、また半歩下がるようなもどかしいことも、また何回か起こるかもしれない。いずれにしても、その道がワインスタインにとって楽なはずがない。彼の笑顔は、長くは続かないはずだ。

 

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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