佳子さまはなぜ「手話のみでスピーチ」されたのか 背景と進化とは
8月27日に行われた「第40回 全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」で、秋篠宮ご夫妻の次女・佳子さまは、新たな試みを実践された。これまでのように自分で声を出しながらの手話ではなく、手話のみでスピーチされたのだ。
佳子さまは、手話は音声言語とともに使うものだという印象を避けようと、手話そのものが音声を伴わずとも立派な「言語」であることを認識してほしいとの思いから、冒頭部分を除いて手話のみで伝えられた。
今回の佳子さまの、いわば初めてのチャレンジについて、社会福祉法人トット基金「日本ろう者劇団」の顧問であり、紀子さまに手話を指導した、聴覚障がいのある井崎哲也さんにお話を伺った。
◆これまでと違う「手話言語」
井崎さんは、今回の佳子さまの手話について、こんな感想を抱いたという。
「ろう者にとって理想的な手話でお話しいただきました。手話は声を付けないのが普通なのです」
実は、ネイティブサイナー(生まれながらに耳の聞こえない障がい者)の方が、ろう学校で使う手話は「日本手話」といって、文法的に音声言語とは若干異なる。
例えば、「(赤ちゃんが)いつ生まれましたか?」という質問文は、「(赤ちゃんが)生まれたの、いつ?」という風に、単語の配列が逆になる場合があるというのだ。
今回、佳子さまが行った新しい手話のスタイルは、まさにネイティブサイナーが使う、この「日本手話」だという。
「これは私の想像ですが、おそらく佳子さまが『全日本ろうあ連盟』でお仕事をしている時に、聞こえない人と会話する機会があって、『日本手話』を身近に感じるようになられたのでしょう。声を出さずとも顔の表情やボディ・ランゲージで、微妙な言葉のニュアンスを伝えることが出来ますし、こうした手話スタイルの変更によって、佳子さまの顔の表情がとても豊かになられましたね」(井崎さん)
佳子さまは大学時代ずっとダンス・サークルで活躍されていたこともあり、そこで培われた表現力が生かされているのかもしれない。
◆手話は一つの言語
それまで佳子さまがスピーチをされる際、言葉を発しながら手話を行っていたのは、いわゆる日本語をその文脈通りに手話として表現する「日本語対応手話」というもので、後天的に聴覚を失った方や通訳を行う健常者の方が用いる傾向にあった。
しかし、全日本ろうあ連盟では、「日本手話」と「日本語対応手話」を同じ「言語」であることから、分けて定義はしていない。
全日本ろうあ連盟のホームページには、以下のような見解が述べられている。
「聞こえない人や聞こえにくい人、手話通訳者を含めた聞こえる人を分け隔てることがあってはなりません。手話を第一言語として生活しているろう者、手話を獲得・習得しようとしている聞こえない人や聞こえにくい人、手話を使う聞こえる人など、それぞれが使う手話は様々ですが、まず、それら全てが手話であり、音声言語である日本語と同じように一つの言語であることを共通理解としていきましょう」
つまり「日本手話」と「日本語対応手話」を、優劣や合理性で比較すべきではなく、同じ言語なのだからコミュニケーションの手段として活用していけば良いのではないかと考えている。その点、佳子さまの今回の手話スタイルは、「手話言語」に対して広く知って理解してほしいとの意図もあったのだろう。
◆進化する佳子さまの手話
井崎さんがお母様の紀子さまに公式に教えたのは「日本語対応手話」であったが、手話を主な会話手段とする、いわゆるネイティブサイナーの日常言語としての手話に紀子さまが興味を持たれ、個人指導でお会いした時には「日本手話」を教えていたという。
これからも佳子さまは、機会あるごとに積極的に手話で話され、今以上に滑らかに表現されるようになることだろう。今回の、新しい手話のスタイルを見て、特に注目する点を井崎さんはこう語る。
「手話には2種類あることを、佳子さまを通じて多くの人たちが理解し、広まってほしいと思います。慈善活動に力を注いでいたダイアナ妃もまた、声を出さないネイティブサイナーが使う英語の手話で話していました。佳子さまもダイアナ妃のように活躍してほしいですね」
佳子さまが、全日本ろうあ連盟の非常勤嘱託職員として就職されてから、約2年4カ月。今後も手話の普及に邁進されていくことだろう。
「悠仁さま17歳に 秋篠宮さまと親しいジャーナリストが語る『進学問題』『父子の関係』『今後の課題』とは」
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/805b43f3a7d3961d0896dfd4c087be7e4cb1d5e0