キリスト教政党の選択と葛藤、極右との政権へ ノルウェー政治に激震
11月2日は、ノルウェー政治において、歴史に残る日となった。
国会議員が8人しかいない小政党「キリスト教民主党」。これまで右派政権に閣外協力していたが、与党となることを党の総会で決定。
反対に、首相に別れを告げ、右派から左派ブロックへと、歴史的な方向転換を提案していたハーライデ党首。
党内での投票で負け、党首を辞任することに。
ソールバルグ首相が率いる中道右派政権は、保守的なカラーをさらに強めることとなる。
右派は喜び、左派はがっかりする日となった。
極右が与党のノルウェー政権
人口520万人の国を率いるのは、保守派の連立政権。
保守党、進歩党(極右、右翼ポピュリスト)、自由党の3党でなる右派ブロック政権に、「キリスト教民主党」が閣外協力していた。
寛容的なイメージが強い北欧。だが、国民を分断させると批判されやすい右翼ポピュリスト政党が、ノルウェーではとっくに政権入りしている。
家族の在り方・同性婚・中絶・飲酒などのテーマでは、保守的な傾向が強いキリスト教民主党。
しかし、移民や難民の受け入れなどについては、「困っている人々に手を差し伸べよう・もっと受け入れよう」という党だ。
世論を分断する言い方を好む進歩党とは、相性が悪かった。
右派よりも、左派のほうが私たちには合っている
ハーライデ党首は、約1か月前に、「右派から左派ブロックへ移動しよう」という、衝撃的な提案をした。
ソールバルグ首相率いる保守党に問題があるわけではなく、進歩党が原因だった。
キリスト教民主党の左傾化は、首相の政権解散を意味した。
労働党率いる左派ブロックは、大喜び。
詳細は別記事「ノルウェーは極右を政権から追い出すか 左派へ政権交代の可能性が浮上」
国会議員が8人しかいない政党が、国の行く末を決める
キリスト教民主党は、各地の代表が集まった総会で、多数決をとることとなった。
- 「ノルウェーがさらに右傾化するか、左傾化するか」
- 「ソールバルグ政権の解散か。政権交代となるか」
- 「党内の#MeTooスキャンダルや選挙敗退で、支持率下落に悩んでいた労働党。ストーレ党首が、まさかの首相となるか?」
- 「極右が原因で、保守派政権は解体となるか」
ノルウェーでは総選挙ほどに、重要な日となった。
これまでは、野党として閣外協力していたキリスト教民主党。
- 選択肢A「今の中道右派政権に、仲間入りするか」
- 選択肢B「中道左派ブロックに移動して、政権交代させるか」
党員らは選択を迫られた。
キリスト教の価値観をもつ党内は、真っ二つ
議論を聞いていて感じたのは、党内が右派と左派に分断していることだった。
人道主義や博愛などを大事にするキリスト教の価値観は、ポピュリスト進歩党の言論を嫌う。どれほど妥協するか、考えが分かれた。
右派 選択肢A「今の中道右派政権に、仲間入りする」
- 「首相は、私たちの敵ではない!首相は、スターだ!」
- 「左派は、常に私たちの敵だった」
- 「今の進歩党の大臣たちは、そこまでひどくはない」
- 「極右との連立は首相にとって大変だろうから、私たちがいたら中和されて、首相の助けになる」
- 「私たちは今の中絶政策を変えたい。双子の片方や、障がいがある子どもを中絶できる今の法律に反対。人々を“仕分ける”社会にしたくない。左派は、そんな私たちの考えを邪魔する」
左派 選択肢B「中道左派に移動して、政権交代を起こす」
- 「人々を分断させ、人と人の間に壁を作る今の政権。人々を受け入れ、人と人の間に橋をかける政権にしよう」
- 「進歩党の問題が、ただの言葉遣いだと思っているなら、違う。言葉は私たちを、この国をも変えてしまう力をもつ」
- 「気候変動を信じない進歩党がいる政権は、地獄への道まっしぐら。私たちも、石油で地球を汚す、地獄への道を選ぶつもりか?」
- 「私たちは、極右とは政権入りしないと市民に約束した。右派政権入りしたら、公約を破ることになってしまう」
- 「ノルウェーテロで、言葉と写真は恐ろしい兵器になると、私たちは学んだはず。ポピュリストがいる今の政権は、その兵器を肯定する」
「この人たちは、本当に同じ政党に所属しているのか?」と、驚くほどの違いだった。
結果、僅差で、右派側が勝利。
ノルウェーの保守派政権は、さらに力を強めることとなる。
左派「ノルウェーにとって悲しい日」
政権交代となるか期待していた左派ブロックは、がっかりした様子。
ストーレ労働党党首は、「ノルウェーにとって、悲しい日」とコメントした。
キリスト教の価値観が内部分裂
政権入りするキリスト教民主党は、これから首相らと交渉を開始する。
左派への移動を提案したハーライデ党首は、党首をいずれ辞任すると発表。
右派を支持したロップスタ副党首が、党首となる可能性が高い。
一方で、党内での派閥が明確化したため、内部分裂が今後予想されている。大変なスタートとなりそうだ。
4党全部が政権入りすることを、ずっと希望していたソールバルグ首相は、この日の決定を喜んだ。不安定とされていた政権が、より安定することになる。
キリスト教の価値観と「温かい社会」を掲げる政党は、右傾化の道を選ぶ
総会を取材した帰り道、会場からオスロ空港に向かう途中、党員たちの声が耳に入ってきた。
「月曜日がくるのが怖い」と、これからどうなるのか不安そうな人。
「そうよ!アーナ(首相の名前)は敵じゃなくて、スターなのよ!」と喜ぶ人。
ノルウェーは、右翼ポピュリストがいる政権を選んだ。
キリスト教の価値観で、頑固な極右を「ましな政党に」、政権を「中和化」できるだろうという考えもあるのだろうが、そう簡単にはいかないだろう。
極右が、各国のこれまでのノーマルを、どう変えるかが注目を集める中。ノルウェーでは、ポピュリストの影響を受けて、政治体制がじわじわと変わりつつある。
Photo&Text: Asaki Abumi