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上映中止に緊急手術、2度の危機を乗り越えて再公開へ。学生に逆ギレして俳優から監督に?

水上賢治映画ライター
「アリア」より  (C)坪川拓史

 コスパやタイパが否応なく求められるいまの時代に抗う。そのような時流に逆行する気持ちはおそらく本人にはさらさらない。

 ただ、場合によっては作品が完成を迎えるまで9年。ここまで手間暇を惜しむことなく、細部にわたってこだわり、なにか目覚める瞬間を待つように熟成させて、ようやく1本の映画を生み出す、彼のような映画作家はほかには見当たらない。

 坪川拓史。本人が意図したかどうかは定かではないが、彼はじっくりとじっくりと時間をかけて、しっかり自身の心血を注いで映画をここまで作り続けてきた。

 なにも時間をかければいいものではない。

 だが、長き年月を経て、時に中断やトラブルに耐えて生まれた彼の作品は、映像のもつ「美」と俳優本人の「人間力」が刻まれ、不思議な命が宿る。

 現在全国順次公開中の<孤高の映画作家 坪川拓史全作品>は、タイトル通り、坪川が制作してきた全作品を網羅した特集上映だ。

 だが、彼自身の映画作りと同様に、この特集上映自体もいくつかの危機を乗り越え、数年という時間を経て全国公開を迎えることになった。

 ようやく念願だった特集上映にこぎつけた坪川監督に訊く。全七回/第三回

<孤高の映画作家 坪川拓史全作品>が全国公開中の坪川拓史監督  筆者撮影
<孤高の映画作家 坪川拓史全作品>が全国公開中の坪川拓史監督  筆者撮影

吉田日出子、笹野高史、小日向文世らそうそうたるメンバーのいる

『オンシアター自由劇場』のオーディションへ

 前回(第二回はこちら)、たまたま芝居のチケットをもらったことから、劇団『オンシアター自由劇場』の公演を見て、自分もやりたいと思い立ったことを明かしてくれた坪川監督。

 翌年、劇団『オンシアター自由劇場』の劇団員のオーディションを受けたということだが、無事合格したという。

「演技の経験なんてまったくなかったんですけど、合格しちゃったんです(笑)。

 当時、オンシアター自由劇場には、吉田日出子さんや笹野高史さん、小日向文世さんらそうそうたるメンバーがいらっしゃったんですけど……。その方々の前でいろいろとやらされるんですよ。

 控室に入って周りを見ると、これまで何かしらの形で演技を習ってきたと思われる人たちばかり。100人以上いたと思います。みんな発声練習とか体を動かしたりとか準備しているわけです。

 僕はなにも習っていなくて素地がないから、発声練習する人を初めて間近でみてびっくりしていました。

 で、オーディションが始まって、のちに『美式天然』に出てくださることになる真那胡敬二さんから『じゃあ、トイレを我慢して帰ってきて。家のエレベーターに乗ってホッとしたら故障して止まっちゃったっていうのをセリフなしでやってください。はい、どうぞ』と言われました。

 とりあえず自分なりにやれることをやって、なんとか乗り切りました。それで最後に小日向さんから『君は何か楽器はできるかな?』と聞かれたんです。

 そこで、とっさに『アコーディオンが弾けます!』って言っちゃったんです。まったく弾いたことなんてないのに。

 そうしたら、小日向さんたちが『アコーディオンか!いいねぇ』と盛り上がってしまい……。『どこで弾いているの?』『どんな曲を弾くの?』と食いついてきてしまい、しどろもどろになりながら答えて、それで合格しちゃいました。

 もうそこから大変で、慌ててアコーディオンを購入して。毎日のように六本木の自由劇場の稽古場に行って。みんなの稽古が終わってからひとり居残って、連日アコーディオンの練習をしていました。弾けると言ってしまったので」

「美式天然」より  (C)坪川拓史
「美式天然」より  (C)坪川拓史

学生に逆ギレしたのが監督になったきっかけ?

 こうして俳優としてのキャリアが始まったわけだが、どこで監督へと転じることになったのだろうか?

「いや、それがこれも偶然が重なってのことで。さきほどお話しをしたように毎日、稽古場に居残ってアコーディオンの練習に一人明け暮れていたんですよ。芝居じゃなくて(笑)

 そんなある日、当時、乃木坂にあった映画学校の学生たちが稽古場にやって

来たんです。卒業制作の8ミリフィルム映画に出演してくれる俳優を探しに。

 そこで『映画に出てくれませんか』と言われて、当時、映画学校なんてもの存在も知らなかったのですが、出ることになった。

 学生映画ですけど、これが僕にとって初めて見る映画の現場でした。

 で、当時、僕も20歳そこそこで、かなり生意気でして(笑)。

 映画のノウハウも撮影の方法も何一つ知らないのに、『こっちから撮った方がいい』とか、『ここはこうした方がいい』とかいちいち口を挟む。

 脚本も『このシーンつまらないから書きかえてきた』とか、『こんなシーンを加えたほうが面白い』とか、頼まれてもいないのに勝手にアドバイスをする。

 いま考えると、ほんとうに迷惑な奴だなと思うんですけど、そんな感じで現場をたびたびストップさせていたんですね。

 そうしたら石神井公園で撮影していたある日、ついに学生さんたちが怒って、『だったらお前が撮れよ』と言われてしまいました。

 そこで『ああ撮るよ』と言い返した。これが映画監督に転じた始まりです。

 ちなみにそのとき『お前が撮れよ』といった学生は、板垣幸秀という男でした。

 その後、僕がフィルムで撮った作品(長編2本、短編2本)は彼がカメラマンをやっています。

 板垣さんは、デジタルでの撮影になった長編3作目『ハーメルン』の時に、冬のシーンのワンカットだけを撮って『俺はデジタルには向かない』と言い残し、カメラマンを引退しました。

 こんな感じでまったくなにもわからないまま、ここから監督として足を踏み出しました」

(※第四回に続く)

【<孤高の映画作家 坪川拓史全作品>坪川拓史監督インタビュー第一回】

【<孤高の映画作家 坪川拓史全作品>坪川拓史監督インタビュー第二回】

<孤高の映画作家 坪川拓史全作品>ポスタービジュアル  提供:坪川拓史
<孤高の映画作家 坪川拓史全作品>ポスタービジュアル  提供:坪川拓史

<孤高の映画作家 坪川拓史全作品>

『美式天然』『アリア』『ハーメルン』『モルエラニの霧の中』4作品を上映

名古屋シネマスコーレにて9月14日(土)から、横浜シネマリンにて9月21日(土)から、大分・別府ブルーバード劇場にて10月11日(金)から上映、以後全国順次公開予定

<横浜シネマリンの上映イベント決定>

坪川拓史監督は毎回登壇予定

9/21(土)【トーク】

『モルエラニの霧の中』14:15回上映後

ゲスト:香川京子、菜葉菜、草野康太(以上出演)

9/22(日)【トーク】

『アリア』16:10回上映後

ゲスト:塩野谷正幸(出演)

9/25(水)【トーク】

『アリア』16:10回上映後

ゲスト:塩野谷正幸、髙橋喜久代、DAN(以上出演)

9/27(金)【トーク】

『モルエラニの霧の中』14:15回上映後

ゲスト:大月秀幸、片岡正二郎、草野康太(以上出演)

9/23(月・祝)【演奏と活弁付きライブ上映】

『十二月の三輪車』16:40回/【投げ銭制ミニライブ】短編2作品16:40回上映後/各演奏:くものすカルテット

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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