愛国に燃える「戦狼」留学生の恐怖 中国共産党からの「学問の自由」を全く議論しない日本メディアの不思議
「海外の司法管轄権が英大学を萎縮させる可能性」
[ロンドン発]中国共産党が強行した香港国家安全維持法(国安法)施行から「学問の自由」を守るため、ユニバーシティーズUKは「海外の司法管轄権がキャンパスに“潜在的な萎縮”効果を与える」として、匿名でコースワークに参加したりセミナーに参加したりすることを認めるガイダンスをつくりました。
海外の司法管轄権とは中国共産党を念頭に置いているのは明らかです。英政府や英大学当局は、中国共産党が「核心的利益」と位置づけるチベット自治区、新疆ウイグル自治区、香港、台湾、南シナ海や東シナ海についてキャンパス内で自由に議論できなくなったり、知的財産が窃取されたりするのを懸念していました。
筆者が国安法違反容疑で指名手配された米ワシントンでNGO(非政府組織)香港民主会議を運営するアメリカ人の朱牧民(サミュエル・チュー)氏(42)にインタビューした際、チュー氏は「私はターゲットにされた最初の外国人だが、私が最後にならないのは明らか」との懸念を示しました。
チュー氏は、2014年に香港で起きた大規模デモ「雨傘運動」の提唱者でキリスト教バプテスト派牧師、朱耀明(ユミン・チュー)氏の息子です。1989年の天安門事件を機に朱耀明氏は翌90年にチュー氏をアメリカに移住させました。チュー氏は96年にアメリカ国籍を取得しました。
国安法は司法管轄権を越えて適用されると定められており、イギリスをはじめ海外に留学している中国や香港の学生が「核心的利益」の主権や領土保全に関して中国共産党の利益に反する発言をした場合、チュー氏と同じように国安法違反で指名手配される恐れがあります。
ユニバーシティーズUK のガイダンスは匿名でのコースワークやセミナーへの学生の参加を認めることで大学における「学問の自由」を守る狙いがあります。大学は明確な「出口戦略」なしに国際的なパートナーシップを結ぶべきではないと指摘しています。
ガイダンスは「安全保障関連のリスク管理に失敗すると、財政、法律上の問題、評価で深刻な結果を招く恐れがある。場合によっては、結果は大学の範囲を越えて国家安全保障と繁栄に影響を与えかねない」と警告しています。
中国共産党の「核心的利益」をゴリ押しする中国人留学生
昨年4月、英名門ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)は逆さまにした大きな地球のオブジェを屋外に設置しましたが、「台湾が中国とは別の国のように表現されている」と中国人留学生から激しい抗議を受けました。
台湾(ピンク色)が中国(黄色)とは違う色で示され、台北が首都の赤色で表示されていたため、中国と同じ黄色にして台北を赤色で表示するのを止めよというのです。
台湾の蔡英文総統はLSE出身。台湾の外交部長はLSEに公開書簡を出し、「台湾は主権を持った民主国家で、他の国に属していません。LSEでは台湾の若者も多く学んでいます。蔡総統もその1人でした。国力や人口で決められるべきではありません」と猛烈に抗議しました。
結局、LSEは台湾の横に「*」印を追加し、論争があるとの注釈をつけ決着を図りました。
LSEの教授は、中国人留学生が香港の抗議者の信用を傷つける活動に参加したり、中国共産党の影響下にある非営利教育機構「孔子学院」の職員が学術会議で台湾に関する論文を没収したりするのを目撃しました。LSEは親中派ベンチャーキャピタルから資金提供された中国研究のプログラムを中止しました。
昨年11月に公表された英下院外交委員会の報告書「専制政治の時代にいかに民主主義を守るか」ではイギリスの大学に中国が及ぼしている影響について重大な懸念が示されました。香港出身のロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)スティーブ・ツァン教授は次のように中国大使館の介入を指摘しています。
ラッセルグループ(ケンブリッジ、オックスフォード大学など研究型大学24校)に属する大学では副学長が中国大使館の誰かと話した後、予定されていた講演が中止されました。中国大使館から圧力を受けた副学長が学者の1人に特定の期間中に中国に関する政治的コメントをしないよう求めたこともあるそうです。
中国人留学生の授業料に過度に依存する英大学
SOASのツァン教授は今月27日、テレビ電話会議システムを通じ英保守党下院議員でつくる「中国研究グループ」の勉強会に参加し「英大学での言論の自由を守ろうとしても、愛国に燃える“戦狼”中国人留学生がクラスメートを北京当局に通報するのを止めることはできない」と警告を発しました。
また中道右派のシンクタンク、オンワードのウィル・ターナー所長は同じ勉強会で「イギリスの高等教育への中国人留学生は1995年の1510人から11万5435人と75倍に増えた」と指摘、イギリスの大学が中国人留学生に過度に依存することについて強い懸念を示しました。
11万5435人全員が必ずしも「愛国に燃える“戦狼”中国人留学生」ではないものの、中国人留学生は少なからず在英中国大使館の影響下にあります。
オンワードの報告書によると、2018年度、中国人留学生の授業料収入は21億ポンド(2839億円)で全体の11%を占めています。16の大学では中国人留学生の授業料収入が全体の20%を超えていました。
中でもアート・デザイン分野では世界一の王立美術院は37%、グラスゴー大学、リバプール大学、シェフィールド大学、ヘリオット・ワット大学は各28%、グラスゴー芸術大学は27%、インペリアル・カレッジ・ロンドン、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン、マンチェスター大学は各26%、ロンドン芸術大学は25%と中国人留学生依存度が過度に高くなっていました。
中国への技術移転を目的とする「国防七子」からの留学生
英シンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサエティーの調査報告では中国の国防と国防産業とつながりが深い中国の7大学(国防七子)の卒業生計151人を軍事転用のリスクが高い研究分野で受け入れている英大学は次の通りです。
・オックスフォード大学、シェフィールド大学各16人
・ラフバラー大学、クランフィールド大学、ウォーリック大学、ブリストル大学各9人
・マンチェスター大学、ノッティンガム大学各8人
・インペリアル・カレッジ・ロンドン、カーディフ大学各6人
・エジンバラ大学5人
・ケンブリッジ大学、バース大学、バーミンガム大学、ダラム大学、サウサンプトン大学各4人
日本学術会議の任命拒否問題では「任命すべき会員の数を上回る候補者の推薦を求め、その中から任命するということも否定されない(日本学術会議に保障された職務の独立を侵害するものではない)」(2018年の内閣府文書)と解釈することすら「学問の自由」を侵害していると日本の左派メディアは延々と議論しています。
しかし日本学術会議法17条による推薦と首相による会員の任命の法解釈は絶対不可侵かと言えばそうでなく、変更は可能です。
「学問の自由」を議論するなら、いま世界中を騒がせている中国共産党の圧力と誘導工作を日本メディアが議論しないのはどうしてでしょう。これは問題のすり替えなどでは決してありません。筆者は日本の大学が中国共産党に忖度していないか、その影響力や恫喝から「学問の自由」を守れているのかの方が心配だと思うのですが…。
(おわり)