鶴見線と南武線の「浜川崎駅」 同じ駅なのにそれぞれのホームは、なぜ道路を挟んだ向かい側にあるのか?
筆者は、この年末年始、年越し大回り乗車に挑戦し、常磐線の北小金―馬橋間1035.4kmを35時間かけて走破したことは、これまでの記事でも触れてきたが、首都圏の大回り乗車の中でも個人的に一番印象深いのは鶴見線と南武線浜川崎支線の乗り通しだ。浜川崎駅で鶴見線と南武線を乗り継ぐ場合には、改札外乗り換えが必要となり、年越し大回り乗車が行われた大晦日の浜川崎駅では、鶴見線ホームから道路を挟んだ向かい側にある南武線ホームまで挑戦者の方々が列を成して乗り換えを行ったことは筆者の記事(浜川崎駅で「鶴見線から南武線」へは「改札外乗り換え必須」 大晦日は大回り挑戦者が行列を成す!?)でも触れている。
鶴見線は、京浜東北線の鶴見駅と扇町駅を結ぶ7.0kmの本線と、浅野―海芝浦間1.7kmの支線、さらに武蔵白石―大川間1.0kmの支線を持つ路線である。このうち海芝浦駅は、東芝の事業子会社である東芝エネルギーシステムズの京浜事業所に隣接しており、駅改札口が会社の入り口になっていることから、会社関係者以外は改札の外に出ることができない駅として有名だ。さらに大川駅についても平日は朝夕のみの運行で日中は8時間ほど電車が来ないほか、土休日は3往復しか電車の運行がないことから、首都圏の秘境路線と呼ばれているのが鶴見線である。車両は2024年3月改正から全車両がE131系に置き換えられた。一方の南武線浜川崎支線は、尻手駅から分岐する浜川崎駅までの4.1kmの支線で、現在は新潟から転属してきた2両編成のE127系と205系電車がピストン輸送を行っている路線だ。
ともにJR東日本の路線である鶴見線と南武線浜川崎支線は、浜川崎駅で接続しており乗り換えができるが、鶴見線の駅と南武線の駅は道路を挟んで向かい合った場所に位置しており、乗り換えにはいったん改札を出る必要がある。浜川崎駅は無人駅で、鶴見線と南武線の双方の駅には改札口に簡易型のICカードリーダーが設置されているが、ICカード乗車券で乗り換えを行う際にはこのICカードリーダーにICカード乗車券をタッチせずに乗り換える必要がある。
では、なぜ浜川崎駅は、鶴見線と南武線で乗り場が分かれることになってしまったのであろうか。鶴見線の前身は鶴見臨港鉄道という私鉄会社で、浜川崎駅は1926年(大正7年)に貨物駅として開業した。なお、現在の鶴見線の浜川崎駅のホームは1929年(昭和4年)に渡田駅として開業したもので、もともとは別の駅であった。一方の南武線の前身は、南武鉄道という私鉄会社で、1930年(昭和5年)に浜川崎駅が貨物駅として開業。このとき同時に開業した新浜川崎駅が、現在の南武線の浜川崎駅のホームにあたる駅であった。この二つの私鉄会社は戦時買収によって、1943年から1944年にかけて国有化されるが、このときに鶴見臨港鉄道の渡田駅と南武鉄道の新浜川崎駅を、浜川崎駅に統合。もともと別の駅であった渡田駅を浜川崎駅の鶴見線ホームに、新浜川崎駅を南武線ホームとしたことから、現在のような改札外乗り換えが必要な駅となったのである。
(了)