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性加害の告訴に虚偽告訴罪による告訴で対抗の伊東純也選手 今後の捜査の焦点は?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

 サッカー日本代表・伊東純也選手がチームから離脱するという。性加害疑惑を報じた週刊新潮の記事が発端だ。伊東選手は自らを告訴した女性に対抗し、逆にこの女性を虚偽告訴罪で告訴した。ことの真偽を含め、今後は警察が捜査を行うことになるので、その推移を冷静に見守る必要がある。

どのような報道だった?

 前提となる週刊新潮の記事だが、もっぱら女性やその関係者の証言に依拠しており、伊東選手側の反論が掲載されていないため、女性側の主張がどのような内容か分かるという程度にとどまる。おおむね次のようなものだ。

【6名の登場人物】
・芸能活動をしている女性A
・Aの友人で同じく芸能活動をしている女性B
・Aの芸能事務所社長
・伊東選手のマネジメント担当X(社長やAと面識あり)
・伊東選手(AもBも初対面)
・伊東選手の専属トレーナーの男性Y(AもBも初対面)
【告訴の内容は?】
・Aがホテルのベッドで意識が混濁している間、伊東選手から性被害を受けたとして、準強制性交等罪で告訴
・Bがその隣のベッドで意識が混濁している間、トレーナーYから性被害を受け、それが原因でPTSDに罹患したとして、準強制性交等致傷罪で告訴
【事件の経緯は?】
・A、B、社長の3人はXの誘いで昨年6月20日に大阪で開催された日本vsペルー戦を観戦
・3人は伊東選手が出演するテレビ番組のプロデューサーらをXに紹介してもらえると期待して来阪
・試合後、3人はビジネスホテルにチェックインし、午後11時から焼肉屋でビール1杯とサワー2、3杯を飲む
・Xの連絡を受け、3人は翌21日午前1時ごろ、指定された飲食店へ
・店内には伊東選手のほか、日本代表選手や別の女性もおり、A、Bは伊東選手らと焼酎の割り物数杯やシャンパングラス1、2杯を飲む
・A、B、社長やX、伊東選手は店を出るも、A、B、X、伊東選手だけがX手配のレンタカーに乗り込み、社長は同乗せず
【事件直前までの状況は?】
・ホテルに着くと、A、BはいったんXの部屋に入ったあと、Xとともに隣の伊東選手の部屋へ
・部屋はツインで、伊東選手のほかトレーナーYがおり、テーブルにYが用意した焼酎などが並べられ、伊東選手、X、Y、A、Bで酒盛りを始めるも、Xはすぐに自室に戻る
・Bはほどなく椅子に座ったまま眠る
・Aは一升瓶の酒を紙コップに注がれてあおられ、何杯も一気飲み
・2時間後ごろにYが部屋の明かりを消したので、身の危険を感じたAがライトのスイッチを探すも、Yに腕を押さえられてかなわず
【事件の状況は?】
・Aは急な睡魔に襲われ、窓側のベッドに倒れ込んで寝る
・Aが覚えているのは、2台のベッドの間に落ち、Yに抱えられて壁側のベッドに移動させられた場面と、次に目が覚めると伊東選手が上に覆いかぶさっていた場面
・一方、Bは目が覚めると、窓際のベッドで胸まではだけ、下着をはぎ取られ、股を広げられ、Yが覆いかぶさっている状態
・BはYに胸や陰部を舐められたり触られたりし、性的行為をされる
・Bは暗がりの中でも隣のベッドでAが伊東選手に犯されているとわかった(Aにはその記憶が欠落)
【事件後の状況は?】
・午前7時ごろにXが部屋に入ってきた際、AもBも胸などがあらわな状態
・伊東選手とXはテレビ番組の収録に向かうため、A、Bを残して部屋から出ていき、2人も部屋を後にする
・2人や社長は昨年9月以降、伊東選手側に謝罪を求め、11月からはお互いの代理人弁護士を介して示談交渉を進めたが、示談に至らず
・2人は1月18日に伊東選手とトレーナーYを刑事告訴

捜査の焦点は?

 昨年6月の事案なので、7月施行の改正刑法で導入された不同意性交等罪は適用されず、改正前の準強制性交等罪の成否が問題となる。相手を心神喪失や抗拒不能にさせたり、そうした状態にあるのに乗じたりしたことが要件だ。有罪の場合、最高で懲役20年と重く、致傷が付いたら無期懲役まで科せる。

 一方、虚偽告訴罪は、人に刑事処分や懲戒処分を受けさせる目的で「虚偽」の告訴や告発に及んだ場合に成立する。有罪の場合、こちらも最高で懲役10年と重い。罰金刑がないから、軽い気持ちで嘘をつき、引っ込みがつかなくなったという場合でも、罰金を納めて終わりということにはならない。

 そこで、今後の捜査の焦点を挙げると、次のとおりだ。

(1) 伊東選手はAに対し、トレーナーYはBに対し、それぞれ実際に性的行為に及んだのか
(2) その際、AやBはアルコールの影響や睡眠などにより意識が混濁し、抵抗できず、性的行為への同意が困難な状態だったのか
(3) 同意が困難な状態だったとすると、伊東選手やYはこれを認識できていたのか

 警察は、まずは関係者の間で取り交わされたメールやLINE、Instagramなどのメッセージ、双方のスマホに記録された画像や動画、ホテルに設置された防犯カメラ映像、病院でのAやBの受診状況といった客観的証拠を収集、分析し、消去されたデータについては復旧まで行い、さらにはA、Bらがホテルで飲酒した酒類の購入状況やその内訳、本数などの裏付けを進め、事件の外堀を埋める必要がある。

 そのうえで、A、Bや芸能事務所社長、伊東選手やX、Y、これまでの双方の代理人弁護士らの取調べを行うなど、必要な捜査を遂げ、ホテルの部屋で具体的に何があったのか、その後、示談交渉を含めて双方の間でどのようなやり取りがあったのか、なぜ警察に告訴するに至ったのかなど、真相の解明を慎重に進めることになる。

客観的証拠が捜査の行方を左右

 新潮の記事で気になったのは、その取材に対し、芸能事務所社長が次のような発言をしている点だ。

・何とかXから仕事をもらいたかったので、Xには女の子にガンガン飲ませ、盛り上がった状態で選手たちと合流させると言っていた
・実はXからは伊東選手が宿泊するホテルでの飲み会になるかもしれないと聞かされていた

 AもBも当時の記憶が極めてあいまいで、特に伊東選手のAに対する性加害の状況については実際に何をされたのか具体的な説明がないに等しい。2人の側の人間である事務所社長の証言が重要となるものの、2人を引き合わせたそもそもの経緯がこうした話であれば、かなり心もとない。

 一方で、虚偽告訴罪による立件も容易ではない。前提となる事実に関して当事者双方の主張が激しく対立し、告訴合戦に至っているような場合には、虚偽か否か断定できないということで、検察が「嫌疑不十分」で不起訴処分にすることも多いからだ。現に虚偽告訴罪の起訴率はわずか数%である。

 ただし、例外もある。例えば、群馬県の草津町議だった女性が町長室で町長から性被害を受けたと主張する一方、事実無根だとして町長がえん罪を訴えていた草津町騒動を覚えているだろうか。検察はこの元町議を虚偽告訴罪と名誉毀損罪で在宅起訴するという異例の措置に出ている。元町議が町長室での町長とのやり取りを「隠し録音」しており、これを聞くと元町議が主張していた性被害の事実など存在しないと分かったからだ。

 今回のケースも、こうした客観的証拠の有無やその具体的な内容が両者に対する捜査の行方を大きく左右することになるだろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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