Yahoo!ニュース

「クルマ、バイクの窃盗犯はGoogleマップを駆使」は本当? 愛車どう守る

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:ロイター/アフロ)

「クルマ、バイクの窃盗犯はGoogleマップを駆使している」というツイートが話題になっている。その真偽は分からないが、「犯罪機会論」の視点からは、十分にあり得る話だ。そういえば、筆者が最近、防犯相談を受けた車上荒らしの現場も、Googleマップ上で確認が容易な自宅駐車場で、共同駐車場ではなかった。

そこで、以下では、ツイッターでのこうした話題が現実にあり得ると思える根拠を示すとともに、そうした犯行を防ぐ方法を考えてみたい。

機会なければ犯罪なし

まず、根拠となる「犯罪機会論」だが、それは、犯罪の機会を与えないことによって、犯罪を未然に防止しようとする犯罪学の立場である。そこでは、犯罪の動機を持った人がいても、その人の目の前に、犯罪が成功しそうな状況、つまり、犯罪の機会がなければ、犯罪は実行されないと考える。

犯罪を行いたい者も、手当たりしだいに、行き当たりばったりで犯行に及ぶわけではない。行おうとしている犯罪が成功しそうな場合にのみ、犯行に及ぶ。前科百犯の大泥棒も、目にした物を片っ端から盗むわけではなく、盗みが成功しそうなときに触手を伸ばすのだ。英語のことわざにも、「機会が泥棒を作る(Opportunity Makes the Thief)」というものがある。

犯罪者にとって、犯罪の成功とは、当初の目的を達成すること、そして、捕まらないことである。物を盗みたいのであれば、相手の物を断りなく持ち去り、自分の物にすれば目的達成だ。ただし、目的を達成しても捕まっては元も子もないので、捕まらないことも、成功の重要な中身になる。

とすれば、犯罪者は場所を選んでくるはずである。なぜなら、場所には、犯罪が成功しそうな場所と犯罪が失敗しそうな場所があるからだ。そのため、犯罪機会論では、どういう場所が犯罪者から選ばれやすいのか、つまり、犯罪に成功しそうだと犯罪者が思う場所の条件が研究されてきた。その結果、犯罪が起きやすいのは、「入りやすい場所」と「見えにくい場所」であることが分かった。

ただし、ここで言う「場所」とは、○丁目○番地のことではない。それは「景色」を意味する。というのは、犯罪者は地図を見ながら犯行場所を探しているわけではなく、景色を見ながら犯行を始めるかどうかを決めているからだ。

もうお分かりだろう。Googleマップのストリートビューを利用すれば、家にいながら、犯罪が成功しそうな場所(景色)を物色できるのだ。

実際、埼玉県朝霞市で女子中学生が千葉大の学生に誘拐監禁された事件では、誘拐の場所を「インターネットの地図アプリで探した」と犯人は供述したという。

景色解読力が防犯の鍵

残念ながら、グローバル・スタンダードである「犯罪機会論」は、日本では、ほとんど知られていない。そのため、「なぜあの人が」という視点から「犯人」に焦点を合わせた「犯罪原因論」が、防犯の世界を席巻している。マスコミも「なぜあの人が」は繰り返すが、「なぜあの場所で」は取り上げない。

その結果、防犯対策では、必ずと言っていいほど、「不審者」という言葉が登場する。しかし、「不審者」という言葉が幅を利かせているのは、世界中で日本だけである。諸外国では「不審物」は使っても「不審者」は使わない。見ただけで「不審者」を識別するのは不可能に近いからだ。つまり、「犯罪原因論」に基づく防犯対策には【有効性】が認められていない。

さらに、識別困難な「不審者」を無理やり発見しようとすると、外見上の特徴がある人を「不審者」と見なすことになる。これでは、差別や排除を生み人権を侵害するだけだ。つまり、「犯罪原因論」に基づく防犯対策には【安全性】も認められないのである。

要するに、同じ予算、同じ人員、同じエネルギーなら、動機をなくそうとする「犯罪原因論」よりも、犯行のチャンスをなくそうとする「犯罪機会論」に投入する方が、効率的で副作用も小さいというのが、諸外国の共通認識である。

ところが、日本の防犯対策では、「日本の常識は、世界の非常識」という現状が続いている。そこで、これを何とか改善したいとの思いから、筆者は「地域安全マップづくり」と「ホットスポット・パトロール」の普及に努めてきた。

そこでのキーワードは、「景色解読力」である。「景色解読力」とは、景色がはらむ危険性に気づく能力だ。これを高めれば、未来の犯罪を予測し、危険を事前に回避できるはずである。

サイバー空間における攻防

このように、これまでは、街頭犯罪という身近な犯罪は、リアルな景色の解読力さえ高めれば何とか防げた。しかし、冒頭のツイートが事実なら、街頭犯罪をめぐる攻防が、いよいよサイバー空間にも及んできたことになる。どうやら、メタバース(現実世界を反映した永続的なデジタル世界)における防犯対策も、準備を進めなければならないようだ。

まずは、Googleストリートビューを見る不特定多数の人に「犯罪の機会」を与えていないか、自分の居場所をもう一度見直してみてはどうだろう。クルマやバイクだけでなく、電動アシスト自転車のバッテリー、高価な植物、珍しいオブジェなどもターゲットになりやすい。

Googleマップのウェブサイトには、「自宅や車の全体、人物の全身にぼかし加工を施したい場合は、[問題の報告] からリクエストをお送りください」とある。ただし、ぼかし(モザイク)をかけたとしても、リアルな場所が「入りやすく見えにくい場所」のままであれば、危険性が解消されたことにはならない。入りにくくしたり、見えやすくしたりすることが望まれる。

SNSとの合わせ技も要注意だ。

写真(例えば、○○ショッピングセンター前で撮ったクルマの写真)や「今日、○○ショッピングセンターが開店」といった文章の投稿も、一つひとつは個人情報を特定できないものでも、それはジグソーパズルのピースのようなもので、ピースを組み合わせればピタッと個人情報が浮き出ることもある。「ジグソーアプローチ」とか「モザイクアプローチ」などと呼ばれている手口だ。

こうして得た情報でGoogleマップをナビゲートすれば、ターゲットロックオンが容易になってしまう。

余裕のある方は、Googleストリートビューを活用して、自分が住む地域のフィールドワーク・シミュレーションを行ってみるのも有益だろう。自分だけで自分の居場所を守ろうとする個別的防犯のアプローチは、マンツーマン・ディフェンスなので、用意周到な犯人に対しては脆弱にならざるを得ない。しかし、地域の力で自分の居場所を守ろうとする集団的防犯のアプローチは、ゾーン・ディフェンスなので、強力に犯罪機会を減らすことができる。

参考までに、学生向けに制作したものではあるが、フィールドワーク・シミュレーションの動画を紹介させていただく。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

小宮信夫の最近の記事