AIで量産のメディア偽装サイト「ピンクスライム」の数が、本物のニュースサイトと同規模に
AIで量産するメディア偽装サイト「ピンクスライム」の数が、本物のニュースサイトと同じ規模になっている――。
米ウェブ評価会社「ニュースガード」が、そんな実態を明らかにしている。
米国では、ローカルメディアを模した政治色の強い偽装サイト「ピンクスライム」の増殖が数年前から指摘されてきた。
それが、11月に米大統領選を控え、保守、リベラル双方が「ピンクスライム」の展開を拡大。地盤沈下を続ける本物のニュースサイトと、数の上で並ぶようになったという。
一方では、全米最大の新聞チェーン、ガネットが、「ピンクスライム」提供企業のコンテンツを採用する事態も起きている。
メディア偽装サイトは米国だけの問題ではない。AIの普及と高度化が後押しし、情報戦のツールとしても、グローバルに広がっている。
●本物のニュースサイトとほぼ同数
米ウェブ評価会社「ニュースガード」のサイト「リアリティチェック」は3月25日付でそんな調査結果を明らかにした。
またフィナンシャル・タイムズは、4月1日時点の「ニュースガード」のデータとして、ピンクスライムの数を1,197件と報じている。
一方、本物のローカルメディアは右肩下がりの減少傾向を続ける。
ノースウェスタン大学メディル校客員教授のペネロペ・アバナシー氏の2023年11月発表の調査では、米国のローカル紙のうち、日刊紙の数は1,200としている。
米国では、ローカル紙が消滅する地域が増えていく「ニュースの砂漠」が深刻化する。その現状を明らかにしてきたアバナシー氏のこれまでの調査では、米国の新聞の数は2004年時点の8,891(日刊紙1,472、非日刊紙[週刊紙など]7,419)から、2020年時点には6,736(日刊紙1,260、非日刊紙5,476)と、16年で24%の減少となっている。
その情報空間の空白を埋めるように急拡大しているのが、ローカルメディアの体裁をとった模造サイトだ。廉価な肉の加工材料にちなみ「ピンクスライム」の名称がついた。
「ピンクスライム」は、前回の米大統領選を控えた2019年に、その問題が指摘された。メディアの地盤沈下とAIの高度化がけん引する形で急速に拡大。「ニュースのディープフェイクス」とも呼ばれた。
※参照:「ニュースのディープフェイクス」AIで量産、200の偽“地元メディア”が増殖(12/20/2019 新聞紙学的)
その実態を継続的に報じてきたメディアサイト「コロンビア・ジャーナリズム・レビュー」によると、2019年当初は450件程度だったサイト数は、大統領選の2020年には1,200件超と3倍ほどに膨れ上がったという。
その後、「ピンクスライム」は増減を繰り返す一方、ローカル紙は減少を続け、サイト数が拮抗するようになったようだ。
●保守もリベラルも、全米最大の新聞チェーンも
「ピンクスライム」の広がりは当初、保守派のサイトを展開する代表的な企業「メトリックメディア」などの動きとして注目された。
だが「ニュースガード」は、「ピンクスライム」が党派を超えて広がっている、とも指摘する。
リベラル派とのつながりが指摘される「ステーツ・ニュースルーム」は、42州で「ピンクスライム」を展開。ユタ州、ネバダ州で新たなサイトを立ち上げているという。
このほかにも、ネバダ州やニューハンプシャー州で展開する「クーリエ・ニュースルーム」などのネットワークがあるとする。
さらにメディアサイト「ニーマンラボ」の3月14日付の記事によると、USAトゥデイなどを擁する米国最大の新聞チェーン、ガネットも、「ピンクスライム」のネットワークの1つとして知られる「アドバンテージ・インフォマティクス」から、記事広告の提供を受けていたことを認めているという。
偽装ニュースサイトが本物のニュースサイトと数で拮抗するだけでなく、その中に浸透し始めている、ということだ。
「ピンクスライム」の広がりは、11月の米大統領選に向けた政治的な対立の中で位置づけられている。
米国ではこれに加え、チャットGPT登場以降の生成AIブームの中で、広告収入目的の偽装ニュースサイト「コンテンツファーム(工場)」の乱立も目立ってきた。
※参照:「ニュースを盗む」生成AIで検索最適化、それをブランド広告が支える仕組みとは?(09/04/2023 新聞紙学的)
「コンテンツファーム」は、主要ニュースサイトなどのコンテンツを盗用し、さらに検索エンジンへの最適化に注力することで広告収入を獲得。本物のニュースメディアの体力を奪う。
問題は米国だけではない。偽装ニュースサイトは、情報戦の側面からもグローバルに広がっている。
●「ドッペルゲンガー」への制裁
米財務省は3月20日、親ロシアの影響工作ネットワークとされる「ドッペルゲンガー」に関与しているとして、ロシア企業「ソーシャル・デザイン・エージェンシー(SDA)」「ストラクトラ」とその創業者らの資産凍結を発表した。
「ドッペルゲンガー」は、欧州や米国の主要なニュースメディアサイトを偽装する親ロシアの影響工作ネットワークとされる。
2022年4月ごろから欧州連合(EU)やウクライナを中心に活動が確認されてきた。2023年7月末にはEUの制裁対象にもなっている
※参照:偽装メディア・偽スウィフト…親ロシア影響工作ネット「ドッペルゲンガー」にも生成AIの影(12/14/2023 新聞紙学的)
今回の米財務省の措置は、やはり2024年米大統領選に向けた措置だ。
また、カナダのトロント大学マンク国際問題・公共政策大学院の「シチズンラボ」は2月7日、中国発とみられる、やはりローカルメディアを偽装したサイトのネットワーク「ペーパーウォール」の存在を明らかにしている。
それによると、欧州、アジア、中南米30カ国で、ローカルメディアを装う123のサイトが確認できたという。それらのサイトでは、親中国のメッセージが発信されていた、という。この中には日本も含まれる。
日本のケースでは、「福岡新聞」「銀座新聞」などと名付けた15サイトが確認されている。
NHKの3月2日付の記事によれば、これらのサイトは、NHKや日本の大手ニュースサイトなどから画像などを無断使用していたという。
●偽装メディアがニュースメディアを飲み込む
AIを活用した米国のメディア偽装サイト群「ピンクスライム」や、情報戦のネットワークとみられる「ドッペルゲンガー」「ペイパーウォール」などのサイト群は、偽情報・誤情報による情報空間の汚染を加速する。
米国では、そのメディア偽装サイトが、本物のサイトと拮抗する勢いを見せる。
AIが量産する偽物が大勢となった情報空間に残るのは、不信と混乱だけだろう。
(※2024年4月5日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)