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「タイタニック号潜水艇はメートルとフィートを間違えていた」は根拠不明。まとめサイトや文化放送が拡散

篠原修司ITジャーナリスト/炎上解説やデマ訂正が専門
タイタニック号潜水艇タイタン(提供:OceanGate Expeditions/REX/アフロ)

 「タイタニック号潜水艇タイタンは、メートルとフィートを間違えて設計したため沈没した」という情報がSNSを中心に出回っていますが、この情報は『5ちゃんねる』発のもので根拠がありません。

『5ちゃんねる』に根拠不明のタイトルでスレッドが投稿される

 問題の情報は6月22日に匿名掲示板『5ちゃんねる』のニュース速報板に投稿されたスレッドが始まりです。

 スレッドのタイトルは「【緊急】お金持ち達のタイタニック潜水艇、案の定メートルとフィートを間違えて1300mが限界だった模様 」で、「水深4,000フィート(1,300メートル)までしか耐えられないのに4,000メートルと勘違いした」という意味合いとなっています。

 しかし、情報元となっている『TBS NEWS DIG』の記事には

 複数のアメリカメディアは、“潜水艇の運営会社の元社員が、5年前の2018年に、潜水艇の安全性に懸念を示していた”と伝えました。潜水艇に設置された覗き窓は、“水深4000メートルまで乗客を運ぶことを想定していたにも関わらず、水深1300メートルまで耐えられる強度しかなかった”としています。

 としか書かれておらず、メートルとフィートを勘違いしたという情報はどこにもありません。

 1,300メートルをフィートに直すと約4,265フィートになり、水深4,000メートルに数字としては近くなるため勘違いしたのだと考えたのでしょうが、あくまでも個人の憶測でしかなく根拠とはなりません。

裁判では書類に「メートル」と記載。報道もメートルとフィートの両方を記載

 それでは、実際にメートルとフィートを勘違いしてしまうような状態だったのでしょうか?

 『TBS NEWS DIG』が取り上げている潜水艇の運営会社の元社員の指摘は2018年に裁判が起こされており、訴状も公開されています。

訴状を見ると、

At the meeting, Lochridge discovered why he had been denied access to the viewport information from the Engineering department—the viewport at the forward of the submersible was only built to a certified pressure of 1,300 meters, although OceanGate intended to take passengers down to depths of 4,000 meters. Lochridge learned that the viewport manufacturer would only certify to a depth of 1,300 meters due to the experimental design of the viewport supplied by OceanGate, which was out of the Pressure Vessels for Human Occupancy (“PVHO”) standards. OceanGate refused to pay for the manufacturer to build a viewport that would meet the required depth of 4,000 meters.

会議で、ロッチリッジ氏はエンジニアリング部門からビューポート情報へのアクセスを拒否されていた理由を発見しました。

オーシャンゲート(運営会社)は乗客を深海4,000メートルまで連れて行くつもりだったのに、潜水艦前部のビューポートの認証された水深は1,300メートルまでしかなかったのです。

ロッチリッジ氏は、オーシャンゲートが提供したビューポートの実験的な設計が人間が居住するための圧力容器(PVHO)の規格から外れていたため、ビューポートの製造業者が水深1,300メートルまでしか認証していないことを知りました。

オーシャンゲートは、必要な水深4,000メートルを満たすビューポートを製造するための費用を製造業者に支払うことを拒否しました。

(筆者翻訳)

 との記述があり、そこにはメートルとしっかり書かれてあります。

 また、「オーシャンゲートは耐圧性能が足りていないのを知っていながらも、4,000メートルの基準をクリアするための費用を支払わなかった」が事実なのであれば(相手側の主張であるため、これが事実かどうかはわかりません。念のため)、メートルとフィートを勘違いしていたという憶測は当てはまらないことになります。

 勘違いしていたのであれば、費用の支払いを拒否する必要がないからです。

 このほかこの件を伝えている海外の記事も確認しましたが、『CBS News』も『AP通信』もメートルとフィートの両方を記載しています。

CBS News

According to a former employee of OceanGate Expeditions, which built the Titan, the submersible was only equipped to withstand the pressure of 1,300 meters, or about 4,265 feet. That employee, submersible pilot David Lochridge, who was fired by OceanGate, filed a lawsuit against the company in 2018, alleging the Titan would travel about 13,000 feet deep, despite the fact that depth had never been achieved by a sub with this type of carbon fiber hull.

A look at Titanic wreck ocean depth and water pressure — and how they compare to the deep sea as a whole - CBS News

AP通信

Further, the craft was designed to reach depths of 4,000 meters (13,123 feet), where the Titanic rested. But, according to Lochridge, the passenger viewport was only certified for depths of up to 1,300 meters (4,265 feet), and OceanGate would not pay for the manufacturer to build a viewport certified for 4,000 meters.

Insufficient prototype testing could put Titanic sub passengers in extreme danger, a lawsuit says | AP News

 こうした状況をふまえると、やはり「勘違いしていた」という憶測はかなりムリがあるように思います。

まとめサイト『ツイッター速報』が取り上げ、文化放送も後追い

ツイッター速報の投稿。6,000件以上拡散し、約800万回見られている。筆者キャプチャ。
ツイッター速報の投稿。6,000件以上拡散し、約800万回見られている。筆者キャプチャ。

 問題は、このような憶測をまとめサイト『ツイッター速報』が取り上げたことから、それが事実であるかのように『Twitter』で広まってしまったことです。

 トレンドにも一時「ヤードポンド法」が入り、「ヤードポンド法は滅ぼさなければいけない」といった定番ネタの悪ノリも含めて大きな話題となりました。

 さらに問題なのは、このような根拠のない情報を『文化放送』までもが「不明の潜水艇はメートルとフィートを間違えていた?」と取り上げ、まるで事実かのように拡散してしまっていることです。

文化放送の当該記事。筆者キャプチャ。
文化放送の当該記事。筆者キャプチャ。

 番組内にて、コメンテーターで郵便学者の内藤陽介さんが「確か1300メートルまでしか潜れないのに4000メートル潜るつもりだったらしいんですよ。ネットでは、メートルとフィートの単位を間違えたんじゃないかという人もいて」と発言したことからこのタイトルが付けられたのだと思われます。

 おそらくはPV欲しさにタイトルを付ける編集者が「?をつけてればセーフだろ」としたのでしょうが、公共の電波を使うラジオ局が自社のサイトでこのような根拠不明の情報を流してしまうのはどうかと思います。

 サイト内の週間ランキングで1位を獲得するほど話題となったようですが、「いかがでしたか?」ブログではないのですから根拠のない情報を事実かのように伝えるのはやめて欲しいものです。

まとめ

 筆者が調べたかぎり、オーシャンゲートがメートルとフィートを勘違いしていたと考えられる情報は見つかりませんでした。根拠不明な情報を拡散しないよう注意してください。

6月25日23時16分修正

 1,300メートルの部分の説明がわかりづらいと思って修正したところ、逆に思いっきり説明を間違ってしまったので再修正しました。申し訳ありません。

→6月26日0時44分に再度修正しました。

ITジャーナリスト/炎上解説やデマ訂正が専門

1983年生まれ。福岡県在住。2007年よりフリーランスのライターとして活動中。インターネット(SNS)で起きる炎上の解説、デマのファクトチェック、スマホやガジェットの話題、生成AIが専門。最近はYouTubeでも活動しています。執筆や取材の依頼は digimaganet@gmail.com まで

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