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守るのは正社員だけ! ワタミの「美談」の犠牲になった非正規の大量解雇

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

ワタミの「美談」に隠された「犠牲」

 1月20日放送のNHK「クローズアップ現代+」の「岐路に立つ居酒屋 雇用と日本型ビジネスの行方」は、衝撃的な内容だった。

 番組の趣旨は、コロナ禍の拡大のため客が激減し、売り上げが6割台まで減少した居酒屋チェーンが、生き残りをかけて、さまざまな業態転換を試行錯誤しているというものだった。

 特に焦点化されたのが、居酒屋チェーンで知られるワタミ株式会社だ。ワタミは居酒屋の店舗のうち3割を焼肉店に転換し、必死の思いで従業員の雇用を守ろうとしているという「美談」が語られた。

 しかし、ワタミの代表取締役会長・渡邉美樹氏が番組後半、ディレクターから非正規労働者の雇用について問われると、その様相が一変したのである。彼が口にした本音は、「非正規差別」そのものだったのだ。

「時給300円」のロボット導入で、従業員半減の店舗も

 ワタミの焼肉店は、接客用に配膳ロボットを導入している。番組によると、このロボットの導入によって、居酒屋店内に8人を配置していた配膳担当の従業員数を、実に4人に半減させることに成功したという。渡邉氏はこの配膳ロボットについて、次のように説明した。

「時給は300円なんですけど、よく働いてくれます」

 「時給300円」の意味するところは正確には不明だが、ロボット一体あたりのコストを、1時間で割ったのだろうか。ワタミは、非正規に時給1000円程度を払って彼らの生活を守ることよりも、時給300円のロボットの効率を優先したのである。この渡邉氏の発言から、ワタミで働いていた非正規に対する思いを感じ取ることは難しいだろう。

非正規は守らなくてもいいのか

 しかし、この発言は「序の口」にすぎなかった。続けて、渡邉氏は次のように話した。

「アルバイトさんに大体8割くらい頼っていた業態なんです、うちは。そのアルバイトさんのところは申し訳ないけども、引かせていただいて。社員の2割のところは確実に守っていく」

 「アルバイトさんのところ」を「引かせていただく」とは、どういうことだろうか。婉曲な言い回しだが、アルバイトやパートタイム労働者の雇用契約を大量に打ち切り、雇い止めにして、会社から放り出すということにほかならない。

 さらに、番組ディレクターが、学生や主婦らの非正規雇用労働者が、ワタミの居酒屋での賃金によって生活を成り立たせていたことについて言及すると、渡邉氏は次のように答えた。

「その部分の今まで何千人、何万人と雇用していた部分がやはり厳しくなっているのは現実です。ただ、まずは社員を守りたい」

 「まずは社員を守りたい」。一見、聞こえはいいかもしれない。しかし、同じように働いてきた労働者の中で、正社員「だけ」を守ることは、はたして「正しい」ことなのだろうか。

 ましてや、ワタミの居酒屋の従業員は、渡邉氏にしたがえば、実に「8割」が非正規で、その数は「何万人」にも及ぶ。業務のほとんどをアルバイトやパートタイム労働者に支えられたおかげで、ワタミは利益をあげ、成長してきたのである。

 それにもかかわらず、「正社員を守る」ことを最優先して、非正規の雇用を打ち切ることは、自信をもってテレビで公言するほど「正しい」ことなのだろうか?

非正規にも賃金以上の働きをさせようとしていたワタミ

 ここで、渡邉氏がかつて従業員向けのメッセージで次のように書いていたことを振り返ってみたい。

「「お客様に感動を与える店を作ろう」「明るくのびのびと仕事をしよう」

これが我々の合言葉である。あそこで働いているアルバイトさんは、この言葉を知っているのだろうか。そのアルバイトさんの働きぶりを見て疑問に思った。」(給与メッセージ 1998年1月25日)

「人生の光輝く時間を提供してくれているアルバイトさんに、お金以上の光り輝く時間に見合ったものを提供できたらいいなあと考えています。…(略)…お客様の喜びを自分の喜びにできることの美しさとかを伝えられたら最高です。お金と違って、消えてなくならないものをプレゼントしたいと思っています。」(給与メッセージ 1997年9月25日)

 こうしたメッセージからもうかがえるように、ワタミは非正規雇用労働者に対しても、「やりがい」をもたせることで、「お金」つまり時給以上の働きをさせるように奨励してきた。

 数の上でも、そして一人一人の「貢献度」という意味でも、ワタミの成長のために活用されてきた非正規労働者たち。「正社員を守るため」という理由だけで、彼らを切り捨てることは、「非正規だから、いつ切っても構わない」という非正規差別以外の何物でもないのではないか。

非正規は家計の重要な担い手

 加えて、現在の日本では、非正規はもはや家計の重要な担い手になっている。非正規パートタイム労働者であっても、「お小遣い稼ぎだから」「正社員の夫の収入があるから雇用がなくなっても大丈夫」という考えはもはや通用しない。

 正社員の収入も減少している。夫が正社員で働いているとも限らない。シングルで生計を立てているパートタイム労働者も多い。ワタミを解雇され、貧困状態やホームレス状態に陥ったり、大学を退学に追いやられる学生もいるかもしれない。そんな現状を踏まえてもなお、アルバイトなら切っても問題ないと言えるのだろうか?

 特に大学生のアルバイトは、家族全体の収入が減少している中で、重要な家計の一部となっている。大学生のアルバイト収入をあてにする親も少ないないのだ。もちろん、パート労働者の賃金も、家庭を支える重要な要素で、ワタミの解雇が原因で住宅ローン破産する家庭もあるかもしれない。

 生活が致命的に苦しくなるにもかかわらず、「正社員だけ」を守るなどと公言することは、やはり「非正規」という身分による差別にほかならない。渡邉氏は、従業員が抱えるそうした「生活のリアル」を理解しているのか、はなはだ疑問である。

 国はコロナ禍による雇用調整助成金の特例措置によって、大企業であれば休業手当の75%までを補償するとしてきた。今回の緊急事態宣言の要請に基づく飲食店の休業の場合については、大企業に対しても、全額を補償することになっている

 こうした国の政策も活用せず、非正規のシフトを入れずに退職に追い込んだり、雇い止めしたりする大企業が後を絶たない。ワタミは、国の政策を活用して、ワタミのために働いてきた非正規の雇用を守ることこそが、会社に貢献してきた従業員に報いることなのではないだろうか?

非正規差別を行う大企業を許していいのか

 渡邉氏は、番組の終盤でこのように話していた。

「(感染拡大は)起きちゃってるんだからしょうがないよ。だから前を向くしかないよ。ただ前だけを見つめて丁寧に進んでいこうと。それが今自分で心がけていることです」

 渡邉氏のように、非正規差別を公言してはばからない経営者に切り捨てられ、多くの非正規雇用労働者たちには国の支援策すら届かず、「前を向く」ことは難しい。

 ただし、悪いのはワタミ「だけ」ではない。ワタミはあくまで、その象徴的な一事例に過ぎない。低賃金の非正規に依存することによって成長しておきながら、経営に不都合となったらあっさり切り捨てる。このような非正規差別を平然と行うことは、どの企業であっても許されないと思う。

 このコロナ禍において、その差別性が改めて明るみに出たといえよう。労働NPOや労働組合を通じて、あらゆる立場の人が「自分の権利」を主張をしてくことや、弱い立場の人々に共感し、支援する社会の取り組みがますます重要になっている。

 ワタミの過労問題にも取り組んでいる、総合サポートユニオンでは、コロナ禍が明らかにした大企業の非正規に対する差別に抗議する運動を企画している。

 参考:やっぱり「反省」していない? ワタミが「第三者委員会」を繰り返す理由とは?

 その一つとして、1月29日(金)の夕方に#非正規差別を許さない #テレワーク差別に抗議します などのハッシュタグを掲げてのTwitterデモが予定されている。

 また、総合サポートユニオンは、コロナ禍で企業に対して立ち上がった女性非正規労働者たちを支援しているが、当事者をサポートしながら社会的な発信を行う運動も必要だ。

動画:立ち上がる女性非正規労働者たち

 総合サポートユニオンでは、こうした個別の企業に対して声を上げる運動や、社会全体に非正規差別を抗議するキャンペーンを企画するボランティアを併せて募集中だという。関心のある方は、ぜひ参加してみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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