ブラジル代表とカルテット・マジコへの郷愁。
手負いの猛獣は、怖い。エースを欠いた王国が牙を剥き出すとしたら、対戦相手としては厄介だろう。
6月14日にコパ・アメリカが開幕した。優勝候補と目されているのが、開催国であるブラジルだ。
だがブラジルは開幕前の国際親善試合カタール戦でネイマールが負傷。チッチ監督は最重要選手不在でビッグトーナメントに挑むことになった。
■カルテット
2016年夏に就任したチッチ監督は、前任のドゥンガから仕事を引き受け、徐々にチームを自分色に染めていった。守備的な戦い方をしたドゥンガに比べ、ネイマール、フィリップ・コウチーニョ、ウィリアン、ガブリエウ・ジェズスの「カルテット」を軸にして攻撃的なフットボールを展開するチッチ監督率いる代表をブラジル国民は好意的に受け止めた。
カルテットの幻影ーー。「4」という数字はブラジルにとって郷愁を伴うものだ。1982年のスペイン・ワールドカップにおいて、ジーコ、ソクラテス、トニーニョ・セレーゾ、ファルカンが黄金の4人組と称された。2006年のドイツ・ワールドカップでは、カカー、ロナウジーニョ、アドリアーノ、ロナウドの4選手がカルテット・マジコ(魔法の4人組)と呼ばれ大きな期待を背負った。
だが、攻撃を好むアタッカーを4人同時起用するというリスクを孕む戦術の上で、いずれの大会においても頂点に立つ夢は叶わなかった。
そして、チッチ監督の代表で歴史は繰り返された。2018年のロシア・ワールドカップでは、ベスト8敗退に終わっている。ポゼッション・フットボールのベルギーに完敗した。その後、ネイマールは負傷に、コウチーニョはバルセロナでの適応に苦しんだ。G・ジェズスはマンチェスター・シティでセルヒオ・アグエロとの、ウィリアンはチェルシーでエデン・アザールやペドロ・ロドリゲスとの激しい競争に晒されてプレータイムを確保しきれなかった。
■プランの変更
主力選手のコンディションとパフォーマンスが不安定になり、チッチ監督はプラン変更を強いられた。
追い打ちをかけるように、今大会を前にネイマールが負傷離脱を余儀なくされる。ロシアW杯で採用していた4-3-3から4-2-3-1へのシステムチェンジが断行された。1トップにロベルト・フィルミーノ、トップ下にコウチーニョを配置。左ウィングにダビド・ネレス、右ウィングにリシャルリソンが入る。
フィルミーノは献身的で、「9.5番」の選手として味方と連携する。ネレスとリシャルリソンは果敢にスペースに飛び出し、ダイアゴナルのランニングでボールを引き出し、深みと幅をもたらす。
ファンタスティックな4人組ではないかもしれない。だが現在のブラジルはシンプルで、ソリッドで、大崩れしないチームになっている。ただ、一方で、課題は残されている。スコアレスドローに終わったグループステージ第2節ベネズエラ戦では、引いて守る相手を崩せなかった。
これは個の問題ではない。コレクティブな問題だ。
■呪縛からの解放
現在のブラジル代表を支えているのはネイマール、コウチーニョ、カセミロ、アリソン・ベッカーである。全員が1992年生まれの選手だ。彼らの若い頃に、ブラジルサッカー連盟(CFB)は育成年代の強化に注力し始めた。
まずはマルセロ、ウィリアン、レナト・アウグストら1988年から1994年の間に生まれた選手が発掘される。2003年にルチョ・ニッソが若年層の責任者として連盟入りを果たすと、その流れは加速した。
そして、「ネイマール世代」が到来する。彼らは2009年のU-17南米選手権で優勝を達成した。しかし、同年に行われたU-17ワールドカップでは、グループリーグで敗退。経験不足と不安定さを垣間見せながら、成長が促されていった。
それが、果たして結実するのか。その答えが出るのが今大会のコパ・アメリカであり、2022年のカタール・ワールドカップだ。
初戦のボリビア戦(3-0)では、呪縛を打ち破り好スタートを切った。1950年のブラジル・ワールドカップで決勝リーグに勝ち進んだブラジルは、最終戦のウルグアイとの試合で引き分け以上なら優勝が決まる状況だった。だが、ブラジルはウルグアイに1-2と敗れ、準優勝に終わった。マラカナンの悲劇と呼ばれる一戦だ。その大会以来、ブラジルは白いユニフォームを着なくなっていた。
「白いユニフォームの呪縛」から解き放たれ、キングダム(王国)の復権を目指す戦いは続いている。