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ナホトカ号事故の経験が福井豪雨で活きたのを見た

饒村曜気象予報士
冬の日本海(写真:アフロ)

平成9年(1997年)1月2日、ロシアのタンカー「ナホトカ号(13000トン)」が強風の日本海(島根県隠岐島沖)で沈没し、多量の重油が流出しました。

重油は、強い北西風や対馬暖流の影響を受け東進し、一部は若狭湾から能登半島にかけての沿岸部に漂着し、大きな被害が発生しました(図1)。

このときに問題となったのは、重油がいつ沿岸部に漂着するかということです。

沿岸部に重油が漂着すると、養殖場が全滅するなど、非常に大きな被害が発生するからです。

図1 ロシアタンカー「ナホトカ号」の沈没地点と海流
図1 ロシアタンカー「ナホトカ号」の沈没地点と海流

海流や気象の予測で被害を最小限に抑える

重油流出の被害をくい止めるために、重油処理剤をヘリコプターや船で散布する、船でオイルフェンスをはる、吸着マットで回収する、ひしやくですくって集める などのことが行われます。

これらは、いずれも海流や気象の予測を正確に行うことによって、効率よく行うことができ、被害を最小限にくい止めるのに役立っています。

ナホトカ号事故のときは、風の強い日が続き、重油処理剤やオイルフェンスをはることが十分に行うことができず、大きな役割をしたのが、海岸に漂着した重油を人海戦術によって取り除くという方法でした。

2年前の阪神淡路大震災で、ボランティア活動ということが言われだしたこともあり、福井県の海岸に多くのボランティアの人たちが集まっています。

ボランティア活動は、ナホトカ号事故の被害拡大を防くのに役立ったのですが、ボランティアをする人も、ボランティアを受ける人も、慣れていないことからの混乱があり、多くの反省点があったのも事実です。

福井豪雨時の素晴らしいボランティア活動

平成16年7月18日に福井県嶺北地方を中心とした豪雨が発生し、福井市内を流れる足羽川の堤防が決壊するなどで1万4000棟が浸水するという福井豪雨が発生しています。

そのとき、私は、福井地方気象台に勤務していました。

そして、福井豪雨での素晴らしいボランティア活動を間近に見ました。

福井県嶺北地方に豪雨が降ったのは18日の早朝で、足羽川が決壊したのは昼過ぎですが、その日の夕方には早くも福井市ボランティアセンターなどができています。そして、そこに福井県担当者も加わっています。このため、最初からボランティアと自治体との連携ができ、翌19日早朝から本格的なボランティア活動ができる体制ができています。

また、ボランティア組織の基金を使い、直ちにボランティアに参加した人に対しての保険をかけています。また、名古屋方面からのボランティアを運ぶためのバスをチャーターするなど、基金を生かしています。

活動するために必要なお金を集めてから行動するのではなく、まず行動をし、行動する過程において必要なお金を集めているのですから、活動のスピードが違います。

ボランティアの人に保険をかけるということは、保険のおりない危険作業はさせないということを含んでいます。不測の事故によって善意が後悔にならないように、安全第一ということです。

ボランティアの数は日をおって増加し、福井豪雨後の最初の週末には、学生が夏休みに入ったこともあって1万人近くまで膨れ上がっています。

そして、各ボランティアセンターに登録して活動している人が、のべ6万人に達しています。町内や直接親戚・知人宅の手伝いをしている人を含めると、もっと多くの善意が集まっています。

台風情報を安全情報として発表

一般的には、被災地にボランティアの人が車でゆくと、渋滞を引き起こして地元の人に迷惑をかけます。

福井豪雨の時は、自治体と警察が協力し、空き地に臨時駐車場を設け、そこにボランティアの人の車を誘導し、臨時駐車場から被災地までボランティアの人をバス輸送しています。

私の経験です。

福井地方気象台へ福井県から、ボランティアの人が集まっているところに掲示したいので名古屋へ台風が接近しているかどうかの情報を提供して欲しいとの依頼がありました。

名古屋からのボランティアの人が多かったので、その人たちが安心して活動できるためにという県の配慮からです。

これに応え、気象台も「台風10号は東海沖を西進しているが、名古屋には接近しない(図2)」という、台風に関する情報を特別に作成して提供しました。

長いこと台風情報等の作成に携わってきましたが、台風情報を安全情報として提供するという、初めての経験でした。

これは、ほんの一例ですが、ボランティア活動に自治体が協力し、自治体の活動にボランティアが協力しています。

図2 台風10号の進路予報(7月29日12時)
図2 台風10号の進路予報(7月29日12時)

「福井方式」のボランティア活動

優れたボランティア活動は一朝一夕にできるものではありません。

福井のボランティアは、ナホトカ号事故の際に集まったお金を出発点として活動に必要な基金を持ち、ナホトカ号事故のときの教訓をもとに組織が固められ、自治体等との協力体制が作られています。

そして、全国で災害があったときには駆けつけて活動をし、経験を積み重ねています。

だから、福井豪雨の時に優れた活動ができたのだと思います。

大きな災害発生時に、自治体やボランティア等が問題を起こすと大きく扱われる傾向があります。

逆に、福井豪雨のときに「福井方式」と呼ばれるほどの優れた活動が行われても、大きくは扱われません。

優れた活動を大きく扱い、真似をしてみようという人を増やすというのは、大事な観点かと思います。

図1の出典:饒村曜(1999)、イラストでわかる天気のしくみ、新星出版社。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2024年9月新刊『防災気象情報等で使われる100の用語』(近代消防社)という本を出版しました。

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