押しかけラグビー騒動で考えるネット炎上対応の難しさ
今週、NTTコミュニケーションズのインタビュー記事を巡って、ちょっとした騒動があったのをご存じでしょうか。
きっかけとなったのはこちらの記事でした。
私自身も元NTTグループ出身者ということもあり、記事は軽く読んだのですが。
GAFAへの人材流出を防ぐ、というキャッチーなタイトルも影響し、ネット上で最も注目されたのは、最後のページにある「押しかけラグビー」という取り組みに関する発言でした。
該当の発言部分を切り出すとこんな感じ。
「2018年には『押しかけラグビー』という企画を始めました。職場に突然、ラグビー部員がわーっと入っていって、社員にボールをパスしたり、体を動かしてもらったりするんです。」
ツイッター上でここの文章だけが多数引用され、この文章だけを見て、真面目に仕事してる最中にいきなり後ろからラグビーボールをぶつけられたり、タックルされたりするのではないかと想像してしまう人が続出。
ある意味、典型的な運動が苦手な人へのイジメ的イジリをイメージしてしまう人も多く発生し、多くのツイッターユーザーがこれではGAFAへの人材流出が加速するだけだろう、と突っ込む展開に。
最終的にはエンジニアの利用者が多いはてなブックマークでも1000近いブックマークがつくなど注目されたこともあり、記事タイトルがツイッターのトレンド入りするほど、一部で大きな話題になったようです。
ただ、今回興味深かったのは、それに対してすぐにNTTコミュニケーションズの社員のブログから反論がされたこと。
参考:NTTCom社員は本当にラグビー部員におしかけられているのか?
冒頭の記事だけでは読み取れない細かい説明をされており、多くの人が誤解がとけたと反応する結果になった模様。
こちらも記事執筆時点で、1000を超えるはてなブックマークがついており、ある意味騒動を鎮火させる効果をもたらしたように見えます。
さらに、この記事を受ける形で商業メディアであるITmediaのねとらぼが今回の騒動を記事化します。
参考:NTTコム「人材流出防止に押しかけラグビー」報道に波紋 実際に行われているのか聞いてみた
この記事では、あくまで誤解を解く立ち位置から記事が書かれていますが。
結果的に、ネット上で誤解から広まってしまった騒動が、商業メディアに取り上げられるといういわゆる炎上騒動の典型的なパターンになってしまったわけです。
■ネット上の騒動を1日で商業メディアが記事化する結果に
今回の流れを時系列で並べてみると。
■3月27日午前9時過ぎ 冒頭のインタビュー記事が公開
■3月27日午後 「押しかけラグビー」がツイッター上で話題に
■3月28日午前11時前 社員による反証のブログ記事が公開
■3月28日午後7時 ねとらぼによる記事が公開
となります。
記事の公開から1日半、ツイッター上での話題化から1日ちょっとで、商業メディアによる記事化にまで到達してしまっているわけです。
この騒動を対岸の火事として、日本は平和だな、と笑うのは簡単ですが。
もし、同じ騒動が自分の会社で起こったら、と考えると背筋が寒くなる企業担当者の方は少なくないでしょう。
お隣の中国では、イタリアのファッションブランドであるドルチェ&ガッバーナが、デザイナーの不用意な発言から、一晩で中国市場から商品が全て撤去されるという事態がありました。
参考:一晩で中国市場を全て失ってしまったドルガバ炎上事件の衝撃
日本においても騒動の拡がりのスピード感は、変わらないことが今回のケースでも分かります。
Yahooリアルタイム検索で「押しかけラグビー」の発言数グラフを見てみると、27日にスパイク的に発言数のグラフが立ち上がっていることが見て取れます。
もちろん、今回の騒動は、あくまで誤解を起点にしたものではありますから炎上騒動と呼ぶほどのものではありませんが、下手をしたらNTTコミュニケーションズは誤解を元にした騒動で、来年のエンジニア採用に対して大きな被害を受けてしまっている可能性があるわけです。
(もちろん、どれぐらい影響があったかどうかは採用活動が終わってみないと分かりませんが)
そういう意味で、今回の騒動は企業の炎上騒動の対応の難しさを考える上で参考になる事例だと感じています。
■社員による反証記事が騒動の流れを変えた
今回の騒動においてポイントになるのは、NTTコミュニケーションズに勤めるエンジニアであるyuyarin氏の反証記事が、28日の11時という騒動の早い段階に公開されている点だと言えます。
この反証記事に対しては、あくまで個人の記事であり、NTTコミュニケーションズの社員かどうかも分からないのではないかという指摘もあったようですが、関係者に聞く限り間違いなく社員の方の模様です。
当然、社員である個人がこういう内情をネットに書いて良いのか、とか、これは広報がやるべき仕事ではないのか、という意見もあるようですが、もしこの記事が28日の11時の段階で公開されていなければ、ねとらぼの記事が全く違うトーンになっていた可能性があった、というのが注目したいポイントです。
実際、一部のネットメディアやネット掲示板においては、冒頭のインタビュー記事の発言のみに注目される形で、NTTコミュニケーションズに対して批判的なトーンの記事が散見されました。
もしNTTコミュニケーションズ側が誰も誤解に対して反論をせずに放置していたら、誤解が誤解のまま更に広がってしまった可能性は否定できません。
そういう意味で、yuyarin氏のブログは非常に重要な役割を果たしたと言えるでしょう。
ブログを読む限り「この記事は勤務時間中に上司の許可や広報の許可を得ずに書いていますので、普通の会社なら怒られるかもしれませんが、うちの会社は多分大丈夫だと思います。」とyuyarin氏が、個人でリスクを取って書いていることが明記されており、この記事自体がNTTコミュニケーションズの中で、どう受け止められているかは分かりませんが。
個人的にはNTTコミュニケーションズの方々は、yuyarin氏に感謝すべき結果になったと考えています。
私は元NTTグループ出身者なのでバイアスがかかっているのは間違いありませんが、もし自分が今社員の立場で、同じ騒動が起こった時に勇気を持ってこういう記事を書けたかと言われると、正直自信はありません。
■ネット騒動に対して広報部は迅速に対応できるか
ここで、私たちが考えるべきは、はたして企業の広報部は、こういう騒動に対して、ここまで迅速に対応することが可能なのかどうか、という点でしょう。
一般的に大企業の広報部は、こういうネット上の誤解や噂ベースの話題拡散への対応を苦手としています。
そもそも今回の記事は、日経新聞が人事部をインタビューをしてくれた結果生まれたNTTコミュニケーションズにとっても前向きな記事であり、いわゆる文春砲のように明確に企業側を攻撃する目的で書かれた記事ではありませんから、メディア側を批判するリリースも出せません。
今回の騒動では、日経新聞やNTTコミュニケーションズの広報の対応を批判する声もあるようですが、現実問題として「押しかけラグビー」の記事のくだりはまちがっていません。
「職場に突然、ラグビー部員がわーっと入っていって、社員にボールをパスしたり、体を動かしてもらったりするんです。」
という文章から、いきなり仕事中にボールを投げつけられたり、強制的にタックルをされたりするイメージを持った人も少なくなかったようですが。
実際には
「職場に突然、ラグビー部員がわーっと入っていって、(挨拶をしてから趣旨を説明して)社員に(やさしく)ボールを(渡していくぐらいの)パスしたり、(健康への関心を高めてもらうために)体を動かしてもらったりするんです。」
という文章ならここまで話題にならなかったかも、というレベルの話で、日経新聞に記事修正を強く依頼するほどの致命的な間違いがあるわけではないのです。
もしくは、下記の動画のように、雰囲気がもう少し分かるものであれば印象も違ったかもしれません。
そういう意味では今回の騒動は、あくまで誤解による騒動であり、一部のネットユーザーが誤解しているだけ、その段階で、大企業の広報部が公式見解をすぐに出すというのは、一般的にはありえません。
また、NTTコミュニケーションズの企業サイトにはニュースリリースやお知らせのコーナーはありますが、これらは通信サービス等、非常に重要な公式情報を配信するための場所であり、今回のyuyarin氏の反証記事のようなものを掲載するのに向いている場所もないわけです。
見たところ、SNSの公式アカウントも、いわゆる双方向の会話型ではなく、お知らせ配信に近い形で運用されているようですから、今回の騒動を受けて急に会話型で運用するという判断も難しかったでしょう。
今回は、ねとらぼが広報部に取材をしてくれたので、公式見解をネット上に詳細に出すことができましたが、もしこの取材がなかった場合は、広報部の公式見解がNTTコミュニケーションズ側のサイト等ネット上に掲載される可能性は低かったと想像されます。
■個人による投稿だからこそできること
現実問題として、仮にプレスリリースのような形式で、散発的に企業側の見解を出しても、騒動の拡がりを収めることができないというケースも良くあります。
2年前のPCデポの騒動では、PCデポ側が謝罪リリースは出したものの、肝心な問題提起に対して細かく対応する姿勢を見せないことが多くのユーザーの反感を買いました。
今回の騒動は誤解を起点にしていますので、PCデポと比較するのは大袈裟ですが、現実問題として、公式なお知らせでは、誤解に対する説明を細かく行うのは難しいでしょう。
ある意味、yuyarin氏のブログは、個人のブログだからこそ、率直に個人の意見として、ネット上の誤解に対して迅速に反論することができたということもできます。
実は同様の、個人だからこそできる情報発信が企業のイメージを救った事例は、他にも複数存在します。
シャープが経営不振にあえいでいたときに、シャープのツイッター公式アカウントが普通であれば企業の公式アカウントが投稿しないような本音の吐露をして、シャープファンの応援を集めたのが象徴的です。
参考:シャープ公式Twitter「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」
また、朝日新聞が池上彰氏のコラムの掲載拒否で批判されたときには、朝日新聞記者がツイッターで自社の対応に疑問の声をあげたことが、読者からは評価される結果になったこともあります。
参考:池上彰氏コラム掲載拒否 30人超の朝日記者がツイッターで異議
そもそも、ソーシャルメディア上で行われているのは人間であるユーザー同士の会話。
「公式」の企業の一方通行の情報発信よりも、1人1人の社員、1人1人の人間としての「非公式」の会話としての発言の方が、時にユーザーからは好感されるというのは、ある意味当然と言えるかもしれません。
ここ最近は、アルバイトによる不適切動画問題が注目され、再び社員によるソーシャルメディア利用を禁止する方向に傾いている企業も増えているようですが。
参考:くら寿司動画炎上で考える、バイトテロが繰り返されてしまう理由
実は、社員によるソーシャルメディア上での発信は、企業にとってのリスクになるのと同様に、企業にとってのメリットになる可能性もあるわけです。
今回のNTTコミュニケーションズやシャープのツイッターアカウントのケースのように、社員にソーシャルメディアを適切に使いこなせる人間が多ければ、誤解の早期解消や、炎上に対する早期対応が可能であると言うこともできます。
当然、これは企業にとって、どちらかが正解という話ではありません。
従来通り、社員によるネット上の情報発信は認めずに、公式リリースのみの発表に特化するという選択肢もあるでしょう。
一方で、社員によるネット上の情報発信を教育、推奨し、複数の社員による情報発信をできるようにしていくという選択肢もあります。
ただ、どちらを選択するかという企業姿勢によって、炎上騒動が起こったときの対応方法や結果が大きく変わってくることは間違いなさそうです。