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英・EUの自由貿易協議は前哨戦の漁業交渉で難航する見通し(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
1月31日夜11時、英国EU離脱を祝って英国連邦のユニオンジャック旗を振るロンドン市民=英BBCテレビより
1月31日夜11時、英国EU離脱を祝って英国連邦のユニオンジャック旗を振るロンドン市民=英BBCテレビより

ボリス・ジョンソン首相は1月8日、首相官邸でEU(欧州連合)のウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長と首相就任後初めて会談し、EUとのFTA(自由貿易協定)について、カナダがEUと結んだいわゆるカナダ方式をベースに1月末までに交渉を開始することや、財とサービスをカバーする包括協議を進めたい考えを明らかにした。

これに対し、欧州委員長は会談で、「2020年末までの1年間となっている移行期間(英国のEU離脱後の影響緩和期間)を延長しなければ、新しいパートナーシップのすべての項目で合意することは困難だ」とし、「英国は以前のようなEUとの関係に近い貿易協定は結べない」とも述べ、また、「人(労働)の移動の自由が認められなければ英国と財・サービスの自由貿易協定を結ぶことはできない」と強硬姿勢を変えていない。

しかし、ジョンソン首相は「移行期間は延長しない」と反発している。EUとの将来の関係でも欧州司法裁判所(ECJ)の司法ルールの合致(適用)要求を拒否しており、英国の漁業水域をコントロールし、英国の移民(入管)システムを堅持する方針を改めて強調し、EUとは対立の構図が続いている。

英紙デイリー・テレグラフは1月21日付で、「EUは今年12月末までに英国と自由貿易協議で基本合意を目指す方針だが、基本合意を超えた部分、すなわち、国の企業に対する補助金交付や環境保護問題などに関するEUルールの適用で合意しなければ、英国にはゼロ関税や貿易の円滑な手続きを可能にする製品規格に関する相互承認協定(MRA)も認めない考えだ」と報じている。

一方、ドイツ産業連盟(BDI)のヨアヒム・ラング事務局長も1月28日のロイター通信で、「包括的な通商協定の発効には、EU加盟全27カ国の議会の批准が必要で、年内の協定発効は不可能だ。英国が移行期間延長の可能性を排除したのは重大な過ち」と批判し、その上で、「年内の実現は基本的な通商協定だけで、ゼロ関税やゼロ割り当ては盛り込めない」と懸念を示す。

しかし、ジョンソン首相は2月27日、3月2日から4日間にわたりEUとのFTA協議を開始するのにあたって、交渉方針、いわゆるマンデート(達成すべき任務、達成指示)を公表し、「英国はどんな場合でも2020年末までの1年間となっている移行期間(英国のEU離脱後の影響緩和期間)を延長しないこと、そのためにはFTA協議は6月末までに大筋合意し、9月までに最終合意すべき」と強硬姿勢だ。さらに、マンデートでは、「もし、6月会合で大筋合意しなかった場合、英政府はFTA交渉の場から去り、移行期間の終了に備えた国内の準備体制の確立に焦点を移す」としている。これはノーディール・ブレグジット(合意なしのEU離脱)を意味し、英国はEUとの貿易をWTO(世界貿易機関)ルールに従って開始することになるため、英国やEUの企業にとっては、ノーディール対策の準備期間が7月以降12月末までわずか6カ月しかないことになる。

また、英国はEUとのFTA協議を有利に進める狙いから、ジョンソン首相は当初、EUとの協議前にも訪米し、ドナルド・トランプ米大統領と二国間のFTA協議に入りたい意向だったが、2月13日の内閣改造で、緊縮財政に固執し、EU離脱後の減税など財政出動による景気拡大策の“障害”となっていたサジド・ジャビド財務相を更迭するなど国内問題を優先せざるを得なかったことや3月11日の新年度予算発表、さらには中国通信機器大手ファーウェイ・テクノロジーズの英国5G通信網市場参入問題を巡る米国との対立を考慮し、首相訪米の時期が不透明となっている。

ジョンソン首相は1月28日、国家安全保障会議を開き、英国の5G通信網構築でファーウェイの市場参入(部品供給)を安全保障上、重要な原子力や軍事施設を除いた「非中核」分野に限定して容認したことから、英国メディアでは、ファーウェイ排除を同盟国に求めている米政府の報復措置が懸念され、米国とのFTA協議にも暗雲を投げかけるとの論調が増え始めた。

テレグラフ紙は1月28日付で、「米国の3人の共和党の上院議員が英国の国家安全保障会議に書簡を送り、ファーウェイの排除を要請した」と報じた。書簡では、「我々は米英自由貿易協定の合意文書が議会で承認されない恐れが発生することで、EU離脱後の英国の不安を一段と強めるような事はしたくない。また、我々は米英間の諜報活動の共有を見直す(制限する)ことにならないことを望む」と英国をけん制している。

また、英紙ガーディアンも同日付で、米国のトム・コットン上院議員(共和党)のツイッター発言を引用し、「英国はEU離脱で取り戻した主権を今度は(ファーウェイ問題で)中国に引き渡すことになるのを危惧する」と警告している。さらに、同紙は2月7日付で、「先週、ジョンソン首相はトランプ大統領と電話会談した際、トランプ大統領がかなり激昂し、ファーウェイの英国の5G通信網市場への参入承認を批判した。これを機に、英国内では与党・保守党の造反グループが政府に対し、ファーウェイの市場からの退場時期をいつにするか明確にするよう求めていく方針だ」と報じ、国内論争に発展する恐れがあるとしている。政府は国際貿易省に米国との貿易協議を急がせる考えだが、EUとのFTA協議と並行して進められる見通しだ。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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