Yahoo!ニュース

カジノ合法化:「IR: 統合型リゾート」の定義を再考する

木曽崇国際カジノ研究所・所長

カジノ合法化に向けて様々な動きが見え始めた今日この頃ですが、このような局面となってくると必ず活発になってくるのが論議を自らにとって有利に展開しようと「我田引水」的に政策誘導をし始める勢力の動き。この種の方々は、本当にシツコイというべきか、懲りないというべきか。。

我が国のカジノ合法化を論議にするにあたって、非常に重要な用語として「IR(アイアール)」もしくは「統合型リゾート」という言葉があります。IRとは、カジノを中心にホテル、レストラン、ショッピングセンター、会議施設、その他娯楽施設などの様々な商業機能を持つ施設を複合的に開発した観光施設のこと。この種の施設開発の有り方はラスベガスで生まれ、かつてはラスベガス型カジノなどといわれていましたが、それが全米に広がったことによりアメリカ型カジノと呼ばれ世界に広がりました。IRという用語は、2000年台中ごろにシンガポールでカジノ合法化の論議が巻き起こった時に生まれた用語であり、そもそもはSingapore Integrated Resort & Casino(シンガポール統合型リゾート&カジノ)と表現されていたものが、IR(=Integrated Resort:統合型リゾート)という一般名詞として使用されるようになったものです。

現在、我が国で検討されているカジノ合法化はまさにこのIRとしてのカジノ導入であり、1) 観光振興、2) 経済活性化、3) 新たな税収源の創出などを目的としています。この点は誤解の多いところでもありますが、単純な賭博施設としてのカジノが日本に沢山誕生するというような構想ではありません。

さて、上記の説明からお判りの通り、IRには「カジノ」の存在は前提とされているものの、その他の観光設備に対しての制限は凡そありません。世界には、南国リゾートとの複合開発によって実現されたIR、遊園地との複合開発によって実現されたIRなど様々な実例が有り、その他たとえば温泉保養施設との複合開発、スキーリゾートとの複合開発など、その形式に関しては様々な可能性が存在しています。すなわち、IRは我が国においては、およそ全国どの地域においても開発の可能性があり、事実、北は北海道から南は沖縄まで全国様々な地域においてIRの導入検討が行なわれておるのが実情です。

ところが、そのIRの定義を捻じ曲げようとしている人達が、我が国には確かに存在しています。彼等が行っている論議誘導は、IRの定義を捻じ曲げ、そこに国際会議場や大規模展示施設などのMICE施設の併設を入れ込もうとするもの。実は、民主党政権時代、前原国交大臣下の国交省(および観光庁)においてカジノ合法化が一気に動いた時にも同様の論議誘導の動きがあり、その時も私はそういう方々を牽制し続けていたワケですが、またも同じような動きが垣間見え始めておってウンザリしているところであります。

当時の状況に関しては、詳細は下記リンク先を参照。

カジノ法案サマリーを使ってはいけない

http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/3548702.html

...すなわち、以下のような論理のすり替えが法案およびそのサマリーの中で行なわれているわけです。

1. 誰もが納得するであろう法の目的:(カジノ法案 第一条)

「国際競争力のある滞在型国内観光の振興」

2. 違和感はあるが嘘ではない定義:(カジノ法案 第二条)

「会議施設、宿泊施設、飲食施設、物販施設や多様な交遊施設あるいは公益的施設等を含み、その中核にカジノを行なう施設を据えた複合的な機能を有する余暇、遊興施設」

3. 上記定義を曲解したまとめ:(カジノ法案 サマリー)

「カジノを含む多様なMICE機能を備えた観光施設を特定複合観光施設と定義」

IRがMICE産業の振興に資するというのは事実であって、私もそのようなレトリックでカジノ合法化を語ることはしばしば有ります。一方で繰り返しになりますが、IRの開発というのは日本全国に見られる様々な観光資源との複合開発が可能なものであり、日本では一部の都市部で中心的に検討がなされているようなMICE施設との複合開発「だけ」が開発のあり方ではない。また、もう一点付け加えるのならば「~千億円以上の開発投資でなければならない」などという、規模の概念もそこには含まれて居ません。その点は、明確にしておかなければならない点です。

このような、IRを「MICE施設とカジノの複合開発」かのように読み換えてゆく手法は、私が猛烈に反発した事もあってか、最も全盛だった前原国交大臣時代のカジノ合法化論議を頂点に徐々に見られなくなり、しばらくナリをひそめていたのですが、どうも再びその様な論議誘導を起こそうとしている方が再び動きを活性化していらっしゃる模様。

私の手元に先月末に某金融機関の主催で行なわれたカジノ関連セミナーの資料が廻ってきておるのですが、その資料内ではIRを「MICE機能を含む複合観光施設」と言い換え、「~千億円を超える投資規模」などと説明を付すなど、以前、激しく行なわれていたような「定義のすり替え」がアチラコチラに登場しています。また、そのセミナー参加者によるコメントを集めてみると、そのような非常に偏った定義を前提として、特定の地域名を挙げながら「あの地域にカジノ導入の可能性は低い」だの何だのといった論評が某研究者の手によって為されているとの事で(あまりにも酷いのでその具体的内容は伏せます)、本当にゲンナリとしてしまう状況であります。

IRというのは、世の中に存在する様々な観光資源とカジノを複合的に開発し、両者の相乗効果を高めようとする商業施設開発です。一方、その複合開発の「有り方」にはカジノが併設されているということ以外に確たる「縛り」があるわけではなく、凡そあらゆる観光資源との複合が可能。それを「MICE機能を含む複合観光施設」などと読み替えることは、IRが本来持つ可能性を大きく狭めることに他なりません。

MICE施設との複合開発を目指しているような特定地域へカジノを持ってくるように政策誘導をしたのかもしれません。何らかの考えで大型の開発投資をさせたいという狙いがあるのかもしれません。しかし、そのような政策を推進したいのであれば、正々堂々と「世界には様々な形のIRが存在するが、我が国においてはMICE振興を旨とした一定規模以上の施設開発を前提として導入がなされるべきである」という主張を展開すべき。それはひとつの「論」ですから、私も尊重いたします。しかし、論議の前提となる用語の定義を捻じ曲げてまで、それを実現しようとするようなやり方を「まかり」通してはなりません。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

木曽崇の最近の記事