奨学金は本当に借りるべき?「多額の借金」がもたらす、大きすぎるハンディキャップ
先週から、多くの大学や専門学校で新学期が始まった。奨学金を高校などで予め申し込んでいた人に対しては、間もなく最初の奨学金の振り込みが行われる。また、多くの大学で今週末から、貸与型奨学金の在学採用の申し込み手続きが開始する。
大学の学費を全て奨学金で賄うとすれば200から500万円に上る債務の負担は、決して軽くない。奨学金をいくら借りるべきか、大学を卒業してから本当に返せるのか、と頭を悩ませている方も少なくないだろう。
最近では『奨学金借りたら人生こうなった』の著者である千駄木雄大氏が、インタビューの中で「奨学金はネガティブな面ばかりがことさらに強調されてきた」「奨学金に対する安易なネガティブイメージがなくなると同時に、『自己投資』というとらえ方が広がればいい」と語るなど、奨学金を借りることをポジティブに捉えよういう論調も広がっている。
しかし、18歳にして平均300万円の奨学金を借りる決断をするという状況を手放しに受け入れ、「自己投資」と捉えようと呼びかけられても、今まさに奨学金を借りようとしている人にとってはそう簡単には割り切れない不安が残るだろう。
こうした「奨学金を借りることを過度に恐れる必要はない」とする大人の意見は、「当事者世代」にはどう映るのだろうか。大学生の時に「奨学金帳消しプロジェクト」を立ち上げ、奨学金返済の実態調査や返済中の人の相談活動に携わってきた岩本菜々さん(24)にインタビューを行った。
岩本さんはこれまで、返済中の20〜30代およそ3000人を対象としたアンケート調査や、返済に困った時の対処法を考える若者向けセミナーを主催し、奨学金返済中の同年代が抱える悩みや、将来への希望をつぶさに見てきた。現在は貧困問題を研究するため、一橋大学の修士課程に通っている。
そんな「当事者世代」は、奨学金制度に対する「楽観論」をどのように評価し、奨学金をこれから借りようとしている人に向けどのようなアドバイスを送るのだろうか。
奨学金返済は若者の人生に、大きすぎるハンデをもたらす
奨学金のポジティブな面に目を向けようという意見に対し、どう考えるかを聞くと、岩本さんは開口一番「楽観論」に対する強い違和感をあらわにした。
非正規雇用や「ブラック企業」が広がり、大卒資格さえ得れば安定した職が得られるという時代ではなくなった現代。若者世代は、大卒資格を得てどれほど個人的に努力したとしても、いつ失職したり、過労で体調を崩すかわからない状況に置かれている。そのような時代状況の中で、奨学金返済は若い世代にとって、人生の様々な選択における大きなハンディキャップとなっているという。
実際に、「奨学金帳消しプロジェクト」が昨年実施した奨学金返済中の20-30代を対象としたアンケートからは、こうした現実を反映した「生の声」聞こえてくる。
①結婚・出産できない
典型的には、奨学金の返済のために、「子供を持ちたくても持てない」という訴えだ。
結婚や出産は各自の自由な選択に任せられるべきだが、これらの声からは、奨学金の返済がそうした選択を若者から奪っていることがうかがえる。
②転職できない・望んだ仕事につけない
また、アンケートからは、よい就職先を見つけるため、なりたい職業に就くために進学した人であっても、むしろ奨学金によって職業選択が制限されてしまう実態が見えてきた。
これらの声は、「自己投資」のはずの奨学金により、むしろ将来が制約されてしまうと訴えているのである。
「親」に「債務」が左右される理不尽
そもそも、これほど貸与型奨学金を借りる人が増えた背景には、日本の高等教育費の公的支出の低さが上げられる。日本は先進諸国の中でも教育にかける公的支出が最も低い国の一つであり、そのため子どもの教育は親の経済状況に左右される。
近年、世帯年収の平均額は減少の一途をたどっている。親世代の貧困化が進む中で、奨学金を借りなければ進学できない人も、一人当たりが借りる金額も、数十年前に比べて大幅に増えているのだ。
岩本さんは、奨学金の債務がもたらす「家庭間格差」についてこう語る。
親がギャンブル依存でも、考慮せず
それに加え、貸与型奨学金の中には「親の年収による選別」が存在する。貸与型には、無利子で貸付を行う第一種と、有利子の第二種が存在するが、第一種奨学金を借りるには、親の年収が一定水準以下(例えば両親と子2人の4人世帯の場合、世帯年収803万円)であることが必要だ。
見かけ上の年収が高かったとしても、親が学費を出すことに協力的でないケースも多々あるが、そうした個別の事情は一切勘案されない。
岩本さんがヒアリングを行なったケースの中には「父親がギャンブル依存症で家に全くお金を入れていなかったが、見かけ上の年収は高かったため自分は第一種を借りられず、利子付きで990万円を借り入れて進学した」という人もいたという。
親の年収を基準に借りられる奨学金の種類が決まる今の制度は「家庭環境」による機会の格差を加速させていると言えるだろう。
同世代から見た時、こうした「親の年収」で奨学金の門が区切られていることに対し、強い違和感と憤りがあると岩本さんは強調していた。
機関保証の活用が大事
ここまで、奨学金制度が『自己投資』のポジティブな手段であるという論調に対し、現場から見えた実態を踏まえながら、奨学金を借りることによってもたらされるハンディキャップは長期にわたって人生を縛り、家庭間の格差を再生産するということを論じてきた。
しかし、そのリスクを知ったところで、今この瞬間に奨学金を借りなければ大学に進学できないという状況は変わらない。
これから奨学金を借りる若者たちは、先の見えない将来に不安を抱き、不公正な世の中に失望しながらリスクをとって多額の債務を背負うか、奨学金を借りずに高卒で就職するしか選択肢がないのだろうか?
筆者自身も奨学金返済者からの相談を受けてきた中で感じるのは、少なくとも貸与時に推奨される「親族の保証人」は避けたほうが良いということだ。手数料はかかってしまうが、「機関保証」にしておけば、親族の連帯保証人・保証人なしに奨学金を借りることができる。返済時には、この違いが精神的にもことのほか大きくなってくる。
返済が人生を圧迫する中でも、自己破産が親族への債務負担へと転化する親族保証の仕組みが、債務整理と生活再建を困難にしているからだ。何より、「自分が返せないことで家族に迷惑がかかるかも」というプレッシャーはそれ自体、精神を病む原因にもなる。
しかも、世間で思われているよりも自己破産は「何もかも終わり」といった制度ではない。むしろ、生活を再建するためには早期に選択すべきだ制度だとする専門家も多い。大学教員のような専門職に就きながら奨学金自己破産を経験している人もいる。
参考:年収300万円でも自己破産? 奨学金のベストな対処法を弁護士が解説
いずれにしても、奨学金を借りるしかないとしても、「楽観論」に立つことなく借りる時点で身を守る方法も同時に考えていく、知識を得ていくことが大切だということになるだろう。
奨学金制度そのものの改革へ
24歳の岩本さんは、また別の視点から若者に奨学金への向き合い方を訴えている。「所得が低かったり家庭環境が悪い人は、借金という多大なリスクをとることでしか大学や専門学校に進学できないという、その『ゲームのルール』自体を、私たちの世代で転換させていきたい」というのだ。
その取り組みは、少しずつ実を結び始めている。この間の奨学金に関する問題提起に突き動かされる形で、岸田政権は奨学金の返済猶予が使える年収を引き上げたり、給付型奨学金の対象を広げたりと、奨学金制度の修正に向けた動きを始めている。
まだまだ微々たる変化だが、こうした小さな改善も、現状を変えられると信じ、諦めずに現場から問題提起してきた若者たちがいたからこそ実現したと言えるだろう。
岩本さんはさらに、「私たちの世代は、『理不尽な現状を受け入れ、その中でうまくやる』ということばかりを教えられてきました。そのような言説は私たちから、不公正に声をあげ、問題提起する力を奪ってきたと思います」と指摘する。
しかし、この数十年間で借りなければならない奨学金の額は増え、雇用の悪化も進む中で、いよいよ「うまくやる」ことの限界が明らかになっている。そんな今こそ、想像力を広げ、変化を求めて声を上げることが重要だという。
実際に、昨年には「資本主義大国」アメリカにおいてすら、バイデン政権が1万ドルの学生ローン帳消しを発表している。これは、Debt Collectiveをはじめとする、10年にわたる若者の債務帳消し運動の成果の一つである。
そのような他国での成果を見れば、返せなくなる確率が極めて高い貸与型奨学金を「自己投資の手段」として捉え楽観論を唱えるよりも、債務の帳消しを求めて行動する方が、現代の若者にとってはむしろ「現実的」な行動に見えているのかもしれない。
奨学金返済に関する無料相談窓口
TEL:03-6693-5156(受付時間:火木18:00-21:00 / 土日祝13:00-17:00)
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*筆者が代表を務めるNPO法人です。日本学生支援機構の返済猶予手続きの支援や、弁護士と連携した債務整理の支援などを行っています。
岩本さんが代表を務める「奨学金帳消しプロジェクト」
Mail:shougakukinsoudan@gmail.com
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