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なぜ「イタチザメ」は絶滅リスクが高いのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
イタチザメ(Tiger Shark)(写真:アフロ)

 イタチザメ(Tiger Shark、Galeocerdo cuvier)は、メジロザメ科に属し、5メートル以上の体長と650キログラム以上の体重となる個体もいる大型のサメだ。日本沿岸を含む世界中の熱帯から温帯海域に生息し、フカヒレやカマボコなどの材料として、また肝油や鮫皮を採るため、あるいは混獲により、これまで大量に漁獲されてきた。また、ゲームフィッシングの対象としても人気が高い。

イタチザメは危険なサメか

 先日、南太平洋のクック諸島でダイビング中の生物学者をザトウクジラがイタチザメから守る行動を取ったことが話題になったが、イタチザメは好奇心が旺盛で悪食で有名でもあり、まれに人間を襲うことも報告されている。サメの人間に対する事故数で言えば、ホホジロザメ(White Shark、Carcharodon carcharias)に次いで多く、フロリダ自然史博物館の国際サメ被害ファイル(International Shark Attack File)によれば、これまでイタチザメによる人間へのアタックは80件でそのうち31件が致命傷を与えるものだった(※1)。

 ただ、この件数は1580年からの全世界の累計であり、イタチザメを含めたサメ全体による死者数は、例えば落雷による死者数と比べると約1/70となる。日本に限っても、明らかにイタチザメとわかる被害による死者は2000年に1例あるだけだ。

 待ち伏せ型で獲物を狩るイタチザメだが、泳力は強くスピードも速い。好奇心旺盛で悪食のためにサーファーを好物のウミガメと間違えて襲うこともある。浅瀬まで侵入してきたり濁った河口などにも潜むため(※2)、人間との不意の遭遇も多く、それが事故につながる可能性も高い。

 サメによる漁業への被害も無視できず、オーストラリアやハワイなどで駆除が行われている。ハワイでは1959年から1976年までの17年間で、554匹のイタチザメを含む4668匹のサメを駆除した。

 また、暖かい漁場の多い沖縄以南の南西諸島でも定期的にサメの駆除が行われている。八重山では1〜2年ごとに100匹前後のイタチザメやネムリブカ、ツマジロ、オオテンジクザメなどを延縄で釣り上げて駆除しているが、地元によればサメがいると漁場が荒れ、漁に出られず、延縄にかかった獲物を横取りされたりするので仕方ないという。

 一方、イタチザメは、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリスト(2001年版ver.3.1)で準絶滅危惧(Near Threatened、NT)とされている(WWFでは近危急種)。また、日本の環境省のレッドリストでは情報不足(DD)ランクだ(※3)。

資源量が不明なイタチザメ

 イタチザメは世界中の熱帯から温帯海域で生態系の頂点に位置する生物で、メスは一度に10〜80匹もの子ザメを生む。子ザメを生むというのは、イタチザメはメジロザメ科に属する中では唯一、非胎盤卵胎生という繁殖方法をとるからだ(※4)。

 例えば、昨年2017年3月には沖縄の美ら海水族館で、世界初となるイタチザメの飼育下での出産が報告されている。同水族館のブログ「美ら海だより」によると、このときには80センチ前後の子ザメが20匹ほど生まれたそうだ。また、前述したサメの駆除では、妊娠したイタチザメのメスの腹から子ザメが出てきている。

 ただ、環境省のレッドリストで情報不足のDDランクになっているように、イタチザメの環境中の資源量や回復力ははっきりとわかっていない(※4)。性成熟に達するまでの期間がどれくらいか不確実(最低でも12年)で、一度に生む子ザメの数にも幅があるからだ。

 さらに、最近の研究によれば、イタチザメは周期的に広範囲の移動を繰り返し、それはどうやら繁殖行動のためということがわかってきた(※5)。また、世界の各海域ごとで、イタチザメの生態が異なるのではないかと考えられている。

 実際、沖縄ではイタチザメなどを駆除してもその効果が数ヶ月程度しか続かず、サメはすぐに漁場へ戻ってくるようだ。もし駆除後しばらくして個体数が戻っているとすれば、それは単に別の海域へ移動していた個体が戻ってくることにより、表面的に個体数が回復しているようにみえるだけということになる。

イタチザメは一夫一婦か

 一般的に、サメの仲間は寿命が長く性成熟に達するのに時間がかかり、いったん資源量が減ると回復させるのが難しいと言われる。イタチザメは、その大きさや生息域の広さから資源量が楽観視されてきたが、彼らの繁殖方法からそうではなさそうだという論文(※6)も出ている。

 この論文はオーストラリアのクィーンズランド大学の研究者によるものだが、前述したようにイタチザメは非胎盤の卵胎生という繁殖方法をとる。

 サメの繁殖方法は多種多様で、卵を生む種類もいれば、母ザメの胎内(子宮)で殻のない卵の状態で卵黄による栄養で生育する胎盤のない種類もおり、さらに卵黄ではなく母ザメから胎盤を通じて栄養を受ける種類もいる。また、胎内での生育の仕方も子ザメ以外の卵黄の供給を受けて育つ種類もいれば、同じように生まれた別の子ザメを共食いして育つ種類もいる。

 前述した論文の研究者は、サメの駆除(※7)のため、オーストラリアのクィーンズランドで2008年から2012年までの間に捕獲されたイタチザメ4匹から得た112匹の子ザメ(メス63匹、オス49匹)からDNAを採取し、それぞれの父ザメを調べた。すると、兄弟姉妹と父ザメが違っていたのは、ゴールドコーストで捕らえられたメスから採取された子ザメたった1匹だけだったという。

 卵胎生のサメの場合、メスの胎内で卵が受精するため、オスは生殖器をメスの胎内へ差し込んで交尾をすることになる。こうした場合、複数のオスから受精する一妻多夫の交尾行動になることが多い。

 つまり、メスの胎内に複数の受精卵があれば、それぞれは別々のオスが父ザメの可能性が出てくる。この研究者によれば、同じような卵胎生のサメの場合、生まれてくる子ザメの多くで父ザメが異なっているのが普通だ(※8)。

 だが、この論文で調査されたオーストラリア東岸のイタチザメに関する限り、父ザメが複数の場合はまれで一妻多夫ではなくほぼ一夫一婦ということになる。

 イタチザメは単独行動が多く広大な海域を周回していると考えられているので、メスとオスが交尾のために邂逅するチャンスは少ない。逆に雌雄の出会いが難しいために広く回遊している可能性もある。

 こうした生態の場合、メスは卵管内にオスの精子を一定期間、保存することができるようになっている。だが、そうした仕組みを考えても、DNAから得られた父ザメの情報から推測されるのは、イタチザメが一夫一婦に近い生態なのではないかということだ。

 もしかすると駆除で海域の個体数が減り、こうした繁殖行動を取らざるを得なくなっていたのかもしれない。だが、それならなおのこと資源回復力は弱いということになる。

 イタチザメの資源量については、それほど楽観視できないというわけだ。生態系の頂点にいる生物種は、生態系のバランスと秩序に大きな影響を与える。イタチザメについては今後、より詳細な生態調査や繁殖行動についての研究が必要だろう。

※1:ホホジロザメの事故234件、致命傷80件、次いでオオメジロザメ(Bull Shark、Carcharhinus leucas、事故73件、致命傷27件)が多い。

※2:M R. Heithaus, et al., "Habitat use and foraging behavior of tiger sharks(Galeocerdo cuvier) in a segrass ecosystem." Marine Biology, Vol.140, 237-248, 2002

※3:情報不足(Data Deficient、DD):評価するだけの情報が不足している種。次に該当する種:環境条件の変化によって、容易に絶滅危惧のカテゴリーに移行し得る属性(具体的には、次のいずれかの要素)を有しているが、生息状況をはじめとして、カテゴリーを判定するに足る情報が得られていない種。a)どの生息地においても生息密度が低く希少である。b)生息地が局限されている。c)生物地理上、孤立した分布特性を有する(分布域がごく限られた固有種等)。d)生活史の一部又は全部で特殊な環境条件を必要としている。

※4:Nicholas M. Whitney, et al., "Reproductive biology of the tiger shark(Galeocerdo cuvier)in Hawaii." Marine Biology, Vol.151, 63-71, 2007

※4:、ほかのメジロザメ科はヘソの緒がついた胎盤による卵胎生。イタチザメがメジロザメ科かどうか疑問視する研究者もいる。

※5:Jonathan M. Werry, et al., "Reef-Fidelity and Migration of Tiger Sharks, Galeocerdo cuvier, across the Coral Sea." PLOS ONE, Vol.9, Issue1, 2014

※5:James S. E. Lea, et al., "Ontogenetic partial migration is associated with environmental drivers and influences fisheries interactions in a marine predator." ICES Journal of Marine Science, doi:10.1093/icesjms/fsx238, 2018

※6:Bonnie J. Holmes, et al., "Lack of multiple paternity in the oceanodromous tiger shark (Galeocerdo cuvier)." Royal Society Open Science, DOI: 10.1098/rsos.171385, 2018

※7:クィーンズランド・シャーク・コントロール・プログラム(Queensland Shark control program)

※8:Toby S. Daly-Engel, et al., "Assessment of multiple paternity in single litters from three species of carcharhinid sharks in Hawaii." Environmental Biology of Fishes, Vol.76, Issue2-4, 419-424, 2006

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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