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「都市の緑地」は住人の「メンタルヘルス」にどう影響するか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 都市化による緑地の減少は住民の心と体の健康に悪影響を与えることが知られているが、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアの住民を対象にして空地をきれいに緑化した場合とそうでない場合の心理的な影響を比べた研究が出た。緑のない都市化は、気温を上げるだけでなく、メンタルヘルスにも作用するようだ。

緑化するといいことばかり

 日本を含めた世界中の都市が熱波に襲われているが、緑地が少なくなったり人工排熱などで引き起こされるヒートアイランド現象も高温化の要因の一つだ。木陰に入ると1℃程度、気温が下がる。これは木陰による日光の遮蔽効果で人体への熱の影響が低減されるからだ(※1)。

 周辺に緑がないことの影響は、気温の変動のみならず、我々の心と体の健康など様々なところへ出てくる。オフィスや工場などの職場に植物を配置すると、雇用者の健康やメンタルヘルスに好影響を与えることはよく知られているが(※2)、これまでの研究は比較対照群を置かないものがほとんどだった。

 米国のペンシルベニア大学医学大学院などの研究グループは、都市の空地を緑化することで住人のメンタルヘルスにどんな影響が出るか、ランダムに対照群を振り分ける調査研究を行い、米国医師会雑誌『JAMA』オンライン版に発表した(※3)。

 研究グループは、地元の都市フィラデルフィアに居住する住人342人(当初442人、※4)を対象にし、彼らが居住する地区にある541の空地から約511平方メートル以下の空地110を選び、それぞれランダムに、緑化群(37)、ゴミ除去群(36)、何もしない群(37)の3つに分けた。このうち47の空地が、貧困層の多く居住する地域に隣接していた。

 緑化群は、空地のゴミを除去し、土地を平坦にならし、草木を植えて周囲を垣根で囲い、定期的にメンテナンスした。ゴミ除去群は空地のゴミを撤去し、可能なら雑草を除去した。調査研究の参加者342人のうち、117人(34.2%)が緑化群、107人(31.3%)がゴミ除去群、118人(34.5%)が何もしない群となった。

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米国フィラデルフィアの荒廃した空地のビフォア・アフターの様子。上は緑化、下はゴミと雑草の撤去。Via:Eugenia C. South, et al., "Effect of Greening Vacant Land on Mental Health of Community-Dwelling Adults: A Cluster Randomized Trial." JAMA Network Open, 2018

コストのわりに高い効果

 これら3群に対し、調査を始める18ヶ月前と調査を始めてから18ヶ月後に、住人のメンタルヘルスを調査(※5)したところ、空地に何もしない群と比べ、緑化群の住人で「気分が沈みこんで何があっても気が晴れない(Feeling Depressed)」割合が41.5%も減り、「自分は価値がないと感じる(Self-Reported Poor)」割合も62.8%減ったことがわかったという。

 銃社会の米国の例だが、米国のコロンビア大学が行ったフィラデルフィアの空地の荒廃度合いと銃による犯罪の割合を調べた研究(※6)によれば、空地のゴミが撤去されて緑化されると銃による犯罪が約29%減少することがわかっている。

 今回の調査研究を逆にみれば、空地がゴミだらけで緑が少ないと周辺住民のメンタルヘルスも悪化するということになる。研究グループは、調査に参加した住民の半数近くが世帯年収2万5000ドル(約278万円)未満であり、彼らのメンタルヘルスにおよぼす悪影響を考えれば、緑化整備によってコストをかけずに社会経済的な格差を軽減できるのではないかという。

 銃による犯罪防止と投資効果の観点からみた以前の研究(※7)によれば、空き家の修復などに1ドルかければ79ドル(約8800円)の社会的利益が期待でき、空地の緑化整備に1ドルかければ333ドル(約3万7000円)のリターンになる可能性があるという。これによれば、空地の緑化整備に約1597ドル(約18万円)かけ、維持費に年間180ドル(約2万円)かけるだけで大きな効果が出ることになる。

 都市の緑化はヒートアイランド現象を減少させるが、住民のメンタルヘルスにも好影響を与える。もっと社会資本を投下したほうが良さそうだ。

※1:中山敬一ら、「緑陰の快適性に関する研究─特に皮膚面の乾湿と快適性の関係─」、千葉大学環境科学研究報告、第22巻、6-12、1996

※2-1:Russ Parsons, et al., "The view from the road: Implications for stress recovery and immunization." Journal of Environmental Psychology, Vol.18, 113-139, 1998

※2-2:Andrew Smith, et al., "Sustainable workplaces: improving staff health and well‐being using plants", Journal of Corporate Real Estate, Vol.11, Issue1, 52-63, 2009

※3:Eugenia C. South, et al., "Effect of Greening Vacant Land on Mental Health of Community-Dwelling Adults: A Cluster Randomized Trial." JAMA Network Open, doi:10.1001/jamanetworkopen.2018.0298, 2018

※4:442人:平均年齢44.6歳、女性264人(59.7%)、世帯年収2万5000ドル(約278万円)未満194人(43.9%)、脱落者100人のうち行方不明78人、22人は調査を拒否

※5-1:使用したのは「ケスラー6項目心理的苦痛スケール(K6)」Kessler Psychological Distress Scale(K6):ハーバード大学医学部のRonald C. Kesslerらが開発した心理状態を調べる簡易調査票:6項目の質問(神経過敏か、絶望的か、そわそわ落ち着かなく感じるか、気分が沈みこんで何があっても気が晴れないか、何をするのも骨折りか、自分は価値がないと感じるか)に対し、5段階(いつも、たいてい、ときどき、少しだけ、まったくない)で回答する

※5-2:調査は2011年10月1日〜2014年11月30日に実施され、データは2015年7月1日〜2017年4月16日に解析された

※6:Charles C. Branas, et al., "Citywide cluster randomized trial to restore blighted vacant land and its effects on violence, crime, and fear." PNAS, doi.org/10.1073/pnas.1718503115, 2018

※7:Charles C. Branas, et al., "Urban Blight Remediation as a Cost-Beneficial Solution to Firearm Violence." AJPH, doi:10.2105/AJPH.2016.303434, 2016

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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