働けない若者に受け入れられた「働かざるもの食うべからず」論
先日、NHK「ニッポンのジレンマ」のスピンオフイベントが行われた。テーマは「働きたいのに働けない・・・若年無業のジレンマ」というもので、モデレーターに古市憲寿さん、地域若者サポートステーション公式サイトでキャンペーンキャラクターを務められている足立梨花さん、そして漫画家の蛭子能収さんとともに登壇させていただいた。
会場には、働きたいのに働けないという若者や、就職活動に向けて疑問や不安を持っている大学生、いまの働き方でいいのかどうか迷っているビジネスパーソンなどが参加し、事前アンケートや挙手によるインタラクティブなものであった。
私はNPO法人の経営者、古市さんはフリーランス、足立さんは芸能界、蛭子さんは漫画家と、いわゆる一般企業に属しているわけではないメンバーではあったものの、厚生労働省のデータや地域若者サポートステーションを追った映像などを交えながらイベントは進んだ。
無業の若者に関するイベントやシンポジウムに登壇させていただくなかで、「働きたい」という想いをもちながら、さまざまな理由によって「働けない」若者をどうとらえるのか。社会的にどんなサポートが可能なのか。当事者の想いはどこにあるのか。それぞれの立場から、働けない状態にある若者に理解を示しつつ、一方でどうしたら働きたい気持ちを実現できるのかを議論していくというのが典型的なパターンだ。
そして登壇者にほぼ混じることのないのは、「働かざるもの食うべからず」「飯を食うために働くのは当然」「いただける仕事はなんでもやる」といった意見の持ち主であり、イベントの最後の質疑でこの手の話をされると、会場のムードは重いものとなる。実際、私も会場質疑でこのような話を持論として話続けられる方に出会った経験は少なくなく、司会なりモデレーターが止めないといつまでも話が終わらなかったりする。
もちろん、個々人が持つ考えは自由であり、否定されるものではないかもしれないが、少なくともこの手のイベントにおいては、あえて聞きたいというひとは会場にほとんどいないがゆえに、持論展開の際に会場の空気は非常に重苦しいものになりがちである。
しかしながら、このようなテーマを掲げたイベントにおいて、会場に来られている方々を含めて、これほどまでに「働かざるもの食うべからず」論が受け入れられた経験は初めてであった。それも働けなかったり、働くことが苦しい若者にだ。それは受け入れられただけではなく、「働きたいけど働けない」という漠然とした言葉に輪郭を描くことにも一役かっていた。
それは70歳になられた蛭子能収さんのキャラクターがそうさせているものと最初は考えたのだが、どのような話の展開になっても蛭子さんの軸はぶれることがなかった。記憶にある範囲で印象的であった蛭子さんの言葉を書き留めておく。
・働かずもの食うべからず
・食っていくためには働かなければならない
・生きていくにはお金がかかるのだから、稼ぐために働く
・いただける仕事はなんでもありがたく受ける、ありがたいに決まっている
・昔、熱湯風呂に一日に何度か入る仕事があり、熱くて嫌だったがお金もよかったのでありがたかった
これらの言葉は、働けない状態のひとたちや、働くのがつらいひとには受け入れられないのではないだろうか。働く意味や価値について悩んでいるとき、「食っていくためには働かないと」と言われて納得することは難しい。働けない心情を吐露したところ「働かざるもの食うべからずだ」と言葉を向けられたら、今後そのひとに相談をすることはなくなるだろう。
しかし、受け入れられないはずの言葉も、蛭子さんが言うとまったく異なる受け止められ方をする。イベント中はずっとその理由を探していた。そして後から気が付いたのは、蛭子さんはそれらの言葉をすべて「自分の話」の範囲を出ることなく使っていた。一般論や「べき」論ではなく、あくまでも「私」という一人称の考え、経験に留めている。
漁業をされていたご両親を見て、命を懸ける怖さを感じて看板屋に入り、それからさまざまな仕事をされてきた。もらえる仕事はありがたく受け、それは熱湯に入るものも含まれる。生きていくにはお金が必要で、仕事をいただければありがたくなんでも受ける。しかし、その考えを周囲に押し付けることもなく、同意も求めない。自分はそう考えて生きてきており、これからも継続していく。ただそれだけというものだ。
イベント中は、真面目な「働く」話以外にも、笑いを誘うような話題にもなるが、そういうとき蛭子さんは私がテレビなどで知っている感じで応答し、会場の笑いを取っていた。しかし、働くこと、働く理由、働く未来という話になれば、また「働かざるもの食うべからず」というご自身の場所に立ち、ご自身の言葉と経験を語る。
東京工業大学の西田亮介先生との共著『無業社会 働くことができない若者たちの未来』などを通じて、働きたくても働けない若者の存在を少しでも知っていただけるようさまざまな場面で発言などをさせていただいていたが、蛭子さんのような「働かざるもの食うべからず」の立場を取り、それが受け入れられるとき、若者と無業の議論はより深く鮮明な形をもって進んでいくものと考える。
会場のスクリーンには、蛭子能収さんの新刊『笑われる勇気】が投影されていた。その帯にはこう書かれていた。
「“他人の評価"にとらわれない「わが道」の歩き方! 」
他人の評価にとらわれないというのは非常に難しい。しかし、蛭子さんの言葉を聞いているなかで、他人の評価にとらわれないだけでなく、自分の軸や価値観をしっかり持たれているからこそ、一般論として受け入れられない言葉も必要なものとして若者の心に入っていくのだろう。