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【連載・第2回】女の子は「アンケート」に本音を書かない~若年女性の“見えない傷”と「レジリエンス」

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

地方を、そして日本を本当の意味で活性化させるために必要なものは、何でしょうか。それは、実はとてもシンプルで、若い女性たちのもつ力を最大限活かすこと。彼女達の声に耳を傾け、必要とする支援を提供することで、安心して働き、家族を作り、定住できるようになるでしょう。そうすれば、自ずと人口は増え、地方自治体は消滅から再生へと向かうはずです。

この短期連載では、東北の若年女性への聞き取り調査「Tohoku Girls Voices」と、調査チームへの取材をもとに、地方創生、そして日本再生のヒントを探ります。震災当時、10代~30代始めだった女性たちの声から今後の政策が見えてくるでしょう。

調査分析を手掛けたジェンダー専門家の大崎麻子さんは言います。「災害によって顕在化された社会の構造的な問題や、個々人が持つ脆弱性の問題と向き合い、ひとりひとりがエンパワーされることによって、復興は、単にもとの状態に戻るのではなく、より良い社会を作ることにつながります」

こうした発想は国際社会の潮流でもあります。若年女性が負った傷と、そこから回復する過程で使われる能力や資源(=レジリエンス)を生かすことこそが、今後の日本の発展には不可欠なのです。

若年女性たちは、外見の華やかさや若さゆえに、消費者、マーケティングの対象として注目されることは多いですが、実際は家庭環境や性犯罪の被害者になった経験など様々な課題を抱えていることもあります。

今回お話をうかがったのは、東北の各地で若年女性にインタビュー調査を行った、NPO法人BONDプロジェクト竹下奈都子さんと永見しょうこさんです。BONDは、10代20代の生きづらさを抱える女の子を支援する女性のグループ。これまで、街頭に直接出て行って女の子たちの話を聞き続けてきました。女の子が支援を必要とする場合は医療機関や弁護士、行政につなげることもあります。ただし、押し付けがましくしないのが特徴。一緒にご飯を食べるなど、共に時間を過ごすことを重視し、本人の意志を尊重しながら、時に何年もかけて女の子の人生に寄り添います。

竹下奈都子さんと永見しょうこさん。女の子の声を伝える雑誌「VOICES」と共に。
竹下奈都子さんと永見しょうこさん。女の子の声を伝える雑誌「VOICES」と共に。

お2人はこれまで、BONDのスタッフとして、東京・渋谷の繁華街などに集まる10代20代の女の子たちに話を聞いてきました。ともに20代で、インタビューされる側の女の子たちと同世代でもあります。

その経験を生かし、被災地でも若年女性の本音を聞き取りました。被災地の若年女性達は、自分たちの辛さや生きづらさについて、家族や友人に話すこともなければ、行政が企画したアンケートにも記さない、と言います。

地方に住む若年女性の真のニーズを聞き取るには、どうしたらいいのか。お2人に聞きました。また「きちんと話を聞いてもらうこと」の持つ意義も考えます。

■「震災のことを話して」と言っても女の子は本音を語らない

―― お2人は、これまで行政もメディアも聞き取ることができなかった、被災当時、中学生から大学生くらいだった女性たちの本音を引き出しています。コツはありますか?

竹下さん:初対面の子も多かったので、あまり固くならないことでしょうか。自分が何でも知っている、というより、話を聞きながら女の子たちに教えてもらう、という姿勢が大切かなと思います。

永見さん:会話の中では寄り道が大事かな、と思います。「震災のことを話して」と枠を作って尋ねても、女の子たちは「震災でこういうことに困ってます」とは言ってくれないので。

―― 確かに東北の若年女性は一様に「私は被災者ではない」と言っていますね。

竹下さん:そうなんです。「震災で困ったことはありますか?」と質問すると「特にないです」とか「いや、大丈夫でした」と答える人が多い。「傷ついても、自分は家も家族も残っているから、まだまし」といった感じで。

永見さん「みんな大変だったから、自分がちょっとくらい大変でも、仕方なかった」と言いますよね。

竹下さん:だから、他の話を聞きながら、震災のことも聞く、という風に会話をはこぶのが大事だと思います。震災が起きた時、10代・20代だった女性たちは、周囲からすごく、あてにされていました。若いし、体力があるということ前提で、当たり前のように。

永見さん:親に代わって家事をやっていた子もいました。大人は仕事のことで頭がいっぱいだから、介護をしていた子もいましたし。

みんな、大変な経験をしていても「震災のせいで、これが大変です」とは言いません。「さみしい」とか「死にたい」という言葉で気持ちを表現するんです。

■「さみしい」「死にたい」という言葉があらわすもの

―― 普通の大人は「さみしい」「死にたい」という言葉で彼女たちが言いたいことを理解するのは難しいですね。

永見さん:そうですね。「さみしい」「死にたい」のはどうしてか、という部分を深堀りして聞いていくのが、私たちがBONDでやってきた活動で、そういう声を集めて作っているのがフリーペーパー「VOICES MAGAZINE」です。

竹下さん:東北の女の子も、BONDで関わってきた都市部の女の子も「大丈夫」が口ぐせなんです。そこは共通しているように思います。被災地と東京では街の大きさも経済活動も違いますが、女の子達が抱える「生きづらさ」は同じかな、と。

「VOICES」の取材のため、宮城県の沿岸部に行ったこともあります。驚いたのは、女の子たちの声が全く他の人に届いていないことでした。例えば性犯罪の被害などは「なかったこと」になっています。

永見さん自分を取り巻く環境がつらいことに、気づいていない子が多いです。生まれてからずっとそういう環境だと「当たり前」と思ってしまって、言えないんです。

BONDには、全国の女の子から相談が寄せられます。メールだけでも月に1000件は届きます。皆、自己肯定感が希薄なのが特徴で「苦しい」と言えないのです。

―― 女の子たちが置かれている「状況」と「言葉」にギャップがあるのですね。支援をする立場の大人、例えば行政の担当者は「大丈夫」と言われて、そのまま信じてはいけないですね。

竹下さん:彼女たちが言う「さみしい」「悲しい」「消えたい」という感情と、その原因が結びついていないことも、問題だと私は考えています。

辛くてもそういう感情をなかったことにしている。自分の感情を言葉にできなかったり、口に出してはいけないという気持ちが強いのです。一人で抱え込むしかない状況だと、なかなか立ち止まって考えたり整理したりできないですよね。

永見さん:私も確かに勉強はしましたが、現場で女の子たちの話を聞いて教えてもらうことの方が多いな、と考えています。

■大人は「声にならない声」にこそ耳を澄まして

―― これまで若年女性は「子どもではなく」「母親でもない」ため、政策の支援対象になりにくかったと思います。繁華街や路上や街角で女の子たちの話を聞いてきて、何か伝えたいことはありますか。

竹下さん女の子たちの声は「届いていないだけ」だと思っています。だから、なかったことにされたくない。彼女たちが何を思い考えているか、現状を伝えていきたいと思っています。本当は一人で抱え込まなくてもいい事を、社会や周りの大人が一緒に考えるべきことを、一人でどうにかしようと一生懸命がんばっている女の子たちの声を、もっと聞いてほしいです。

永見さん:大人たちには、「声にならない声」にこそ、耳を澄ませて欲しいです。

竹下さんや永見さんのインタビュー調査からは、女の子たちの「声にならない声」が伝わってきます。それと同時に「大丈夫」と言いながら、自分の力で何とか切り抜けようとする、彼女たちの強さも見えてきます。

女の子にとって、話を聞いてくれる、気持ちを分かってくれる、少し年上のお姉さんの存在はとても大事です。「Tohoku Girls Voices」の調査報告書によると、ある地域に住む女の子は、震災ボランティアの女子大生と仲良くなり、その人に色々なことを相談できたのは、震災前より良いこともあった、と感じているほどです。

竹下さんや永見さんに話を聞いてもらうことで、自分が大事にされている実感を持てたり、元気がわいてきた…つまり、エンパワーされた女の子達は、大勢いることでしょう。このような支援者の存在は、若年女性たちが主役になり、震災前より良い地域社会を作るための助けになるでしょう。

次回は、竹下さんと永見さんがが所属するBONDプロジェクトの代表、橘ジュンさんのお話をご紹介します。

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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