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「前線」でも「後方」でも〜新型コロナが引き起こす経営破綻という名の医療崩壊

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
新型コロナ感染者を治療する病院だけでなく、直接患者をみない「後方」にも危機迫る(写真:ロイター/アフロ)

最前線の苦闘と後方の閑散

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の広がりにより、医療機関は厳しい状況に追い込まれている。

 重症患者急増により不足するベッド、人員不足、院内感染、マスクや防護服の不足…。こうした状況を戦争に例えるのは不適切だろうという声もあるが、野戦病院とでも言わざるを得ない状況だ。

 私の知人の中にも、こうした最前線の現場に身を置く人たちがおり、厳しい状況を訴える声が届いている。

 一方、そんな最前線からやや距離を置いた一般の病院では、逆の現象が起きている。患者が大幅に減っているのだ。

 不要不急の受診が控えられている、外出が少なくなり、怪我や事故が減っているなど、様々な理由がある。

 患者数の減少は、病理医である私も実感している。

 現在私は複数の病院に非常勤として勤務し、病理診断を行っているが、どの病院も病理診断の標本の数が大きく減少している。

 これは患者数の減少を反映していると当時に、学会などが不要不急の内視鏡検査や外科手術を控えるように言っているのも理由だ。

 日本消化器内視鏡学会は以下のように提言している。

さらには条件に該当しない方(臨床的にCOVID-19を疑わない症例:ローリスク患者)からのウィルス感染の報告も相次いでいるため、このような方に対しては、適応を慎重に勘案した上で緊急性がなければ延期も含めてご検討ください。特に、新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく緊急事態宣言が全国に拡大された現在、感染拡大を防ぎ、かつ医療従事者を守るためにも、少なくとも緊急事態宣言の期間中は緊急性のない消化器内視鏡診療の延期・中止を強く勧めます。このことは、個人防護具の節約のためにも極めて重要なことです。

出典:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への消化器内視鏡診療についての提言(4月22日版)

 毎日新聞の記事によれば、新型コロナウイルスの検査をしている病院が風評被害を受けて患者が受診を避けるようになったことで患者数が激減しているという。

 救急患者の数も減っている。

例えば大阪府の救急車の出動件数だが、2018年3月が4万2449件、2019年3月が4万4519件、そして今年が速報値ではあるが約3万8500件となっており、前年と比較しておよそ6000件減少している。

出典:プレジデントオンライン記事

経営危機に直面

 こうした患者減は、病院の収入源につながる。経営破綻する病院が増えるのではないかとも言われている。

新型コロナウイルスの感染が拡大する中、約二千五百の民間病院などが加盟する全日本病院協会(全日病)の猪口雄二会長が本紙の取材に応じ、新型コロナ以外の患者の減少などで病院の経営が厳しくなっているとの認識を示した。四月分の診療報酬が支払われる六月には、運転資金が足りなくなる病院が相次ぐ恐れがあるという。

出典:<新型コロナ>民間病院6月危機 「資金底つく」 コロナ以外の患者減「助成必要」 全日病会長

 これは民間病院にとどまらない。自治体病院など公立、公的病院も、以前から人口の減少などの影響を受けて赤字が続く病院も多く、昨年(2019年)には厚生労働省がこうした病院の統廃合の方針を示していた。

 こうした中にさらなる患者減が加わったのだ。

新型コロナ患者を受け入れても赤字

 新型コロナウイルス感染者を受け入れても、経営面からすればプラスにはならない。新型コロナウイルス感染者への対応は、マスクや防護服、そして治療、看護、検査等にあたる医療者の負担を増やす。患者一人当たりにかかる費用は多い。

 全国医学部長病院長会議は以下のような声明を出している。

大学病院はもちろんの事、診療所、病院を含むすべての医療機関において新型コロナウイルス感染症対策のため業務内容を変更した場合、例えば集中治療室確保のための手術件数制限や、 院内感染防止ための外来診療制限、侵襲的検査の制限などの、診療内容変更に伴う診療報酬減少等への損失補填をしていただきたい。

出典:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の医療実施に関する声明

 新型コロナウイルス患者を受け入れても、受け入れなくても、経営が厳しいということだ。

配置転換ができない

 単純に考えれば、患者減になって余力ができた医療人材を、新型コロナウイルスの治療や看護、検査の最前線に投入すればいいのではないかと思ってしまう。

新規入院、外来を止めている病院もありますが、うちでは普通に行われていて、むしろ過剰に医師が余っています。専修医(後期研修医)は自宅待機とされていますが、有給職は週 6での出勤を命じられていてます。大学病院に医師を集約したところで患者数に対して医師数のみ過剰になっています。医師の適正配置が必要で、地域で医師を必要としているところに配置しないと医療崩壊が起こっていくんじゃないかと懸念しています。

出典:突然の「外勤禁止令」、医療現場で何が起きているか 働きたいけど働けない――日大医師の苦悩

 新型コロナウイルスを治療する病院とそうでない病院を分けて、人材を再配置すればいい。日本の病床数は世界有数だ。

 しかし、ことはそれほど簡単ではない。

 日本では、医療者に医療機関を超えた配置転換を指示することができる機関がないのだ。

今回のコロナ感染パニックの様なこの危機的状況で、世界最大の病床を抱える日本がその0.7%しか病床を機能させられていないという事実は、そのデメリットを顕著に露呈していると言わざるを得ないだろう。

いやいや、厚生労働省が、医師会が、もしくは市町村や大学の医局が医療機関に対して指揮することは出来るのでは?

と思われるだろうか。

答えはNoである。

厚生労働省は医療機関に対して「病院開設許認可」や「診療報酬設定」などの限定的な権限は保持しているものの、病床をコロナ専門にせよ、などと病院に対して診療内容の変更を直接指示する権限は全く持っていない。

日本医師会は主に「町の民間開業医」(と一部病院勤務医)の希望者だけが加入する任意団体である。基本的に任意団体なので、全国の各病院・クリニックに対し組織だって診療内容の変更を指示する権限など一切持っていない。

大学もそう。最近ではかなり後退したが、たしかに今でも大学から各病院への医師配置は行われており、そういう意味では人事権の一部は大学が握っている。しかし人事権と診療内容の変更指示は全く別のものである。もちろん、大学の医局にそのような権限は一切ない。

出典:森田洋之【日本のコロナ対策病床は全病床の僅か0.7%】 世界一病院が多いのにオーバーシュートでホテル入院に頼らざるを得ない『日本医療の不都合な真実』

 前線の疲弊、前線も後方も経営破綻、配置転換もできない…。新型コロナウイルス感染症は、日本の医療体制が抱えてきた弱みにつけ込んで広がりつつあるのだ。

危機を乗り切るために

 ここで嘆いていたところで何も変わらない。最前線に負担がかかり、後方には余剰人員がいるという状態をなんとか解消しなければならない。

 自治体病院や公的病院は病院間での配置転換等がやりやすいかもしれない。民間病院や開業医は、経営の安定を担保として新型コロナウイルスの治療に協力するという形にするしかないかもしれない。いずれにせよ、様々な矛盾や不満が噴き出すだろう。物資不足、感染対策への不安、風評被害等に直面するだろう。

 しかし、医療崩壊をただ眺めていることはできない。知恵を絞り総力戦で取り組んでいくしかない。

 そしてこの危機を乗り越えたあと、日本の医療体制はどうあるべきか、問い直さなければならない。

 病床数が多くても有効に活用できないのでは意味がない。

 病院が多く、医療者が分散してる現状、民間病院主体で市場原理に医療を任せ、患者の奪い合いをしている現状…。こうした現状をどうするのか。

 ともかく、私も含め、条件さえ整えば、なんらかの形で新型コロナウイルスの診断、治療等に関わる覚悟のある医療者は多いはずだ。まずは危機を乗り越えよう。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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