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5年前のあの日に考えていた事の何が変わったのだろうか

田中良紹ジャーナリスト

5年前のあの日の午後2時46分、私は「3月大乱」と題するブログを書いていた。その時の私には菅直人民主党政権が崩壊寸前である事や、米国務省日本部長の「沖縄差別発言」で米国政府が異様なほど必死に火消しをする様が念頭にあった。

それらが未曽有の大災害によって一瞬にして吹き飛び、日本政治のあり方や日米関係はリセットされることのないまま、5年後の今につながっている気がする。

菅政権が崩壊状態に陥ったのは自業自得である。前年の2010年参議院選挙で菅総理が突然消費増税を言い出して惨敗した。07年の参議院選挙で小沢一郎代表が安倍自民党を大敗させて「ねじれ」を作り、それを足掛かりに09年衆議院選挙で政権交代を果たした議席を菅政権は再び自民党に戻し、今度は民主党が「ねじれ」で追い込まれる状態を作りだした。

しかも消費増税は民主党のマニフェストに違反する。自民党は野党に転落した事から民主党に対抗する意味で消費増税を公約にしたが、それは野党だからの話である。民主党を挑発して民主党に消費増税をやらせ、政権奪還を有利にしようとする思惑があると私は見ていた。

菅総理は消費増税で「ねじれ」を作り国会運営は苦しくなった。そうなれば国会運営の裏を知り尽くす小沢氏の協力を得て、党内を結束させるのが常識だが、菅総理の頭はそうならない。マニフェストを理由に消費増税を批判する小沢一郎氏を民主党から排除しようとした。

「ねじれ」の場合、予算は成立させる事ができるが、予算関連法が参議院で否決されると予算の執行が出来ない。予算関連法が成立しなければ菅政権は解散するか総辞職するしかなくなる。従って菅政権は通常国会を乗り切ることが出来ず、自民党にすり寄る以外に生き残る道はないと私は見ていた。

3月に参議院で予算審議が始まると、タイミングを計ったように「政治とカネ」のスキャンダルが政権を直撃する。まず前原誠司外務大臣に外国人からの献金が発覚し、前原氏は3月6日に大臣を辞任した。すると11日に朝日新聞が朝刊の一面で菅総理の外国人献金問題を報道する。外務大臣が辞任した直後だけに菅総理は逃げられない。

2004年の「年金未納問題」でも年金未納が報じられた福田康夫官房長官が辞任すると、次に菅民主党代表の未納が報道されメディアから追及されて菅氏は辞任に追い込まれた。それと同様のケースである。11日の参議院予算委員会は自民党が菅総理追及に力を入れ、私は国会中継を見て今後の政局を思い描きながらブログを書いていた。そこに大震災が発生した。

一方、その4日前、3月7日にケビン・メア米国務省日本部長が米国の学生らに「沖縄はゆすりの名人」と発言した事が報道され、米国政府はすぐさまカート・キャンベル国務次官補を日本に派遣して謝罪すると発表した。

報道から間髪を入れず、米国政府が日本担当の最高責任者を派遣して謝罪するというのは異例である。メア発言が米国にとっていかに深刻だったかを物語る。果たして「沖縄はゆすりの名人」と発言しただけなのか。私はメア発言の全文をネットで検索した。

するとそこには私が1990年代から米国議会を見て感じてきた米国人の「本音」が語られていた。すなわち日本人全体に対する差別意識を土台に、メア氏は日本に米軍基地を置く事は米国の経済的利益であると発言していた。

日本に米軍基地があるのは、平和憲法によって日本が自分の国を自分で守らず、米軍に守られる事を望んでいるからである。従って平和憲法を変えさせない事が米国の利益になるとメア氏は言った。この発言の根底には、自分で自分を守れない従属国を下に見る意識があり、それは日本人には決して知られてならない米国の「本音」なのだ。

米国政府は日本に対し常に「建前」を語って「本音」を隠してきた。「米国にとって日本は最も重要なパートナー」と日米同盟を持ち上げ、日本を尊重する姿勢を見せながら、おだてて米国の意のままにさせようとしてきた。ところがメア氏はその裏にある「本音」を学生に語り、学生はそこに差別意識を感じた。米国政府が慌てる筈である。

しかし日本のメディアは米国政府の慌て振りの根底にあるもの、すなわち米国の「建前」と「本音」を探っていない。探らないまま大震災が起きてメア発言は吹き飛んでしまった。米国政府は胸をなでおろしたに違いない。

大震災は米国に日本政府をコントロール下に置く事を可能にした。問題発言で国務省をクビになったメア氏が来日し、復興事業に米国企業が参加できるように取り計らう仕事を始めたと報道された。日米関係の「不都合な本音」は米軍の「トモダチ作戦」によって完全に消し去ることが出来た。

日本でオウムの「サリン事件」が起きた時、米国は軍の中に「化学、生物、核兵器対応部隊」を作ったが、その部隊も来日して日本で訓練を積み重ねて帰って行った。日米関係はメア発言以前の状態に完全に戻った。

窮地に追い詰められた菅総理は大震災によって生き延びることが出来た。しかし日本政治のトップとして何をしなければならないかが分からず、局所を見るだけで全体を俯瞰する能力のないことが明らかになる。そして不思議な事に日本経済は大打撃を受けたにもかかわらず、円が急騰して戦後最高値を付けたのである。

震災の打撃と円高の打撃で日本経済はリーマンショック以来の景気回復から二重に足を引っ張られることになった。その背景には米国の金融政策の影響があると私は思う。金融緩和を続ける必要のある米国が、日銀に消極的な政策を採らせ、米国の望む円高ドル安を続ける状態が維持されたのである。

その後、米国には金融緩和をやめる必要が出てきた。そうなると日本の金融政策も一変させる必要がある。それがアベノミクスの「異次元緩和」を登場させたのだと私は見る。しかし米国の必要から日本にやらせた金融緩和も限界に来たことがはっきりした。2月に中曽日銀副総裁はニューヨークで講演し、「異次元緩和」に効果のない事を認めたのである。

昨年の11月に米国の経済学者ポール・クルーグマン氏が書いたコラムと同じで、「異次元緩和」は円安を生んでも物価上昇と経済成長に効果はないと発言した。来週に安倍総理は米国の経済学者ジョゼフ・スティグリッツ氏などから意見を聞いて、アベノミクスの仕切り直しを演出する意向のようだが、そんな外国依存で日本を立ち直らせる事が出来るのだろうか。私は不思議に思う。

こうした流れの中で日本政治の何が変わったのか、日米関係の何が変わったのか、私ははなはだ疑問になる。菅政権以来、歴代政権の政治的未成熟度と、強い者にすり寄る以外に能のない政治が続いているように私には思える。あの大震災の激しさから、敗戦後の日本が焦土から立ち直ったように、ただの「復興」ではなく日本新生のチャンスと考えた時もあったが、日本にまだその時は来ないのであろうか。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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