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現場で割れる意見「園バスにはシートベルトが必要なのか」

橋本愛喜フリーライター
園バスにはなぜシートベルト設置の義務がないのか(写真:バスメーカー「光源舎」)

今月13日、茨城県の県道で、園児16人と女性職員が乗った幼稚園バスが塀に衝突し、園児らが足の骨を折るなど、多くの重軽傷者を出した事故が起きた。

70代の園バスドライバーは事故時、「ぼーっとしていた」と警察に話したという。

参考記事:「幼稚園バスが塀に衝突、5歳女児と職員の2人骨折 13人軽いけが」(朝日新聞)https://www.asahi.com/articles/ASPBF4C9SPBFUJHB001.html

このような園バスに関わる交通事故が起きるたび、世間から聞こえる声がある。

「シートベルト設置の必要性」だ。

園バスにはシートベルトは必要なのか。

そもそも園バスにはどうしてシートベルトがないのか。

そして、現在園バスに乗る園児の環境は、果たして「安全」と言えるのだろうか。

シートベルトがない理由

現在日本では、クルマに乗る6歳未満の子どもには、チャイルドシートの着用が義務付けられている(道路交通法第71条の3第3項)。

チャイルドシートは、交通事故時の衝撃から小さな身を守るためだけでなく、子どもが運転時に席を移動するなどして、ドライバーの直接的・間接的な妨げにならないためにも必要とされている。

にもかかわらず、同じクルマである幼稚園バス・保育園バスには現在、国によるシートベルト設置の義務がない。

チャイルドシートは子どもの成長に合わせて使い分ける必要がある。奥は乳幼児用、手前はジュニア用(筆者撮影)
チャイルドシートは子どもの成長に合わせて使い分ける必要がある。奥は乳幼児用、手前はジュニア用(筆者撮影)

そんな中、日本国内ではこれまでにも園バスが絡む交通事故が多く発生しており、そのたびにシートベルト設置の必要性を問う声があがる。

「幼稚園バスは遅いので、煽られたり突然追い越されたりする光景を見る。その瞬間に光るブレーキランプを見るたびに、シートベルトはあったほうがいいのではと思う」(50代中型地場トラックドライバー)

「これまでの事故には、シートベルトがあれば防げた怪我は多くあると思います」(大阪府4歳園児の親)

「安全のためには必要だと思います。低年齢や、障害のある子もいるので、座席を離れたり立ったりしないようにするためにも」(40代3年目保育補助)

しかし、今回話を聞いた現役の園バスドライバー7名と幼稚園教諭・保育補助4名に「シートベルトはあったほうがいいか」を問うたところ、意外にも消極的な意見が目立った。

その理由は、「着脱の難しさ」だ。

2歳ごろから6歳までの子どもが大勢乗る園バス。前出の保育補助はこう続ける。

「最初はなぜないのだろうと不安に思いました。が、実際、バス停ごとに装着したり外したりを手伝うとなると、添乗員1人では難しいと思います」

園バスのドライバーたちからも同じような声が集まる。

「シートベルトがあれば安全性は上がると思います。が、脱着を全て先生がやるというのは非現実的。緊急時、子どもが自ら脱着できなければならないと思います。運行時間的にも各バス停で時間をとられる。何か画期的なものができない限り運用は難しいのでは」(40代10年目 園バスドライバー)

「不要と考えます。園児達が嫌がり乗らなかったり、暴れたりした時にシートベルトは難しく添乗員が対応出来ない。災害時の避難に対応が難しくなる。また、園児たちはカバンを背負っている。ベルト着用はそういう面でも難しい」(40代14年目 園バスドライバー)

さらに、園バスメーカー「光源舎オートプロダクツ」に問い合わせたところ、やはり顧客からのシートベルト設置の依頼は、現在のところそれほど多くないという。

「幼児専用車へのシートベルト取付の希望数は過去から現在にかけて大きく増減しておらず、感覚的には3%程度です」

また同社では、要望があった場合、国によって定められているものではないこと、ベルトの設置によって緊急脱出の際に懸念があること、ベルト自体が小さな子どもたちの体に影響を及ぼす可能性があることなどを説明し、理解が得られた場合のみ対応しているとのことだった。

オプションの園バスシートベルト。マジックテープでの着脱になっている(写真:バスメーカー「光源舎」)
オプションの園バスシートベルト。マジックテープでの着脱になっている(写真:バスメーカー「光源舎」)

国が園バスにシートベルトの設置を義務付けないのも、この「着脱の難しさ」に大きな理由がある。

国土交通省では平成25年、園バスのシートベルトの有無における安全性が議論され、「幼児専用車の車両安全性向上のためのガイドライン」が作成されたが、そこにも シートベルトの設置義務は明記されていない。

幼児専用車の車両安全性向上のためのガイドラインhttps://www.mlit.go.jp/common/000992511.pdf

同ガイドラインに記載されているその理由は、下記の3点だ。

(※は国交省担当者の口頭説明)

①「幼児自らベルトの着脱が難しいため、緊急時の脱出が困難

※幼児に対応できるシートベルトの開発ができていない

②幼児の体格は年齢によって様々で、一定の座席ベルトの設定が困難

※大人用シートベルトを使用した場合、事故時にかえって危険が及ぶ可能性がある

③同乗者(幼稚園教諭等)の着脱補助作業が発生する

※車内から緊急脱出を要する際、複数いる園児に対してシートベルトの着脱補助をするのは難しい

ただ、だからといって園バスに安全対策がなされていないわけではない。

同ガイドラインには、座席の素材やつくりなどに対しての言及がなされている。

①座席にウレタンやパットなどの素材を使用し、クッション性を上げる

②座席の高さを10cmほど高くし、事故時に前に体が飛び出すことを防ぐ

③前の座席との距離を近くして「空間」を作らない

前出メーカー「光源舎」も、「座席サイズを幼児の体形に合わせたり、幼児自らが体を支えることができるハンドグリップ(前席の背もたれ部分)を着座人数分設置。座席の素材そのものを柔らかくし突起物をなくするなどの工夫をしている」とのこと。

一部幼稚園においては、そのハンドグリップから手を離さないように指導しているところもあるという。

座席が高めに作られた園バスと各座席前に付けられているハンドグリップ(バスメーカー「光源舎」提供)
座席が高めに作られた園バスと各座席前に付けられているハンドグリップ(バスメーカー「光源舎」提供)

高齢ドライバーが多い理由

園児を安全な環境で送迎するために必要なのは、車内の装備だけではない。

運転するドライバーにも技量や経験が必要になる。

「今まで運転していてシートベルトが反応するほどのブレーキを踏んだことがこの14年間で1度もないです。園バスは、エアサス(揺れ防止車)でなく板バネ車両(揺れ対策のない従来型の車両)なので、でこぼこ道は避けるか、スピードを落とします」(40代14年目 園バスドライバー)

「子どもはただでさえ体重が軽く頭が重いので、前後の揺れに弱い。各停車場には親御さんが待っているので気持ちが焦ることもありますが、急発進や急ブレーキを要さない運転を第一に心がけています」(60代13年目 園バスドライバー)

子どもの命を預かる園バスドライバー。安全運転に対する意識は、人一倍強い。

しかし、そんな園バスのドライバーには、他の職業ドライバーと同じある深刻な問題を抱えている。「高齢化」だ。

今回話を聞いたドライバーは40代~60代が多かったが、現場には70代も少なくない。

園バスドライバーに高齢者が多いのには、事情がある。

園バスドライバーの雇用形態の多くは「派遣」か、幼稚園による「直接雇用」だが、派遣になると時給1000円、月給10万円代前半というケースも多く、家族を養うことはもとより、一人暮らしもままならない。

そのため給与が安ければ安いところほど「定年を迎えた職業ドライバーの再就職先」になりやすく、自然と高齢ドライバーが多くなるのだ。

さらに現場からは、「二種免許の必要性」を訴える声も少なくない。

「二種」は、いわば「人を運ぶプロ免許」だ。

しかし、二種免許保有者の人材確保が難しいこと、支払う給与が割高になることから、現場で求められるのは一種免許からというところがほとんどだ。

実際求人サイトを見ると、「普通自動車一種免許OK」、「未経験者歓迎」、「定年後の仕事先として人気」といった文言が並ぶ。

「私も大型一種免許で60代ですが、子どもたちの命を考えると、運転に自信はあってもそろそろ引退を考えなければ、と思っているところです。でも、自分が辞めたら未経験者が入るのではという不安がある。経験のないドライバーは雇うべきではないと思います」(60代13年目 園バスドライバー)

義務ない添乗員の同乗

もう1つ、車内にいる園児の安全性に欠かせないのが「添乗員」の存在だろう。

今回聞いたケースでは全員が「必ず幼稚園教諭などが同乗している」ということだった。

しかし国土交通省・文部科学省に確認したところ、現在園バスには「大人が添乗しなければならない」という法律や規則は存在しないという。

文科省の担当者によると、「国としては添乗のルールは設けていないが、現場に『園バスには大人が1人乗っているのが常識』という認識があるのが前提だった」とのことだった。

が、今年7月に福岡県中間市で起きた「園児置き去り死亡事故」の後に行われた調査では、実際のところ、添乗員が乗っていない園バスが一定数走っていることが分かっている。

こうしたことから、この『置き去り死亡事故』の後、厚労省・内閣府・文科省は『添乗員の同乗義務化』ではなく、『安全管理の徹底』という総括的な視点で、園バスにおける注意喚起を各都道府県の担当部局から各園に周知するよう通知を出しました。園バスに対するこうした取り組みは、これが初になるのでは」(同文科省担当者)

参照:「保育所、幼稚園、認定こども園及び特別支援学校幼稚部における安全管理の徹底について」(厚労省、文科省、内閣府)https://www.mhlw.go.jp/content/000823630.pdf

実際この文書には、「送迎バスを運行する場合においては、事故防止に努める観点から、運転を担当する職員の他に子どもの対応ができる職員の同乗を求めることが望ましい」といった文言が示されている。

しかしその一方、現場からは「『大人』であれば誰でもいいわけではない」という、もう一段上のフェーズからの意見も聞こえてくる。

「自分の幼稚園バスの添乗員は、いわゆる『先生』ではなく、一般職員。子どもが車内で立っても、どうしていいか分からないからちょっとした注意をしてそれ以外のことはしない。教員免許をもった人がするべきだと思う」(40代4年目 中型二種園バスドライバー)

写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

園バスにシートベルトは必要か

シートベルトに話を戻そう。

現場からは前出のような「シートベルト設置不要」の意見もあるが、おそらく今後、設置を求める声は徐々に増えていくだろう。

筆者自身も長年、園バスにシートベルトがないことに疑問を抱いていたひとりだ。

しかし、今回の取材で聞いた現場の声に加え、「やみくもにシートベルト設置の義務付けを急ぐべきでない」と思ったきっかけがある。

前出の「福岡県園児置き去り事故」だ。

今年7月、福岡県中間市の保育園で5歳の園児が9時間もの間、園バスの車内に取り残され熱中症で死亡した事故は、子どもを園に預けている親だけでなく、そのニュースを見た多くの人たちに衝撃を与えた。

同事故で亡くなった園児は発見時、元々座っていた席から移動していたという。

真夏の車内に閉じ込められていたことを思うとそれでも胸が締め付けられるが、そこにもし自力で着脱できないシートベルトを装着していたとしたら、男児の苦しみはより大きかったのではないだろうか。

この置き去り事故後、「クラクションを鳴らすよう教育すべき」という声もあがったが、それにもやはり、車内で自由に動けることが第一条件になる。

とはいえ、横転するような事故や、制限速度を大きく上回る速度で追突されたなどの場合は、やはりシートベルトで救われる命、防げる怪我は多い。

国交省も、「現在においては幼児用座席に適した座席ベルトが存在していないが、今後、座席に適した座席ベルトが開発されることを期待する」 としている。

今後シートベルト設置を義務付けるのであれば、園児でも着脱容易な商品の開発と、もしもの時にでも冷静に園児が着脱できるよう指導することが必要になるだろう。

以上のように、シートベルトの設置義務に加え、添乗員の乗車、ドライバーの技量や二種免許義務などにおいて、それぞれには「義務付けられない・規制できない事情」がある。

が、何か1つの要素が欠けるならまだしも、「シートベルトのない園バスにおいて、多くの園児の送迎を時給1000円の高齢・未経験ドライバーが1人で担う」ことが事実上まかり通ってしまう現状は、やはり見直すべきなのではないだろうか。

参考記事:

送迎バスに職員同乗ルール化 保育園バス事故受け福岡県が指針(朝日新聞)

https://www.asahi.com/articles/ASP9G7F3QP9GTIPE01D.html

※ブルーカラーの皆様へ

現在、お話を聞かせてくださる方、現場取材をさせてくださる方を随時募集しています。

個人・企業問いません。世間に届けたい現場の現状などありましたら、TwitterのDMまたはcontact@aikihashimoto.comまでご連絡ください(件名を「情報提供」としていただけると幸いです)。

フリーライター

フリーライター。大阪府生まれ。元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆・講演などを行っている。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)。メディア研究

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