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世界初の摘果リンゴシードル 100年以上、日本で最も長い歴史誇るリンゴ園の「持続可能な農業」への挑戦

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
もりやま園が製造する摘果果実を使ったテキカカシードル(中央)と製品(筆者撮影)

リンゴ作り発祥の地、青森県弘前(ひろさき)市で100年以上続くリンゴ園「もりやま園」を営む森山聡彦(としひこ)さん。日本で最も歴史の長いリンゴ農家だという。「世界初」の摘果リンゴシードル「テキカカシードル」を開発し、2018年度青森県特産品コンクールで青森県農林水産部長賞受賞、2018年10月には「あおもり産学官金連携イノベーションアワード」でイノベーション優秀賞を受賞した。商品そのものが評価されたことに加え、リンゴ栽培の記録と管理のためのクラウド型アプリケーション「Ad@m(アダム)」の開発もある。シードルの製造過程で発生する絞り汁のカスや、剪定した枝も捨てず、キクラゲの菌床として活かしている。これまで捨てていたものを捨てずにものづくりに活かす、マイナスをプラスに換える発想だ。どのような考えでここに至り、日々の仕事に取り組んでいるのだろうか。青森県弘前市に、森山聡彦さんを訪ねた。

青森県弘前市「もりやま園」の森山聡彦(としひこ)さん(筆者撮影)
青森県弘前市「もりやま園」の森山聡彦(としひこ)さん(筆者撮影)

2008年のひょう害で「自然災害のリスクを背負わず加工栽培で成り立つことをやってみたい」と思った

―(筆者)摘果を生かすきっかけが、2008年の6月でしたか。ひょう害、という。

森山聡彦氏(以下、森山):そうですね。ひょうが、一番ショッキングでした。平成3年(1991年)の台風19号も経験しています。1粒残らず全部落ちちゃった経験です。自然災害の恐ろしさ、人の手ではどうもならんなと。

もりやま園(筆者撮影)
もりやま園(筆者撮影)

―ひょうの前に、平成3年のそれ(台風)もあったんですね。

森山:そうです。台風やひょうは、もう逃れようがないやと。ひょうは6月13日に来たんです。リンゴ作りがスタートしてすぐ(の時期)なんですね。ということは、大きくなっても傷付いたリンゴになっちゃうわけですよ。手間をかける価値があるのかと。もう諦めて、1年スキップしちゃえば、それ以上リスクを背負わなくて済んだであろうことに、父は(例年と)同じように手間暇かけたんですよ。周りの農家も。諦められないというか。少しでもいいリンゴを採って挽回しようという思いだと思うんですけど、結局、傷口を広げるわけですよ。人件費も薬も費用かけて、秋になったら、(できたのは、価格の高い生果ではなく、安い)加工リンゴだった、と。加工リンゴがあふれるから加工場もストップ。収穫するリンゴの箱(容器)も空かない。農協から箱を借りに行っても、1日300箱収穫しなきゃならないのに40箱しか来ない。あのときはもう本当に大変だったんですよ。そうこうしているうちに雪が降ってきて。

―踏んだりけったりですね。

森山:踏んだりけったりで。こんなんじゃとても続かないし、こんなみじめな思いを次の世代に持ち越したくないと。自然災害のリスクを回避するいい手立てはないかなと思ったんです。傷付いたって問題ないよという。台風で落っこちる前に収穫できて、春と秋の年2回収穫とならないかなと思っていたとき、平成24年(2012年)だったかな。加工専用栽培をやっているところがあるよ、と聞いたんです。

―加工専用栽培。

森山:そう。

―加工リンゴ?

森山:加工リンゴ専用の栽培も行っている風丸農場さん。鰺ヶ沢(あじがさわ)にある白神アグリサービスさんです。木村才樹さんがやっています。もちろん同じくらい生食用のりんごも作っています。

―2008年のひょうの後ですか。

森山:そうです。こんな手間暇かけて報われないなら、自然災害のリスクを背負わないで加工専用栽培で成り立つことをやってみたいと思ったんです。それをやっているところがある、と。

―近くに。

森山:そう。鰺ヶ沢(あじがさわ)なんで、ちょっと離れていますけれども。

―お会いしているんですね。

森山:ええ、何度も会っています。リンゴ畑も8ヘクタールあって加工専用栽培をやっているという。

―2008年? 2009年?

森山:平成25年だったかな。

―2013年ぐらいかな。

森山:そうですね。

―ひょうの後ですね。

森山:そうです。ひょうの後です。

以前はたくさんの摘果リンゴが畑に捨てられていた(森山聡彦さん提供)
以前はたくさんの摘果リンゴが畑に捨てられていた(森山聡彦さん提供)

摘果果を使うために費やした5年間

―摘果果を使うとなると、農薬を変えないといけなくて5年ぐらい費やしたと(記事に)書かれていたんですけれども。

森山:そうそう。

―2013年?

森山:2015年からです。平成25年か。無農薬の摘果リンゴをやり始めたときから数えてですね。

―じゃあ、2013かな?この5年間、大変だった。

森山:最初、無農薬から始めて、その次は特栽レベルで始めたんです。

―何レベル?

森山:特別栽培。

―特別栽培レベル。

森山:農薬を50%カットして、青果物に何の違いも認められないレベルまで要らない農薬をカットしようと。アブラムシを放置したからリンゴに害はあるか?と。あるなら防除しなきゃならないけど、ないなら自然に任せていいんじゃないか、というのを繰り返したんですね。

―5年間、格闘して、今に至るということなんですね。

森山:はい。

―その過程で、開発されたアプリの「Ad@m(アダム)」でのデータ解析があって。持続可能性を目指すために。

森山:はい。

もりやま園では、従業員の出退勤は全て写真の機械で管理し、給与も自動計算している(筆者撮影)
もりやま園では、従業員の出退勤は全て写真の機械で管理し、給与も自動計算している(筆者撮影)

シードル完成までに3年間

―シードルの工場が建ったのは最近なんですね。

森山:去年ですね。

― 一昨年じゃなかったっけ。2017年。

森山:ああ、そうか。そうですね。

―2019年になったから。

森山:ほぼ1年なんですけど、2017年に建っていますね。

2017年に設立したシードルの工場にはこれまで受賞した多数の賞の表彰状が並んでいた(筆者撮影)
2017年に設立したシードルの工場にはこれまで受賞した多数の賞の表彰状が並んでいた(筆者撮影)

―20種の酵母って相当だなと思ったんですけれども。

森山:ことごとく酸っぱくて酢みたいで、顔を背けたくなるような匂い。

―酸っぱ過ぎたんですか。

森山:ええ。

―匂いも?

森山:最初はね。これで本当に商品ができるかどうか、すごい不安でしたよ。でも、だんだんイメージに近づいていくんです。

―その酸っぱい、顔をしかめるところから完成までどのぐらい?

森山:3年かかっていますよ。

―3年か。そのぐらいかかるんですね。

3年がかりで開発された「テキカカシードル」(筆者撮影)
3年がかりで開発された「テキカカシードル」(筆者撮影)

森山:ええ。最初、(青森の)シードル研究会に摘果の果汁を持ち込んで作ってもらったんですよ。他のも平等にまずくて。

―平等にまずいって、面白いですね。

森山:試作品のまずさは衝撃的でしたね。これで本当にいいものができるのかなという中で、一番、無難だったんですよ。この調子でいくと、摘果が一番いいんじゃないかという感じはしていたんです。

―その最終形(の配合比)は、摘果が65%で(成熟果が35%)?

森山:70%です。

―70%になったのね。

森山:もっと増やせそうです。今、70%でやっていますけれども・・・。

―味が酸っぱいから(成熟果実を)入れるんでしたっけ。

森山:そう、30%。そうなんですよ。

―その30%はどんなものですか。

森山:ふじですね。ふじの成熟した・・・。

―生(なま)としても出荷できるもの?

森山:そうです。生としても出荷できるものです。格外品みたいなやつですね。

―規格外ですか。

森山:ええ。小さ過ぎるとか。

―ピンポン玉の大きさでポリフェノール10倍というのは、そこに凝縮されるということですか?

ピンポン玉くらいの大きさの摘果リンゴ(森山聡彦さん提供)
ピンポン玉くらいの大きさの摘果リンゴ(森山聡彦さん提供)

森山:そう。小さいリンゴの実は、まだ虫に食われてほしくないわけで。病気から身を守らないといけないので、わざと渋いわけですよ。それがポリフェノールなわけです。その渋み成分、タンニン、プロシアニジンとかの成分が渋くて酸っぱいとか、苦いのもあるかもしれないですけれども。

加工品でも単価は高水準にキープできる

―生で出荷した場合に1箱20キロ2,000円と読んだんですけど、シードルだとキロ(単価)どうなるんですか。

森山:同じです。小さい実でも成熟した実でも、20キロあれば同じ量の果汁が取れます。

―同じ量取れて同じ利幅という。

森山:そうですね。ただ小さい実なので重量は少ないし、大きいのに比べると箱一杯にするのに手数(てかず)は多いわけですよ。うちでは1日1トン。1カ月かけるので30トン近く取れますね。

―単価は高いんですね。加工用だとキロ当たりの単価が生より下がる場合が多いのかなと。

森山:普通はリンゴを農協に出すとすれば、1箱当たり20キロで3,000円から3,500円の間なんですよ。キロ単価150円とか170円とかなんですけれども、半分ぐらいはそれよりうんと単価が低いわけですよ。キロ単価100円とか。

―規格外ということで?

森山:そう。ジュース用だと20キロで500円。最近は700円いってるか。キロ単価35円。

―一気に下がりますね。

森山:そう。35円だと黒字にならない。赤字なんですよ。手間は全然変わらないんですよ。

―シードルが2017年に23トン、6万から7万本出荷と聞いたんですけど。

森山:そうそう。今年は27トン。

―増えたんですね。本数も増えたのかな。

森山:そうですね。27トンは30キロリットル分なんですよ。今のところ28キロリットル保管しています。季節に関係なく工場を稼働できるんですよ。

―(年間収入の)波を平らにできているんですね。

森山:そうなんです。平らにできるんですよ。需要に応じて在庫が切れないよう、加工場を回してやっています。

壁に貼られた受賞や商品の告知(筆者撮影)
壁に貼られた受賞や商品の告知(筆者撮影)

全製品の取引企業は100社近くに

―シードルも40社取引があって・・・。

森山:今もう100社近くになってきています。

―そんなになったんだ。すごいですね。この短期間ですよね。

森山:そうですね。シードルだけじゃないんですけれども。

―他のも含めてですか。

森山:他のも含めて。

ドライフルーツ(乾燥リンゴ:右)やキクラゲ(左)も扱っている(筆者撮影)
ドライフルーツ(乾燥リンゴ:右)やキクラゲ(左)も扱っている(筆者撮影)

―キクラゲとか?

森山:ドライフルーツもあるので。これをコンスタントに出せたらいいんですよね。立ち上げてからわーっと伸びて、このまま行くと思いきや、がーっと谷に落っこちて苦しい時期もあったり、また伸び出して急にぐぐっと来たり、波があって安定しないですけれども。

近所の放任園を管理できるように

―2017年9月の記事で「近くの放任農園も管理できたら」とおっしゃっていたんですけど(2017年9月24日付の農業共済新聞の記事「リンゴ剪定枝、摘果を無駄なく活用 加工品作り」)。

森山:借りている畑が2筆あります。1つはリンゴ畑をそのまま引き継いでいます。もう1つは保全管理(草刈りしているが何も植えていない状態)のを借りて、彩果という品種を植えて。

―ジュース用の?

森山:そうですね。彩果という品種は、病気に強いだけじゃなくて、自己摘果性という特徴があるんです。摘果作業は、木を1本間引くのに3時間ぐらいかかるんですよ。彩果だったら30分か1時間見れば十分ですね。自分で落ちちゃうんです。

―便利ですね。

森山:ええ。自分で落ちちゃうから、あと半分落とすだけでいけちゃうんですね。それがいいところで、遺伝的にそういう特徴を持っていて、大変珍しいです。

―日本で生まれた品種なんですか?

森山:そうです。青森県で生まれた品種なんです。味もさっぱりしていてうまいんですけれども、何か人気がないんです。甘い品種に慣れちゃってるから、甘いのと比べられると酸っぱい印象が付いちゃっているのかなと。

―逆に海外の人に人気が出そうな。

森山:そうですよ。さっぱり系のほうが受けると思うんですよ。

―小さくて。

森山:もう一押し、他と違う特徴を引き出せば、十分流通していくと思ったんです。形がいびつなのと、さびも付きやすいのと、あまり人気がないんだけど、有機JASリンゴを大量に流通させるのであれば有りなんじゃないかと思って。

―可能性ありそうですね。

森山:ありそうだと。平成26年に植えたんです。苗木屋に彩香の苗木を500本注文したんです。正気ですか、と言われました。

持続可能な農業を目指し労働生産性を2〜3倍に

―持続可能な農業にするためには・・・。

森山:労働生産性を・・・。

―労働生産性を2~3倍に。

森山:2~3倍にしないといけない。人口減少を止められるだけの収入がないと、人がどんどん離れていっちゃうと思うんです。家族がちゃんと暮らせる収入や、家族と過ごせる時間。労働に忙殺されない。働くことで精一杯だと、家族と過ごす時間の余裕は生まれないと思ったんです。一般企業並みになれば、農業だってちゃんと続くだろうと。

この「Ad@m(アダム)」(開発アプリ)で測ったデータを見て、リンゴ作りを俯瞰(ふかん)してみると、年間75%の時間のうち、15%は剪定(せんてい)作業に使うんですよ。摘果作業に年間33%(約30%)。

―結構な割合ですね。

森山:90%の実を落とさないといけない。残り10%を成長させ収穫しているので、9割を機械で落とせるのならいいけど全部手作業なので。うちだと3,000時間です。残りの30%が色を付ける着色管理。葉っぱを取って、実を回して。表にしてやらないと(リンゴに)色が付かない。その作業に年間30%。

75%の時間は、ひたすら何かを捨てているんですよ。

枝を摘み取り、リンゴを摘み取り、葉っぱを摘み取る。

ごみを生み出すことに一番(時間を)使っているんだなと。

収穫にかける時間は15%ですけど、75%の時間を15%で取り戻そうというのは無理があるじゃないかと。

海外と比較してダントツに低い日本の労働生産性を上げる

―日本と海外との違いを感じるんですけれども。赤い実をならせるための作業(葉とり)は、しなくても大丈夫?

森山:海外ではしないですよ。葉っぱの跡が付いて当たり前ですから、誰もそんなことに手間暇かける価値を見出していないと思います。そんなことに手間かけてどうするの?と、皆、思うんじゃないですか。

―日本の労働生産性が1970年からG7最下位。もう50年ですよ。

森山:会社だったら一発で倒産ですよね。最低賃金を払えませんとなって。

―効率は重要ですからね。

工場内に展示された証明書(表彰状)(筆者撮影)
工場内に展示された証明書(表彰状)(筆者撮影)

捨てるのが常態化 高級フルーツ店やコンビニは捨てるのを勘定に入れて値段設定している

森山:時間の使い方が間違っているし、もっと人が幸せになれることに時間が使えただろうに、見た目や外観のために過剰な労働力をかけて。高級フルーツ店とか、高い値段付けて売らないと成り立たないじゃないですか。高いものを店に並べてどれだけの人が買いますか?という。たぶん、半分ぐらいは捨てられていますよ。

―捨てる値段も入っているでしょうからね。

森山:コンビニと同じですよ。品揃えが悪かったら客足が遠のくから、最初から半分か3割捨てるのを勘定にして値段設定してコスト計算して、捨てるのが当たり前のようにやっている。

―常態化しているんですね。

森山:労働生産性が悪いのも当たり前。そんなことに時間を増やすぐらいならもっといいことに時間を使えたと思うし。今の日本の仕組み自体が自分で自分の首を絞めていると思うし、すごく無駄だなと。この仕組みをなんとかしたい。ある百貨店なんかは「3分の1ルール」というわけです。賞味期限が半年残っていても返品されちゃうんです。もうそんなところと取引をしないんだ、と。

―本当ですね。今、(3分の1ルールは)緩和の方向に動いているのに。

3分の1ルールとは、賞味期間全体を3分の1ずつ均等な期間に分け、最初の3分の1までに納品、次の3分の1までに売り切るというもの。そこを超えたものは返品・廃棄となるため、年間1235億円のロスが発生(筆者作成)
3分の1ルールとは、賞味期間全体を3分の1ずつ均等な期間に分け、最初の3分の1までに納品、次の3分の1までに売り切るというもの。そこを超えたものは返品・廃棄となるため、年間1235億円のロスが発生(筆者作成)

―全国のリンゴ農家さんの中で、森山さんみたいにデータを取ったり労働時間の分析をやったりしている人はいないんじゃないですか。

森山:どうでしょうね。いないかもしれませんね。大学や研究機関がやるべきことを自らやっているわけです。必要だからです。100年続いた農場を続けていくために、必要なデータが知りたいと。それがないと、どう変わったらいいか分からないし、何が何でも知りたいと思ったから、ああやって(木の)1本1本に番号付けてデータを取って、みんなにスマートフォンを持たせてやっているわけですよ。

アプリ「Ad@m(アダム)」で1本1本の木に番号をつけてデータ管理している(筆者撮影)
アプリ「Ad@m(アダム)」で1本1本の木に番号をつけてデータ管理している(筆者撮影)

―見える化すると、数字で立ち位置が分かりますものね。

森山:産業別の労働生産性、1時間当たりの成果が載っていましたね。その結果、驚くほどうちで調べたデータと一致していて。

―何かサイトですか?

森山:ええ。後で見ますか?

―1時間当たりの労働生産性。

森山:ええ。産業別で出ているんですよ(主要産業の労働生産性水準。内閣府「国民経済計算」をもとに日本生産性本部作成)。不動産業が一番、ダントツにいいんですよね。

―見るからによさそうですね。

主要産業の労働生産性水準。内閣府「国民経済計算」をもとに日本生産性本部作成(日本生産性本部公式サイトより)
主要産業の労働生産性水準。内閣府「国民経済計算」をもとに日本生産性本部作成(日本生産性本部公式サイトより)

森山:こっち(青森)の人が最低賃金レベルで1時間1,000円稼ぐのだって大変なのに、東京だったら1時間1,000円稼ぐなんて、人手なくたってできちゃうわけですよね。格差がすごくて、どうにかしたいなと。

―ポテンシャルはありそうですけれども。

森山:これです。主要産業の労働生産性と。不動産業が・・・。

―ダントツ。

森山:ダントツなんです。3万円。農林水産業は1,420円。ここから人件費を払うんですよ。最低賃金800円とすれば、620円しか残らない。そこから農薬費払って、電気代や。どう考えたって赤字なんです。

―赤になっちゃいますね。出典は内閣府のなんとかと書いてありましたね。

森山:そうなんです。国がこれを調べたんですよ。農林水産業を残すためには、一般企業並みにしてやらないと駄目だと思うんです。5,600円とか。1人当たり月150万ぐらい稼いでくれないと50万ぐらいの給料は払えないねと。

―だいたい(雇用者一人当たり)3倍ぐらい(のコスト)ですよね。

森山:そうなんですよ。1時間当たりに換算すると月176時間。150万を176時間で割ると1時間当たり8,522円なんです。かなりなハードルなんですけれども。

―でも、できそうな。

森山:労働生産性を上げれば、2人でやっていたことを1人でできるようになり、失業率が増える問題もあるんです。ただ、今、人がどんどん減っている。労働生産性を上げて少人数でやる考えでも全然問題ないと思うんです。

―じゃあ、目指すはそれですね。1時間8,522円。

森山:不可能ではないんです。ちょっと時間がかかるかな。できますよ。できると思っています。1年で3,000ぐらいになったんです。

―1年で3,000円か。

森山:理論上です。売り上げが追い付いていないので、1年で全部売り切ったときにそうなるよという計算上の労働生産性にはなったんです。2017年で3,000円以上を目指してやってみたら、本当になっちゃった。

―この短期間に、かなり目覚ましいですよね。

森山:まだまだ取り返すには至っていないんですけれども。

―先駆的、農家でそういう考え方を持っている方も限られると思うので、伸びしろが大きい感じがします。

森山:ものづくりがちゃんと報われるようにしたいと思っています。労働生産性のグラフを見ると、どう見ても、ものづくりをしている人たちが一番苦しいんです。ところが、不動産業だったり、電気・ガス・水道とか、情報通信産業と金融、ソフトウエアとか(は稼いでいる)・・・。これをひっくり返したいんです。

もりやま園の森山聡彦(としひこ)さん(筆者撮影)
もりやま園の森山聡彦(としひこ)さん(筆者撮影)

私は夢があって。ここをシリコンバレーみたいなところにしちゃえば、休んでいる農地だって価値を持つわけで。そのぐらいの野心を持って農林水産業を成長産業に変えてやったらいいんじゃないのと思うんです。これを伸ばすしか、日本を残す手立てはないと思っているので、何が何でも変えないと。一次産業を失い、二次産業を失い、三次産業だけで日本はどうやって成り立つんですか。青森県や秋田県が廃墟と化し、東京だけ残りました。どうやって日本が成り立つんですか?となるわけです。成り立たないんですよ。一次産業があっての二次産業だし、二次産業があって三次産業があるわけで。

―東京は(地方から)搾取しているわけですからね。

森山:これをひっくり返さないと、日本はこれ以上伸びないし、どんどん駄目な方向に行っちゃうと思っています。農林水産業は突っ込みどころがいくらでもあるので。「できない、できない」と農家自身が自分でブレーキを踏んでいるだけです。できるんです。できるという前例がないからです。前例を作って、ちゃんと伸ばして、大企業になっちゃえばいいんです。そうすれば、真似する人も出てくるし。最初の前例になりたいなと思ってやっています。捨てることに時間を費やすんじゃなくて、ちゃんとものづくりに着地する。労働生産性を今の2倍、3倍に上げてやる。その仕組みを他の農家に普及させる。そういうビジネスをどんどんやっていきたいと。それが、もりやま園の役目だと思っています。

農業ベンチャーをやるからには、上場できる仕組みで一般企業並みに成長できて、トヨタみたいな、地域で社会貢献するような仕組みになるべきだと思っているので、別会社「ノア」をつくったんです。

―「ノア」って、どんなふうに書くんですか。

森山:ノアはカタカナでノアで、ノアの箱舟です。未来に残したい人とか、ものとか、仕組みをノアの箱舟に突っ込んで生き残りたいと。未来に残したいという思いでノアをつくったんです。ちょうどこの工場もノアの箱舟みたいに。

―形が?

森山:うん、箱舟みたいになっちゃっている。デザインされていますけれども、たまたまです。

―後で外から見てみよう。ありがとうございました。

もりやま園のシードル工場(筆者撮影)
もりやま園のシードル工場(筆者撮影)

取材を終えて

森山さんは視野が広く、自社の益のみならず、社会全体に貢献することを考えて仕事している方だと感じた。もりやま園のテキカカシードルと、フランス産の青リンゴ100%シードルと飲み比べてみた。もりやま園のテキカカシードルは、甘みを抑えてあり、シードルに使われているリンゴそのものの味(おそらく含有量の多いポリフェノールの苦味)を料理と楽しむことができた。農業の生産過程で発生する物質を捨てずに活かす発想は、オランダの農業を彷彿させた。工場で働いていらっしゃる従業員の方は、元バーテンダーや、現役の理科教員とのこと。先入観にとらわれない経営で、日本の農業を変革すべく、これからもさまざまな改革にチャレンジし続けて欲しい。

取材日:2019年1月10日

もりやま園の開発した「Ad@m(アダム)」や農園、製品作りの様子は動画として公開されている。

参考資料:『現代農業』2018年8月号(農山漁村文化協会)

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食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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