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マスクの有効性と5類移行後も着けてほしい3つの状況

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナの感染症法上の位置づけについて、5月8日から季節性インフルエンザと同じ「5類」へと引き下げられます。

これにより、国民それぞれの判断に基づく行動が尊重されるようになり、行政からの介入や要請が最小限に抑えられるようになります。一般の方々にとって、とくに関心があるのが、日常生活におけるマスクの要否ではないでしょうか? 患者さんやご家族から質問されることも多いです。

そこで、改めてマスクの有効性について整理したうえで、「それぞれの判断が尊重される」という前提のもと、今後も着用していただきたい状況について考えてみたいと思います。

感染者が着けることで飛沫の拡散が防げる

マスクの効果について、従来より「感染している人が着用して、飛沫をまき散らすのを防ぐ」ことはできても、「感染していない人が着用して、飛沫を吸い込まないようにする」ことは限定的だと考えられてきました。なお、ここでいう「飛沫」とは、5μm以上の大きさで、感染者のくしゃみや咳で発生するウイルスを含む「しぶき」のことです。

このため、インフルエンザ対策では、感染者のマスク着用や咳エチケットが重視されてきました。流行シーズンになると、医療従事者は外来診療などでマスクを着用していましたが、あくまで感染リスクを幾ばくか減らすためであって、よっぽど発熱患者にマスクを着けていただく方が重要でした。

SNSなどで、マスクの効果を疑問視する発言を繰り返している医療従事者がいますが、感染者が着用することまで否定している人はいないと思います。ゲホゲホ咳をしている発熱患者の診察時に、マスクを着けるよう求めない医者はいません。さすがにね。ところが、一般の方のなかには、「マスクはすべて無意味」と読み違えている方がおられるようです。ここは理解を修正いただきたいところ。

エアロゾルや飛沫といった概念は便宜上のもの

コロナウィルスでは、多くが「エアロゾル」によって感染すると考えられています。エアロゾルとは、5μm未満と飛沫より小さく、会話や呼吸においてすら出ているものです。重力で沈降しながらも空気中をしばらく漂い、風下など離れた人にも感染させることがあります。よって、今回のコロナ対策においては、エアロゾル感染対策としての換気やソーシャルディスタンスなどが追加されました。

ここで大切なことは、インフルエンザは飛沫感染で、コロナはエアロゾル感染といった単純な整理をしないこと。どちらも程度の問題であって、インフルエンザだってエアロゾル感染しますし、コロナだって飛沫感染をします。感染者から発生する呼吸器分泌液を含む粒子には、0.1〜1000μmにわたる多様な大きさがあり、エアロゾルや飛沫といった概念は便宜上のものにすぎません。いずれも、多寡はあれどウイルスが含まれています。

コロナはエアロゾルでも飛沫でも感染する

細かいことを言うと、咽頭に付着しても感染しにくく、肺の奥深くに入り込んで感染する微生物はいます。代表的なものは結核菌ですね。なので、結核では飛沫感染対策はほとんど無効で、厳格な空気感染対策が求められます。

鳥インフルエンザも咽頭は苦手なようで、飛沫感染も起こしえますが、肺の奥まで入り込むエアロゾルの高濃度暴露が必要です(死亡した鳥の羽をむしってさばくなど)。このため、ヒトからヒトへの感染は起こりにくい代わりに、発症してしまうと高い確率でウイルス性肺炎を起こします。

一方、季節性インフルエンザになると、咽頭など上気道に容易に感染することができます。このため、比較的大きな(つまりウイルス量の多い)飛沫を吸い込むことで効果的に感染し、そこで増殖しながら(くしゃみや咳などを介して)周囲に感染を拡げていきます。

今回のコロナウイルスは、肺の奥にエアロゾルが入り込んで感染するため、ウイルス性肺炎を引き起こすことも稀ではありませんでした。ただし、上気道粘膜に飛沫が付着することでも容易に感染し、咽頭炎を引き起こしてます。エアロゾルから飛沫までの幅広い対策が求められ、実にやっかいな感染症なのです。

マスクはエアロゾル感染のリスクも減らす

インフルエンザ対策におけるマスクの有用性を認めていても、「コロナはエアロゾル感染なんだし、マスクしたって意味ないよね」と考えている人がいます。しかし、これは2つの理由で間違っています。

まず、コロナは飛沫によっても感染するため、感染者にマスクを着けていただくことで予防しなければなりません。微量のウイルスしか含まないエアロゾルよりも、ウイルス量の多い飛沫を吸い込む方が感染リスクは大きいため、医療現場では患者さんにマスク着用をお願いしています。当たり前の対応です。

加えて、マスクはエアロゾル排出量も減らします。インフルエンザと季節性コロナの感染者が排出するエアロゾル中のウイルス量を測定した研究では、感染者がサージカルマスクを着用することにより、未着用に比して大幅にウイルス量が減少することが確認されています(Nat Med. 2020 May; 26(5): 676–680. )。

つまり、感染者がマスクを着用することは、周囲への飛沫感染予防になるだけでなく、エアロゾル感染予防にも貢献しているのです。ここまでは、あーだこーだ言っても仕方がないぐらい、紛れもない科学的事実です。

ユニバーサル・マスキングで社会を守ってきた

コロナ対策におけるマスクの意義を理解するうえで、もうひとつ重要なことがあります。それは、コロナでは、無症状もしくは自覚症状の軽微な感染者から感染が広まりやすく(JAMA Netw Open. 2021;4(1):e2035057)、約半分に相当する感染が発症前の潜伏期間に起きていると考えられることです(Int J Infect Dis. 2020;93:284-286)。

このため、症状のある感染者へのマスク着用が推奨されてきたインフルエンザ対策とは異なり、症状の有無によらず外出時のマスク着用が推奨されたり、一部の国では義務化されたりするようになりました。これをユニバーサル・マスキング(無症状者も含めた公共でのマスク着用)と呼びます。

感染しないためにマスクを着ける効果はあまり期待できません。すでに自分が感染していて、ウイルスを排出している可能性が否定できないため、マスクを着けることで周囲への感染リスクを減らしているのです。前述のように、咳やくしゃみなどの症状がなくとも、マスクを着用することでエアロゾルの排出量も減らすことができるからです。

このユニバーサル・マスキングについて、論文21編を系統的にレビューした研究によると、コミュニティ全体でマスク着用を推奨したところ、新規感染者数、入院患者数、死亡者数のすべてが減少することが示唆されています(EClinicalMedicine. 2021;38:101024.)。

実際、コロナの拡散を抑えながら、被害を最小限に抑え込んできたのは、日本、韓国、台湾、香港、シンガポールなど、ユニバーサル・マスキングを導入してきた地域でした。外出禁止などロックダウンを実施しなかったにも関わらず、私たちはマスク着用によって社会を回すことができていました。

これからもマスクを着けてほしい3つの状況

まあ、ブレないことだと思います。マスクは万能ではありませんが、効果的な社会への処方箋のひとつだったはず。ただ、これをいつまで続けるのか? 有効だからと言って、ずっと社会にユニバーサル・マスキングを求め続けるのか? それは違うと私も思います。

基本的には個人の判断で良いでしょう。着けたくないなら、着けなくていいですし、着けてない人にとやかく言うのはやめましょう。逆もしかりで、着けている人にとやかく言うのもやめてください。よほどの人混みでない限り、屋外でマスクを着ける必要はありませんが、花粉症などで着けたい人はいるはずです。

ただし、以下の3つの状況においては、引き続きマスクの着用をお願いしたいと思います。

まず、症状があるとき。コロナかどうかの診断によらず、発熱や咳などの症状を認めるとき、できるだけ自宅で療養いただきたいのですが、やむを得ず外出するのであれば、マスクは必ず着けるようにしてください。加えて、換気の悪い場所や人混みを避けていただくことも大切です。

次に、医療機関や高齢者施設を訪れるとき。ハイリスク者が集まる場所では、集団感染が起こりやすく、また重症化する人も増えます。あなたにとって、ただの風邪であっても、持病のある人や高齢者にとっては、いのち取りになりかねません。マスク着用は個人の判断とはいえ、それぞれの事業者がとっている対策には従ってください。

最後に、コロナが感染拡大しているとき、公共の場(屋内)において「マスクを着けておこう」と考えていただけると、ひっ迫しがちな医療現場の者としては助かります。とくに高齢者や乳幼児、あるいは妊婦が近くにいるときは、そのときだけでも配慮してマスクを着けてください。公共交通機関で乗り合わせることもあり、相手も距離をとることが難しかったりするので、どうぞ宜しくお願いします。

<追記 2023年5月5日>

最後の段落にある「公共の場(屋内)」とは、どのような場所を指していますか? とのご質問をいくつかいただきました。ありがとうございます。たしかに分かりにくいと思いましたので、ここに追記させていただきます。

定義はありませんが、私自身は「不特定の人々が利用可能で、公共に開放されている場所」として使っています。たとえば、同じ店舗であっても、誰でも入店できようになっていれば「公共の場所」ですが、貸し切りであれば「公共の場所」とは言えないでしょう。

会社や学校、学童クラブ、会員制のスポーツジムなど、不特定の人が出入りしなければ、必ずしもマスク着用が推奨されることはありません。団体ごとに話し合って決めていただければと思います。高齢者が多く働いている事業者、病院実習のある看護学校などで、流行期にはユニバーサルに着用するという考え方はあると思います。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミックに対応する医療体制の構築に取り組んだほか、少子高齢社会に対応する地域医療構想の策定支援などに従事してきた。臨床では、感染症を一応の専門としており、地域では、在宅医として地域包括ケアの連携推進にも取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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