映画「ケイコ 目を澄ませて」異例の大ヒット! 口コミで評判が広がり上映館が続々拡大
「ケイコ 目を澄ませて」が異例の大ヒット
三宅唱監督、岸井ゆきの主演の映画「ケイコ 目を澄ませて」が異例の大ヒットとなっている。12月16日に超大作「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」と同日公開されたが、filmarks調査の初日満足度ランキングで「アバター」を抑えて第1位にランキングされた。
https://filmaga.filmarks.com/articles/210936/
テアトル新宿では公開後も平日昼も含めてほぼ満席状態が続き、「こんなにたくさんのお客さんが来たのは久しぶり」と嬉しい悲鳴があがっている。有楽町や渋谷など他の上映館でもヒットしており、1月以降の上映館がどんどん拡大している。
テアトル新宿発の大ヒットといえば「この世界の片隅に」が有名だが、果たしてそのレベルの大ヒットになるのかどうか。こんなふうに口コミで評判が広がり大ヒットという事例は、この社会の文化や芸術への感受性が衰えていないことを示していて、大変心強い。
この映画の作品の強さは、何と言っても三宅監督の表現力にあるが、主役の岸井ゆきのさんのこの映画にかけた熱量の大きさもヒットの一要因だろう。12月6日の特別上映会のトークでゲスト登壇した元ボクサーでもある南海キャンディーズの静ちゃんは、映画を観た感想として「岸井さんの目がボクサーの目になっていた」と語っていた。岸井さんも「ケイコは私だし、私がケイコだと、ケイコの目線で物を見ていました」と語り、役にのめりこんでいった体験を語った。
映画批評家がこぞって激賞
公開初日から多くの客が入ったのは、もちろん前評判の高さによるものだ。何しろプロの映画批評家がこぞって激賞。「今年のナンバー1映画」と評する人も少なくなかった。
例えば『ユリイカ』12月号で三宅監督と対談した蓮實重彦さんは、こう語っている。
「パッとロングショットの画面になり、向こうに電車が見えるかと思うと、手前にも電車が走る。プロデューサーならそれはやめろと言うのではないかと思うような複雑極まりないショットを撮られている。あそこに感動してまして、やった!やった!と。誰がやったんだか知りませんけれども(笑)、私はそう叫んでいた、自分でも知らないうちに…」
また『サンデー毎日』12月18・25日号の映画評「Weekly Cinema」で平辻哲也さんは「本年1の傑作が登場した」と評して、こう書いている。「岸井がすごい。演技がうまいことは知っていたし、ボクサー役だから肉体改造もしてきたのも伝わってくるが、最もすごいのは顔つきだ。かわいらしさは封印し、ファイターとしての顔つきを見せる。岸井はこんな表情も持っていたのかと、驚かされた」。そして文末はこうだ。「これを見ずして、今年の映画界は語れない」
映画公開日の12月16日の日本経済新聞夕刊の映画評「シネマ万華鏡」で映画評論家の中条省平さんはこう書いている。
「本年掉尾を飾る傑作である。私にとっては、今年の日本映画ベストワンだ」「一見、障碍者とスポ根という題材の取り合わせに見えて、その両方の要素を入れつつも、ごく普通の人間のドラマとして、単純、正確、潔く描いている点が素晴らしい。その意味で、私たちにも生きる勇気を与える稀有の率直さにあふれている」
こういう映画評が次々と出てくるから、公開初日からお客がドッと押し掛けたのも当然だろう。最初に劇場を訪れたのは映画好きのファンたちだったろうが、そこから口コミで評判が広がり、さらに多くの客が訪れるようになっている。
原案に描かれた女性プロボクサー
この映画の原案は私が編集した創出版刊『負けないで!』で、聴覚障害でありながら正式にプロボクサーになった小笠原恵子さんの自伝だ。映画はこの本の第8章をもとにしたもので、多くの若い人たちが抱える将来への不安や葛藤を、三宅監督が独特の映像表現で劇映画にしたものだ。その前の第7章までは、小笠原さんが聴覚障害で小中学校に通う過程でいじめにあったり、不登校になったりした辛かった時代の話が書かれているのだが、彼女は一念発起してボクシングの世界に飛び込む。耳が聞こえない女性がプロボクサーなんて無理に決まっているだろうと言われながら、いや逆に、どうせだめだと言われたからこそ、そこに挑んでいく。
そして念願のプロボクサーになったけれど、それでもなおこの先いつまでプロボクサーを続けるのか思い悩む。その部分に三宅監督は目を向けて、普遍的なテーマとしてとりあげたものだ。映画の中で母親に「いつまでボクシングを続けるの?」と言われるシーンが印象的だ。
私はこの映画の制作が始まった3年前から、三宅監督と小笠原さんが出会う機会を段取りしたり、撮影現場にも小笠原さんと足を運んだりしてきた。途中コロナ禍もあって3年もの歳月を費やした作品がこんなふうに公開され評価されるのが感慨深い。小笠原さんとは取材で知り合って10年以上のつきあいになる。
プロボクサーになって当初勝ち続けた小笠原さんは2011年の後楽園での試合で大敗を喫するのだが、その時の楽屋での落ち込んだ彼女の表情は脳裏に焼き付いている。その後、再び彼女は試合に出て勝利を収めるのだが、ボクシングをいつまで続けるのか思い悩む日々だった。そのあたりの主人公の葛藤を、映画の中で、三宅監督はオリジナル脚本で極めてビビッドに表現している。
この映画は三宅監督と岸井さんのもので、大ヒットしたのはお二人の力によるものであるのは明らかだが、もし映画を観て興味を抱いた人がいたらぜひ原案の本も読んでほしいと思う。いろいろなことを考えさせられる自伝だ。
「聴者の僕にできることは…」と三宅監督
2022年は、聴覚障害をテーマに据えた映画やドラマが話題になった。映画『Codaコーダ あいのうた』はアカデミー賞を受賞したし、日本映画でも『私だけ聴こえる』というドキュメンタリー映画が公開された。また大ヒットしたフジテレビ系のドラマ『silent』も聴覚障害を素材にしたものだ。
前2作の映画を観て認識を新たにしたのは、聴覚障害とされる人たちにも実は手話を通じて豊かなコミュニケーションが成り立っているということだ。それを不自由な人たちという目でしか見てこなかった聴者の側に、それはある意味、ショックを与え、多くの人に考えるきっかけを作ったと言える。
三宅監督は月刊『創』(つくる)12月号のインタビューでこう語っていた。
「聴者の僕にできることは、自分や周囲の多くが聴者であることを何度も自覚すること、そうではない人がいることを意識し続けること、そんな点から一つずつ進める必要があると思っています」
三宅監督もこの映画制作を通じて、耳の聞こえない人たちのことやボクシングに触れて、いろいろなことを考えたというわけだ。
ちなみに『創』12月号の三宅監督インタビューを含む記事は、テアトル新宿の入り口にバーンと貼りだされている。最初に訪れてそれを目にした時は、我ながら、おーこれはすごいと思った。
映画のパンフレットもテアトル新宿ではあっという間に完売になり、何度も追加をしているようだ。『負けないで!』も23日、私が直接映画館に追加を運んだ。他の上映中の映画館でも、その本は販売していただいているのでぜひ手に取って読んでほしい。
小笠原さんは、今はプロボクサーを引退しているのだが、自分でボクシング教室などを主宰している。ユニークなのはボクシングや格闘技だけでなく、そこで手話も覚えるという場であることだ。
テアトル新宿などで次々とイベント
今回の映画は上映方法についても、バリアフリー上映を実施しているし、音声の使い方などにも三宅監督の想いが込められている。大ヒットを受けてテアトル新宿では、24日の三宅監督作品オールナイト上映を始め、三宅監督や岸井さんが舞台トークを行う機会を次々と設けるなどしている。映画もぜひ観てほしいし、監督や岸井さんの肉声もぜひ聞いてほしい。
岸井さんは最初の関係者を集めた試写会で初めて小笠原さんと会って、ふたりで泣いてしまったと舞台トークで語っていた。岸井さんにとっても、それだけ思い入れが強い映画で、自分が演じたケイコのモデルと会った時に、いろいろな思いが噴出したのだろう。
最後に、映画の公式サイトとテアトル新宿のサイトを紹介しておこう。
https://happinet-phantom.com/keiko-movie/
https://ttcg.jp/theatre_shinjuku/movie
[追補]
この記事を書いた後、堀内圭三さんがユーチューブ配信「ほっこりカフェ」でこの映画と原案の本を紹介している動画を観た。その堀内さんの解説がすばらしいので興味ある方は観てほしいと思い、下記にurlを張っておこう。