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「クレイジー・リッチ!」中国での惨敗はわかっていたこと

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
左からヘンリー・ゴールディング、コンスタンス・ウー、ケビン・クワン(写真:ロイター/アフロ)

 この夏、ハリウッドで最も話題を呼んだ映画は、世界第2の市場からそっぽを向かれた。

 アジア系作家によるベストセラー小説をアジア系キャストとアジア系監督で映画化した「クレイジー・リッチ!」は、今年8月に北米公開され、3,000万ドルの製作予算に対し、1億7,300万ドルを売り上げる大ヒットを記録。続編へのゴーサインもすぐに出て、今作で俳優デビューしたニック役のヘンリー・ゴールディングは、早くもオファーが次々押し寄せる売れっ子になった。

 しかし、先週末、中国でついにデビューすると、見事に惨敗。オープニング成績は110万ドルで、ランキングは8位。評判も良くないらしく、この調子ではあっという間に劇場から消えてしまいそうだ。

 アメリカの一般観客にしてみたら驚きかもしれないが、これは、十分予想できたこと。なぜなら、今作がアメリカで大ヒットした理由が、中国では、まるで当てはまらないのである。

とくに見る理由がない外国映画にすぎない

 今作がアメリカで成功したのには、(1)原作が非常に売れていたこと、(2)アメリカに住むアジア系にとって、自分たちが映画で描かれるのは珍しいことで、こぞって見に行ったこと、(3)メジャースタジオが、大きく儲けられるスーパーヒーロー映画などに重点を置き、同じ規模では儲からないロマンチックコメディが作られなくなる中、潜在していたニーズを突いたこと、(4)昔からよくあるタイプのストーリーながら、登場人物をごっそりアジア系にし、舞台をシンガポールに持っていったことで、アジア系以外の観客にはとりわけ新しいものに見えたこと、などが挙げられる。

 さらに、この映画は、業界関係者の間で応援されていた。ハリウッドの白人偏重への批判が強まる今、黒人よりもさらにスクリーンに出してもらえないできたアジア系が全キャストを占めるこの映画には、頑張ってもらいたかったのである。だから、いざヒットすると、「ほらね、アジア系の映画でも、アジア人以外の観客が見にきてくれるんだ」という安心と希望、また「こういう映画を作り、ヒットさせるんだから、ハリウッドは進歩しているぞ」という自画自賛も混じって、祝福ムードが起こったのだ。

「クレイジー・リッチ!」は、北米で3週連続首位をキープ。この夏、最大のサプライズヒットとなった(写真/Warner Brothers)
「クレイジー・リッチ!」は、北米で3週連続首位をキープ。この夏、最大のサプライズヒットとなった(写真/Warner Brothers)

 しかし、中国では、どの事情も当てはまらない。シンガポール系アメリカ人のケビン・クワンが英語で書いた原作は知られていないし、出てくるのは自分たちのように中国に生まれ、中国で生活する人ではなく、シンガポールに住む極端に裕福な人々。また、中国は映画製作に熱心な国で、彼らが作るのは、ハリウッドのようなCGを使ったアクション映画ではなく、主に人間ドラマだ。つまり、自分たちのように見える人たちが出る恋愛や家族の物語は、普段からスクリーンでたっぷり見ているのである。それをわざわざハリウッドがやってくれても、さしてありがたくもない。

 また、全アジア人キャストとは言っても、主人公レイチェルを演じるコンスタンス・ウーは台湾系アメリカ人、恋人役のゴールディングはシンガポール人だ。中国の大人気スターがハリウッドの大作に重要な役で出るというならニュース性はあるが、それでもなかった。ハリウッドにおいてこの映画がどんな意義をもっていたのかなどもちろんどうでもいい話で、中国の観客にとっては、とくに見たい理由もない外国映画のひとつでしかなかったのである。

中国が舞台の2作目で挽回なるか

 だが、次は違うかもしれない。この後、作られることが決まっている2作目の舞台は、中国なのだ。ジョン・M・チュウ監督は、早くも、この続編は実際に上海でロケし、中国で活躍する俳優を出したいと語っている。それは決して、中国市場に媚を売るためではない。3冊ある原作小説の2冊目は、タイトルからして「China Rich Girlfriend」。会ったことのない父を探すため、レイチェルが中国に行くというストーリーなのだ。

 中国が舞台で中国人が出る映画を中国で撮影するとあれば、中国での関心も、当然、高まるだろう。そして、そこまでには、良くも悪くも時間がある。ヒット作の続編は熱いうちに作ってしまうほうがいいし、ウーは若く見えても実は36歳なので、一刻も早く撮影に入りたいところだが、チュウ監督は次にブロードウェイミュージカルを映画化する「In the Heights」が決まっているのだ。さらに、フィリピン人歌手アーネル・ピネダの伝記映画を監督することも発表されたばかりである。彼が続編の監督をあきらめ、別の人にやってもらうことにしたとしても、まだ脚本が完成していない。

 一方で、減速したとは言え、中国市場の成長は続いている。続編がいつ完成するにしろ、その頃には、北米を抜いて世界最大の映画市場になっている可能性は大だ。もちろん、ほかの条件も揃わなければならないが、そんな状況のもとで公開されれば、次は世界の1位と2位の市場、両方で首位デビューを果たすことも、ありえなくはない。それはすなわち、世界規模での大ヒットということ。本当の意味での新時代の到来だ。将来的に、今回の中国での失敗は、小さなこぼれ話のひとつになるのかもしれない。「クレイジー・リッチ!」のレガシーは、まだ終わっていないのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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