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熱中症放置 教員個人が賠償金支払い 部活動指導の事故 異例の重過失認定へ

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
イメージ写真(ペイレスイメージズ/アフロ)

■画期的な判決 大分地裁

大分県立の高校で2009年に起きた熱中症死亡事案において、ついに教員個人の賠償責任が認められることになった。学校事故の裁判において、教員個人が賠償責任を負うという判断が下されるのは、きわめて異例である。

2009年8月のこと、大分県立の高校において剣道部の練習中に、主将の工藤剣太さん(当時2年生)が熱中症により倒れ、帰らぬ人となった。

剣太さんは練習時に意識がもうろうとする様子が確認されているにもかかわらず、顧問はそれを「演技じゃろうが」と言って救護することもなく、さらには剣太さんの横腹を蹴ったり、倒れた後も剣太さんの上にまたがり往復で平手打ちを続けたりした(以上は、裁判所が認めた事実)。私が知る限り、教員から生徒へのハラスメント・暴行事案のなかでは、もっとも凄惨な部類に入るものである。

これほどまでに凄惨な出来事であるにもかかわらず、後述するように、本事案は形式的には「教育」活動中の事故ということで、顧問教員の個人責任が認められてこなかった。その意味で、今回の大分地裁の判決は、じつに画期的な判決である

■賠償金は国または自治体が肩代わり

剣太さんが実際に使用していた防具(提供:工藤さん夫妻)
剣太さんが実際に使用していた防具(提供:工藤さん夫妻)

剣太さんが亡くなってから約7年半。それにしても、長い闘いであった。

じつは、原告である工藤さん夫妻はすでに、一つの民事裁判を闘い終えている。2013年3月に大分地裁において、県などに約4600万円の支払いが命じられているのだ。勝訴は、早い段階で勝ち取っている。

だが、夫妻には大きな不満が残った。それは、県の賠償責任は認められても、教員個人の賠償責任が認められなかったからだ。そこで夫妻は、教員個人の責任を問うために、高裁さらには最高裁まで闘いを続けた。それでも、教員個人の責任は認められなかった。

その理由は、「国家賠償法」にある。同法1条は、公務員がその職務を遂行する際に、過失によって他人が損害を受けたときには、国や自治体がその賠償責任を負うと規定している。

つまり、公立校の教員が学校の教育活動に従事していて、そこで死亡事故が起きても、それが教育活動である限りは、国や自治体が賠償金を肩代わりしてくれるのである。

■「重過失」という着眼点 自治体から顧問教員に賠償金の請求

事故の概要が記載された資料「もう頑張らなくていいよ。」(工藤さん夫妻が作成)
事故の概要が記載された資料「もう頑張らなくていいよ。」(工藤さん夫妻が作成)

教員は、子どもが学校にいる間、長時間にわたって子どものさまざまな活動の面倒をみなければならない。ときには、厳しく指導しなければならないこともある。国家賠償法は、そうした職務に伴う不確実性から教員を守る役目をはたしている。

趣旨からすれば国家賠償法は十分な存在意義をもっている。だが、これが本事案のような凄惨な事案にまで適用されてしまっているのが、現状である。いわゆる「国家賠償法の壁」であり、これまで多くの遺族や被害者が、この壁に苦しめられてきた(壁はまだ一度も打ち破られていない)。

地元の大分合同新聞は、朝刊で判決を大きく扱っている(写真は同社のウェブサイト)
地元の大分合同新聞は、朝刊で判決を大きく扱っている(写真は同社のウェブサイト)

ただし、同法1条2項には、「公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」ことが明記されている。つまり、教員に重大な過失がある場合には、国や自治体は肩代わりした賠償金を教員個人に請求できるのだ。

工藤さん夫妻は、新たに住民訴訟というかたちで、大分県が顧問教員に対して求償権の行使を怠っていると訴えた。それが認められたのが、今回の大分地裁の判決である。大分地裁は、県は当の教員に賠償金100万円の支払いを請求すべきと判断したのである。

原告の代理人弁護士によると「学校事故における過失の程度を争った訴訟で、公務員の重過失を認めた判決は全国でも初めてとみられる」とのことである(12/23 大分合同新聞)。

■「現場が萎縮してしまう」?!

イメージ写真(提供:写真素材 足成)
イメージ写真(提供:写真素材 足成)

ところで、こういった判決が下されるたびに、「これでは学校現場が萎縮してしまう」という声がわき起こる。

なるほど、教育あるいは指導においては、ときに子どもたちに対して厳しさが必要なこともある。それがうまくいかずに、何らかの重大な事態に至ってしまったときに、教員個人が賠償金を支払うことになる。こうなると、教員の教育活動に支障が生じるという意見だ。

本事案を前提にしたうえで率直に言うならば、むしろ現場は、「萎縮しなければならない」と考えるべきであろう。熱中症の症状があらわれても救護もせずに練習を続けさせて、さらには暴行まで加えるような事態は、もはや擁護されるべき範疇を超えている。

そして教員側の問題とは別に気がかりなのは、「実態として国や公共団体は求償権の行使に不熱心であり、公務員のモラル・ハザードが起きているのではないかと懸念される」(羽田 2016、 p. 65)ことだ。つまり、今回の大分県がそうであったように、自治体が求償権を行使する気がなければ、結局は、学校現場では危機意識が醸成されないままになる。

自治体が求償権の行使に消極的である限りは、「教育」や「指導」という名の下に、重大なハラスメントや暴行事案が通用してしまう。その意味では、今回の判決は教員の問題である以上に、学校現場を管轄する自治体に反省を迫るものである。

[参考文献]

羽田真、2016、「国家賠償法1条2項における『重過失』」『教育と研究:早稲田大学本庄高等学院研究紀要』34: 61-71.

※本論文では、剣太さんの事案をもとに、国家賠償法の問題点とその解決案について、バランスのとれた議論が展開されている。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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