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日米韓の制裁で、核20発と大陸間弾道ミサイルを手にした北朝鮮・金正恩の暴走は止められるか

木村正人在英国際ジャーナリスト
恐怖政治ぶりを見せつける北朝鮮の金正恩第1書記(朝鮮労働党創建70周年)(写真:ロイター/アフロ)

核実験や弾道ミサイル発射を強行した北朝鮮に対し、10日、日本政府は人・物・金の規制を拡大、韓国は北朝鮮の開城(ケソン)工業団地の稼働を全面的に中断しました。米上院も北朝鮮の制裁強化法案を全会一致で可決しました。

米国のオバマ政権は、核とミサイルを利用した北朝鮮の瀬戸際戦術に踊らされて援助を与えない「戦略的忍耐」政策をとり続けていますが、北朝鮮の核・ミサイル開発は進む一方です。

プルトニウム製造を再開

ロンドンにある有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)は先日、世界171カ国・地域の軍事力を分析した「ミリタリー・バランス2016」を発表しました。その中で、北朝鮮はウラン濃縮の能力を高め、すでに最大で20発の核兵器を保有、間もなく倍の40発に増やせるだろうという中国専門家の分析を紹介しています。

核兵器にはウラン型とプルトニウム型があります。衛星写真の分析から、北朝鮮は2015年前半、平壌の北約80キロメートルの寧辺核施設で原子炉を使ったプルトニウム製造を再開させたとみられています。脅威はそれだけではありません。

新型ミサイルで核弾頭を米国本土に

北朝鮮の軍事パレードで登場した新型ミサイル「KN-08」は輸送起立発射機(TEL)に搭載できる大陸間弾道ミサイルで、米国に到達可能とみられています。昨年の米国家情報長官「世界脅威評価」は「KN-08は未だ試験はなされていないものの、北朝鮮はこのミサイルシステムの配備に向けた初期段階の措置をすでにとった」と評価しています。

出典:防衛省HP
出典:防衛省HP

「ミリタリー・バランス2016」は「米政府高官は今ではKN-08を作戦準備完了とみている」と記しています。大陸間弾道ミサイル「テポドン2」が固定発射台から発射するのに対し、KN-08は移動式のため、いつどこから発射するのか事前に把握して攻撃するのが非常に難しいそうです。

ビル・ゴートニー米北方軍司令官は昨年4月、北朝鮮はKN-08に核弾頭を搭載して米国に到達させる能力を獲得したとの見方を示しています。さらに北朝鮮は同年12月に潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験を行うなど、核・ミサイル開発への野望をあからさまにしています。

北朝鮮は米ソニー・ピクチャーズエンタテインメントへのサイバー攻撃で明らかになったように、核・ミサイル開発と同様にサイバー部隊の強化にも力を注いでいます。

人民軍総参謀長を粛清

まだ恐ろしいニュースがあります。中央日報によると、北朝鮮の李永吉(イ・ヨンギル)人民軍総参謀長が最近、「分派分子および派閥勢力・不正」容疑で処刑されたと対北朝鮮消息筋が10日明かしたそうです。

13年12月に実質ナンバー2の張成沢(チャン・ソンテク)が粛清され、昨年4月には玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長が処刑されています。これまでに粛清された幹部は100人を超えるといわれ、疑心暗鬼に陥る金正恩第1書記の恐怖政治ぶりがさらに際立ってきました。李永吉は13年に総参謀長に抜てきされ、金正恩の信頼が厚かったとみられていただけに、衝撃が広がっています。

個人的な感情で行動

先のエントリー「北朝鮮『水爆実験』はガールズバンドが習近平に無視されたのが原因」でも報告したように、米国のクリントン、オバマ政権でイランと北朝鮮の核問題を担当した核セキュリティの世界的権威、ハーバード大学行政大学院のゲイリー・セイモア氏は金正恩について次のような見方を示しています。

「初の水爆実験」と発表された北朝鮮の4回目の核実験は、北朝鮮のAKB48と言われる超人気ガールズバンド「牡丹峰(モランボン)楽団」の北京公演を習近平国家主席ら中国最高指導部が無視したのが原因。金正恩の肝煎りで計画したモランボン楽団の公演を無視され、恥をかかされたと感じた金正恩が個人的な動機から中国に対するうっぷんを晴らすため核実験を強行した――。

セイモア氏は14年11月に起きたソニー・ピクチャーズエンタテインメントへのサイバー攻撃を例に挙げ、「金正恩はソニー・ピクチャーズエンタテインメントが作ったコメディー映画『ザ・インタビュー』で個人的に侮辱されたと感じ、激怒して北朝鮮のサイバー部隊にハッキングを命じています」と筆者に指摘しました。

「金正恩は個人的な感情が行動の動機になっています。ソニーへのサイバー攻撃と4回目の核実験のパターンは非常によく似ています」「4回目の核実験を強行したのは北朝鮮にとって間違いです。ソウルとの関係を悪化させ、北京と関係改善する機会を失い、米国に追加制裁のチャンスを与えました。これはまずい判断です」

北朝鮮の暴走を止めるカギは中国が最終的に握っています。しかし、中国の習主席の煮え切らない対応が北朝鮮の金正恩を増長させています。筆者主宰のつぶやいたろうラボ(旧つぶやいたろうジャーナリズム塾)4期生の笹山大志くんの中朝国境リポート。

対北朝鮮制裁 韓国も切り札を出したが

[笹山大志]北朝鮮が1月に核実験、今月7日に事実上の長距離弾道ミサイルを発射したことを受け、日本が独自の制裁措置を決めました。北朝鮮への送金の禁止や北朝鮮籍者の原則入国禁止などが柱です。また、韓国も北朝鮮南西部にある開城工業団地の操業を全面中断する措置をとりました。

開城工業団地は北朝鮮に融和的だった金大中大統領が00年の南北首脳会談で交流と協力を拡大させる目的で取り組んだ南北協力事業でした。これまで北朝鮮に総額590億円の現金が流れたと言われています。一方で、事業を通して韓国の経済にも大きな効果をもたらしていました。

同団地には安価な北朝鮮の労働力5万4702人を目当てに124社もの中小企業が入居しており、韓国経済の支えでもありました。そのため、10年の韓国哨戒艦沈没事件や1月の核実験など度重なる北朝鮮の挑発がありましたが、同団地の操業の全面中断に踏み込むことはありませんでした。

今回のミサイル発射を受け、洪容杓統一相は「国際社会が制裁強化を推進している状況で、中心的な当事国である韓国も主導的に参加する必要がある」と操業の全面中断という切り札を出す決断した理由を述べています。今後、日韓に続きアメリカも独自制裁措置をとるとみられていますが、これらの制裁が実際に北朝鮮を苦しめるかは大きな疑問が残ります。

現在、北朝鮮の貿易総額の9割(約6328億円)を占めているのが中国だと言われています。その中国は強い制裁には消極的です。安全保障上の問題や難民の大量流出など北朝鮮の体制基盤が揺らげば中国が不利を被るからです。実際、金正恩体制以降、中朝関係は悪化したと言われていますが、水面下では貿易が続けられていました。

中朝国境の固い結びつき

北朝鮮に運ばれる日本製テレビ(北京国際空港で笹山大志撮影)
北朝鮮に運ばれる日本製テレビ(北京国際空港で笹山大志撮影)

13年に北朝鮮を訪れた時、日本製のテレビが北京国際空港から北朝鮮へ持ち運ばれる様子を目の当たりにしました。そして平壌市内ではトヨタや日産などの日本車が走っています。宿泊した高麗ホテルのテレビはシャープ製で、トイレにもTOTOの文字がありました。日朝間の貿易は完全にストップしていますが、中国経由で多くの日本製品が北朝鮮に流入しているようです。

図們市を流れる豆満江。左が北朝鮮、右が中国(笹山大志撮影)
図們市を流れる豆満江。左が北朝鮮、右が中国(笹山大志撮影)

昨年夏に中国の朝鮮族自治州延辺も訪れましたが、中朝国境一帯では人の出入りが活発です。中朝のパイプ役だった張成沢氏が処刑されて以降、中朝関係は急速に悪化したと言われていましたが、中朝国境には平和な世界が広がっていました。図們市では遊覧船で北朝鮮にギリギリまで近づくことができました。若い軍人が豆満江の中洲へ出てきて、作業する様子も見られます。それらを見ようと多くの中国人観光客が集まり、観光地化しています。

図們市の豆満江中洲で作業する北朝鮮の人々(同)
図們市の豆満江中洲で作業する北朝鮮の人々(同)

また、地元の朝鮮族住民らによれば、中国の建設現場で労働に従事するため、豆満江を挟み対岸に位置する北朝鮮の南陽市から人々がバスや徒歩、自転車で往来していると言います。実際、中朝国境の町では多くの朝鮮族が高賃金を求め、韓国や日本へ出稼ぎに出ているため、深刻な労働力不足に陥っており北朝鮮労働者の確保は欠かせません。

他にも、延吉市では訪れた旅行会社3社とも中国人向けに北朝鮮ツアーを組んでいました。中には4500円で日帰り旅行ができるツアーもありました。また、市内には北朝鮮レストランもあり、平壌出身の若い女性たちがウエイトレスとして働いています。接客以外にも途中は踊ったり、歌ったりして、もてなしてくれます。

延吉市内の北朝鮮レストラン。韓国人観光客と北朝鮮のウエイトレス(同)
延吉市内の北朝鮮レストラン。韓国人観光客と北朝鮮のウエイトレス(同)

ちなみにウエイトレスたちと写真を撮るには別途、用意されているプリザーブドフラワーのような花束を買い、お気に入りのウエイトレスに渡します。安いもので1500円ほどです。平日にもかかわらず、レストランは韓国人のツアー客でいっぱいでした。

出典:グーグルマイマップで筆者作成
出典:グーグルマイマップで筆者作成

韓国貿易協会北京支部によれば、中国に入国した北朝鮮労働者が10年の約5万4千人から13年には約9万3千人と、年平均19.9%増加したそうです。北朝鮮にとって中国は貿易だけでなく、外貨稼ぎの格好の場所となっている一方、中国にとっても地域経済の発展に北朝鮮の存在は欠かせません。

中朝関係は表向きに外交関係は悪化しているとされながらも実際は経済的な側面からも蜜月関係にあります。北朝鮮へ強い制裁を課すことに中国にとってメリットがない以上、中国が強い制裁措置に加わることは現実的に考えられないでしょう。中国頼みでしか北朝鮮をコントロールできない日米韓の影響力の低さを痛感させられました。

(おわり)

笹山大志(ささやま・たいし)1994年生まれ。立命館大学政策科学部所属。北朝鮮問題や日韓ナショナリズムに関心がある。韓国延世大学語学堂に語学留学。日韓学生フォーラムに参加、日韓市民へのインタビューを学生ウェブメディア「Digital Free Press」で連載し、若者の視点で日韓関係を探っている。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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