アメリカ陸軍の中距離ミサイル「MRCタイフォン」「LRHWダークイーグル」が2026年ドイツ配備予定
7月10日、アメリカとドイツは「ドイツにおける長距離火力の配備に関する米独共同声明」を発表しました。ここでいう長距離火力とは地対地攻撃型の中距離ミサイルを指します。将来的にはドイツへの恒久的な配備を予定しており、その前段階として2026年から一時的な配備が開始される予定です。
- ドイツ配備予定はアメリカ陸軍の多領域任務部隊(MDTF)
- 通常長距離火力の通常(conventional)とは、非核型の通常弾頭ミサイル
- SM-6はここでは対空ミサイルではなく対地攻撃用に改造された弾道ミサイル
- トマホークは巡航ミサイルで発射機はSM-6と共用の「MRCタイフォン」
- 開発中の極超音速兵器は3000km級の射程を持つ「LRHWダークイーグル」
公式発表からは上記の5つの事柄が読み取れます。MRCタイフォン(SM-6とトマホーク)とLRHWダークイーグル(開発中の極超音速兵器)の記述はありませんが、アメリカ陸軍の多領域任務部隊(MDTF)の長距離火力(long-range fires)とある以上、具体的に述べたのとほぼ同じです。
また通常(conventional)とは非核型の通常弾頭ミサイルの意味であり、核ミサイルではないことに留意してください。これは中距離ミサイルですが通常弾頭であり、INF(中距離核戦力)ではありません。
MRCタイフォン(Typhon)
アメリカ陸軍の中距離能力(Mid-Range Capability、MRC)として新たに開発されたMRCタイフォンは海軍艦艇用の垂直ミサイル発射機であるMk41VLSをコンテナ化したMk70VLS(4連装)を車載化したシステムです。陸軍のMDTFはこれを対地攻撃兵器としてのみ使う予定でSM-6対地攻撃改造型とトマホーク巡航ミサイルを搭載する予定ですが、やろうと思えばMk41に入るミサイルならば何でも撃てます。
ただしMRCタイフォンは対地攻撃用のシステムしか用意されていないので、SM-6の本来の対空型を撃とうとする場合は、別の防空システムのレーダーと連接システムを用意する必要があります。
※既にLTAMDS防空レーダーとIBCS(統合防空ミサイル戦闘指揮システム)を用いてSM-6対空型を射撃するシミュレーション試験は実施済み。
RTX's Raytheon demonstrates SM-6 integration with LTAMDS and IBCS
しかし今回のアメリカの公式発表では陸軍の多領域任務部隊(MDTF)の長距離火力(long-range fires)とある以上、ここでいうSM-6は対空ミサイルではありません。対地攻撃改造型の準弾道ミサイルを指します。ただしSM-6対地攻撃型の詳細は未だに発表されておらず性能は不明で最大射程も判明していません。
トマホーク巡航ミサイルについては公称数値で最大射程1800km以上、推定数値では2500~3000kmは飛べると見られていますが、亜音速巡航ミサイルは敵防空網を掻い潜るために迂回飛行などを強いられるので、実用的な有効射程はこれより短くなります。
【MRCタイフォンの最近の関連】
LRHWダークイーグル(Dark Eagle)
今回の発表の「開発中の極超音速兵器」とはLRHWダークイーグルを指します。中距離弾道ミサイル相当の2段式ロケットに分離式の極超音速滑空弾頭を搭載した兵器ですが、LRHW(Long-Range Hypersonic Weapon、長距離極超音速兵器)という名称であるのは、アメリカ陸軍の所有する兵器ではこれが最長の射程(判明している数字でLRHWの射程は2775km以上)を有するものになるからです。
弾道ミサイルや極超音速兵器の利点は高速性です。短い時間で攻撃が可能になり、敵防空網を突破する能力も高くなります。しかし高速であることは燃費が悪くなることを意味しており、極超音速兵器のLRHWは推定重量7400kgにも達します。亜音速巡航ミサイルのトマホークが1500kg前後であるのと比べると5倍近く重く、高価になり、調達できる数は少なくなります。
【LRHWダークイーグルの最近の関連記事】
アメリカ陸軍の多領域任務部隊(MDTF)の主力兵器は中距離ミサイルのLRHWダークイーグルとMRCタイフォン(SM-6とトマホーク)、短距離ミサイルのPrSM(HIMARSから発射)で構成されます。その中でも最大の切り札がLRHWダークイーグルとなります。
モスクワからの距離と短中距離ミサイルの射程
なお筆者はロシア-ウクライナ戦争の開戦10日前に以下のような記事を書きました。これはロシアのガルージン大使(当時)が「もしウクライナがNATOの加盟国になるとすれば、例えばモスクワまでのミサイル到達時間が数分間まで短縮されてしまう。」とプロパガンダ宣伝戦を行っていたことに対して「ウクライナにミサイルを置く意味が無い、何故ならバルト三国からの距離とほとんど変わらない」と説明を行うものでした。
この当時はまだLRHWもMRCも欧州に配備する計画はありませんでしたが、もしも欧州に前進配備するならばドイツで十分だろうと予想していました。これ以上の前進配備は必要が無く、ましてやウクライナに配備する必要などはありません。