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2020年のJリーグ開幕、イニエスタが見せるサッカーの境地とは

小宮良之スポーツライター・小説家
2020年2月、ゼロックススーパーカップで優勝したイニエスタ(写真:田村翔/アフロスポーツ)

 2020年、Jリーグシーズン”前哨戦”となるゼロックススーパーカップは、3-3の打ち合いからPK戦までもつれ込み、大激戦となった。PK戦で勝利したのは天皇杯王者であるヴィッセル神戸だったが、リーグ王者である横浜F・マリノスも、存分に持ち味を出した。それぞれ攻撃の形を持ったチームだけに、感服の”サッカー絵巻”だった。

 その主役を選ぶとするなら、元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタ(35歳、ヴィッセル神戸)だろう。

 横浜の選手たちは全力でボールを奪いに来るが、イニエスタは軽くいなし、振り切り、失わない。こまめにポジションを変え、もしくは体勢を変え、実はその圧力を全身で受けないようにしていた。そうかと思うと、あえて人を多く自分に集中させ、味方をフリーにし、パスをはじく。変幻自在だった。

 先制点のシーンは神業的。ボールを前に運び、二人目、三人目を引き寄せたところ、味方が裏に走り出すテンポを作る。ディフェンスの間を、少しだけ浮かせたパスを通した。これをドウグラスが左足で蹴り込んだのだが、イニエスタが一瞬にして守りを無力化していたのだ。

 2020年、イニエスタの姿を日本で拝めるのは至福である。

漫画のキャラクター

<目路がひらける>

 ピッチに立つイニエスタは、その境地に入れる。視界が広く、深い。どこに攻めるべきスペースがあって、どうやってそれを作り出すことができるのか。その手立てがビジョンとなる。

 相手の弱い部分も見透かせるし、相手の動きがゆっくりとして見える。”未来視”によって、次に取るべき適切な行動を読み取れる。たとえ敵に対応されたとしても、その逆を取れる。神のように俯瞰したビジョンですべてを見渡し、最高の選択ができる。

 まるで、漫画のキャラクターのようだ。

 温厚に見えるが、勝負に対してはとことん厳しい。

「アンドレス(イニエスタ)は穏やかに見えるだろう。しかし負けた試合の後などは、恥ずかしさを感じている。誇りを傷つけられたってね。それをフラストレーションとして表現しないだけで、しょうがない、なんてことに決してしない」

 2018年から2019年にかけ、神戸を率いたファン・マヌエル・リージョの証言である。

「連勝はあるが、3連勝はない。まずは3連勝しよう!」

 昨シーズン、なかなか調子が上がらないチームで、イニエスタはそう選手たちに呼びかけたという。一つ一つ勝ち星を伸ばす。バルサ時代はリーガエスパニョーラ最多の16連勝の記録を作り、最後のシーズン(2017-18シーズン)は1敗しかしなかった男の矜持だ。

 その執着が見えないところに、イニエスタの深淵があるのかもしれない。

触れられないイニエスタ

 イニエスタは小柄で、痩身で、足など棒切れのように見える。しかし屈強な男たちがとびかかっても、ひらりと交わせる。むしろ自分に多くの人を集めることで、スペースを作り出し、チャンスの可能性を広げる。単なる“うまい”選手ではとても収まらない。Jリーグでは明らかに唯一無二。世界でも、そのビジョンに比類する選手は片手で数えられるほどだろう。35歳になった今でも、数十分間の限定なら、どれほど高いレベルのピッチに立っても、違いを出せるはずだ。

 2019年シーズン、サガン鳥栖とアウエーで戦った試合は伝説的だった。フェルナンド・トーレスが現役最後の試合に選んだことで、その力を出し尽くした。自陣から敵陣右サイドへのダイレクトのボレーでのパスなど、神がかっていた。強烈なプレスに対しても、くるりと体を回し、ボールを運んだ。

「触れられない」

 その領域に達したプレーだった。

 しかし、全力でのプレーは1試合続かない。前半終盤に筋肉系の故障で、ピッチから退いているのだ。

プレーが与える啓示

 神のごときイニエスタも、生身の人間である。年を重ねることで、体は確実に衰えている。コンディションが整わない日もある。常にケガの不安はあり、満足に練習できない日もあるという。

 しかし、イニエスタは存在だけでチームメイトに”導き”を与える。

 日々トレーニングを共にするチームメイトは、そのプレーリズムから正しい選択をできるようになる。一番いい動きをした時に、一番いい体勢で、的確に入るパスを受ける。それだけで正しいプレーが体に植え付けられ、技が磨かれるのだ。

 昨年、日本代表に選ばれたFW古橋亨梧は、イニエスタの恩恵を受けた一人だろう。もともと、裏を取る動きやシュートまでの動作は群を抜いていたが、イニエスタとプレーして鋭さは増した。信じて走った時、必ずそこにパスが出てくる。それを積み重ねることで、自信を深めて、プレーに確信が出るようになった。

 イニエスタのプレーの一つひとつが、啓示なのだ。

「僕はたとえ日常で煩わしいことがあっても、ピッチに出てみんなとボールを蹴っていれば、段々と自分がリセットされていく。サッカーは、素晴らしい贈り物なんだ」

 かつて、イニエスタはそう語っていた。

 彼の存在は、Jリーグにとって最高のギフトだ。

 2月23日、J1開幕。神戸は横浜FCをノエビアスタジアム神戸にて迎え撃つ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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