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甲子園優勝の元主将強盗致傷容疑で逮捕報道:犯罪心理学と引退のスポーツ心理学

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
写真はイメージ:甲子園球場も泣いている・・・(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

■甲子園優勝の元主将らを逮捕 千葉、強盗致傷容疑

3年前の甲子園大会優勝校のキャプテンが、自営業男性(60)と妻(58)をバールのようなもので殴るなどしてけがを負わせた疑いで、逮捕されました。

 強盗目的で住宅に侵入し、住人にけがを負わせたとして、千葉県警佐倉署は31日、強盗致傷などの疑いで、東京都町田市鶴川、無職~容疑者(20)ら男5人を逮捕したと発表した。関係者によると、~容疑者は花咲徳栄高(埼玉県)が2017年夏の甲子園で優勝した際の野球部主将だった。

出典:甲子園優勝の元主将らを逮捕 千葉、強盗致傷容疑:共同通信1/31 Yahoo!ニュース

もちろんまだ容疑段階ですが、多くの人がショックを受けています。

■事件に関するヤフーコメントから

「野球部員はだめ」といった意見が散見されますが、もちろんそんなことはありません。目立つ一人の人の言動で、全体を評価してしまうのは、人間の良くある誤解です。

おそらく、どの部活の人でも犯罪を犯すことはあるでしょうし、部活に所属していなかった人も犯罪を犯すこともあるでしょう。

「とても衝撃を受けた」というコメントは、いくつもあります。何十年も前の甲子園大会ならともかく、たった3年前の優勝校の主将。高校野球ファンなら、覚えている人も多いでしょう。

子供たちにとっては、かっこいいお兄さん。親世代から見ると、他人の子でも、まるで我が子が出場しているような気持ちで応援した人もいることでしょう。

その青年の逮捕報道は、ショッキングです。

「たった3年で何があったのか」という疑問も多く見られます。報道によると、高校卒業後→大学進学(野球部)→大学中退→現在は無職ということです。

今回の事件は、容疑段階ですが、犯罪心理学的には無職青年の犯罪は大きな課題となっています。

「本当なのか、信じられない」というコメントもたくさんあります。3年前の栄光とのギャップが大きすぎますし、「主将ということは、人格的にも優れていたはずなのに」という疑問の声も聞かれます。

「スポーツ一筋で他で生活していく術を学んでいない人はそれが無くなると周りのサポート無しではきついでしょうね」という意見もありました。

■報道へのオーサーコメント

私は、オーサーコメントで次のように書きました。

全てのスポーツ選手が、いずれは引退します。スポーツ推薦で入学したけれども、ケガで部活をやめる人もいます。プロの大選手もいずれは引退です。スポーツ選手は引退後の人生が長いのが問題です。

海外にスポーツ留学したけれども、失意のうちに帰国し、二度とそのスポーツに関わらない子もいます。

若くして大成功を収めたのに、世間につぶされて自分を見失う人もいます。プロとして何十億円も稼いでも、引退後に破産する人もいます。

引退後の選手のあり方は、スポーツ心理学の新しくて重要な課題です。

「健全な肉体に健全な精神が宿る」は実は誤って伝えられた言葉で、本当は「健全な肉体に健全な精神が宿りますように」という祈りの言葉でした。卓越した身体能力を使いこなして幸せをつかむことは、簡単なことではなく、周囲の支援が欠かせません。

学校の部活で最も大切なことは、技術や試合結果ではなく、生き方を学ぶことなのでしょう。

出典:甲子園優勝の元主将らを逮捕 千葉、強盗致傷容疑へのコメント

■スポーツ選手の人生設計

スポーツ選手がスポーツから離れることは、大きな人生の転機です。これを「キャリア・トランジション」と言います。生活の変化に適応し、新しい人生を設計していくのが、キャリア・トランジションです。

でも、なかなか上手くいきません。

スポーツはいいことがいっぱいです。心理学の研究によれば、知的能力を高め、幸福感を高め、人間関係能力を高めます。学校の部活も、多くの人がすばらしい体験をします。「人生に必要なことはすべて部活で学んだ」という人がいるほどです。

でも、競技スポーツとして上を目指すとなれば、大変です。多くの時間をスポーツにつぎ込みます。人生を捧げる人もいます。その結果、そのスポーツ分野以外のことが学べなくなる人もいます。

スポーツで成功したのに、事業で失敗する人もいます。常識がないために、世間にバッシングされる人もいます。

あるスポーツで大学に入った人なのですが、レポートの内容が、全部ひらがなでたったの3行なんて人もいるとか、いないとか。たぶんこの人は、「お前はスポーツだけしてればよい」と言われてきたのかもしれません。

もちろん、優秀な人は優秀です。スポーツも勉強もできて、人格的にもすばらしい人はたくさんいます。学校の先生に話を聞くと、卒業後も活躍したような選手は、学校時代も負けず嫌いで勉強も一生懸命だったと言います。

それでも、様々な人はいます。男性スポーツ選手は、ギャンブル依存になりやすいという研究もあります。競技スポーツで味わったスリルと興奮をまた味わいたいと思って、ギャンブルにはまる人がいます。

元プロ選手で、引退後に裏方のスタッフになる人もいます。誇りを持ち、りっぱな仕事をしている人々がいます。元オリンピック選手で、スポーツ施設で働いている人もたくさんいます。地味な仕事かもしれませんが、スポーツに関わるすばらしい仕事をしています。

甲子園に出場した選手たちの多くは、プロにはならず、スポーツとは直接関係のない仕事につきます。第二の人生を力強く歩んでいます。

■思春期青年期の危機

少年スポーツチームで活躍したのに、中学や高校で上手くいかない人もいます。運動能力はあっても、チームプレイができない人もいます。

スポーツも勉強もそうですが、能力があると自覚しているのに、社会で活躍できないと感じている人の苦悩は深刻です。

学校やスポーツチーム内での、いじめ、いやがらせという話も、残念ながら聞く話です。

ただでさえ、思春期青年期は悩みの多い時期です。一般的な悩みに加えて、これまで打ち込んできたスポーツの挫折、スポーツをやめる辛さが重なって、人の心を苦しめます。

■無職青年の犯罪

犯罪報道を見ると、無職の青年がよく登場します。職業が書いてあっても、「自称」がついていることもあります。職業が書いてあっても、実質的には働いていないこともあります。

他の青年たちは、学校に通ったり、仕事をしているのに、自分は所属がなく、少しも活躍していない。これは、とても辛いことです。人間には、所属し、仲間がいて、活躍する場が必要です。

満足感が得られる学校やまっとうな職場がないと、悪い仲間に入っていく人もいます。そこへ行けば、共感してくれる仲間がいて、その仲間なりの活動もあるからです。でも、そこで犯罪を学び、犯罪に巻き込まれてしまう人もいます。

あるいは、もう普通の勉強や努力では幸せをつかめないと思い込んでしまうと、非合法な方法を使っても金や名声を手に入れようと考えてしまう人もいます。

■アイデンティティの再構成:新しい自分の人生を作る

自己紹介をするときに、たとえば甲子園を目指す野球部員なら、「野球部です」という内容がきっと入るでしょう。野球が楽しくて、野球部員であることが誇りで、野球をしている私こそが、「私」です。野球こそが、自分のアイデンティティ(自我同一性)なのです。

しかし、その野球を失うことがあります。これは、健康を失ったり、仕事を失うことも同様です。大きなショックです。どうしたら良いかわかりません。そこで、新しい自分、新しい生き方、新しいアイデンティティを作り直す作業が必要になってきます。

スポーツ選手の引退は、アイデンティティの危機なのです。スポーツの引退が、自分の体の一部をもぎ取られるような喪失体験となって、その後の人生を苦しむ人もいます。

一方、この変化を主体的に受け止め、積極的に行動できる人もいます。どのような変化も、望んでいなかった結末も、それでもあたかも自分で選び取ったかのように受け入れることが、アイデンティティの確立です。

有名なマラソン選手のアベベは、交通事故で車いす生活になりました。しかし、彼の人間性は少しもゆらぐことなく、むしろ車いすになってからの人生に、多くの人々は感銘を受けました。のちに彼の名前を冠した国立スタジアムができたほどです。

元世界的なプロボクサー、モハメド・アリも、晩年はパーキンソン病に苦しみました。しかし、彼は病気になった後もメッセージを発し続けました。1996年アトランタオリンピックの聖火台の点火者に選ばれたアリは、病気のため震える手で聖火に火を灯します。その姿に、世界中の人が拍手しました。

しかしもちろん、新しい自分を作ることは、簡単ではありません。周囲の支援も必要です。夢破れた人にも、夢を成し遂げた人にも、まだ人生は続くのです。

スピードスケートで金メダルをとった清水宏保選手は、次のように語っていました。

「目標を達成してわきあがってきたのは、『競技の頂点は人間としての頂点ではない』という当たり前の思いでした。『競技者である前に、人間としてやるべきことをきちんと見つけていかなければ』という気持ちです。金メダルは人生の通過点にすぎません」。

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社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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