上原浩治が日本のスポーツ教育に言いたい事「季節ごとに打ち込む競技を変えてもいい」
1993年のド派手な演出によるJリーグ開幕はいまだ記憶に鮮明に残っている。学生時代に感じたJリーグの盛り上がりはまさにセンセーショナルだった。
カズさんこと、三浦知良選手らが人気を爆発させ、Jリーグによって実力が底上げされた日本代表は、私がプロ入りする直前の1998年ワールドカップ(W杯)フランス大会に初出場を果たした。2002年のワールドカップ日韓大会は、野球のレギュラーシーズンが中断したこともあって、日本戦をライブ観戦する機会にも恵まれた。
熱烈なサポーター、盛り上がる報道を目の当たりにして、プロ野球に身を置く立場としては「人気も注目も持って行かれるのではないか」とすごく悔しい気持ちにもなった。
Jリーグの盛り上がりは一時的なものではなく、日本にしっかりと根付いた。5月15日で開幕からちょうど30年を迎えた。いまやJリーグはJ1~J3まで合わせて60クラブがあるそうだ。私は経営に関しては門外漢であるが、サッカーの地域密着路線は、プロ野球にも波及し、北海道日本ハムや東北楽天をはじめ、いまやほとんどのチームが球団名に地域名が入っている。
一方で、野球もサッカーも、子供たちへの普及という視点でみると、共通の課題があるように思う。国際大会を除けば、地上波放送で日常的に試合を見る機会はほとんどなくなってしまった。
子供たちの習い事の現場はどうだろうか。「夏は野球、冬はサッカー」とシーズンによって競技を変えるような運営をしているチームを少なくとも私は耳にしたことがない。何でもアメリカがいいとは言わないが、アメリカでは季節によって様々な競技に打ち込めるようになっている。
少子化の時代に、子供たちの可能性をどう伸ばすことができるか。子供たちが楽しい時間をどう過ごすことができるか。野球、サッカーに限らず、バスケや他競技も含めて、多様なスポーツに触れる機会をお互いに損なっていないか。
夏に野球をしていた子供たちが、冬場に走り込むならサッカーで足腰を鍛えたほうが楽しく効果を得られるのではないだろうか。昔と違って、そういう選択が日本ではできるようになった。Jリーグの誕生によって、サッカーができる環境ができたからだ。だとすれば、指導する大人たちが「パイの奪い合い」をしている場合ではない。同じ小学校の校庭を使っているのなら、季節ごとに子供たちが「行き来」できる環境は整っているはずだ。
「野球か、サッカーか」。大人たちが居酒屋で贔屓する競技を熱く語り合うのはいいだろう。だけど、子供たちの現場では、「野球もサッカーも」「サッカーも野球も、バスケも他の競技も」が当たり前の環境になってほしいと願っている。