意識なく倒れている人を見つけて普通の呼吸をしていると断言できなければ、脈の確認をせずに胸骨圧迫を!
先日、JR博多駅構内で倒れた男性に救命処置を施した看護学生が、JR西日本から感謝状を贈られたというニュースがありました。胸骨圧迫をしつつ、AEDを装着し、駅員と胸骨圧迫を交代。AEDは電気ショック不要の判断。その後男性は意識改善したということでした。素晴らしい対応です。
最近、私も心停止の第一発見者となりました。救急搬送中に徐々に状態が悪化し、搬入時に心停止となってしまったのです。
下顎呼吸だ、おかしいなと思い、脈をとろうとおもいましたが触れません。当然、心肺蘇生を始めなければならない状況ではありますが、自分の中の正常化バイアスが一瞬の躊躇(ちゅうちょ)を生みます。
正常化バイアスは、生きる上では重要なシステムです。これは、不測の事態に見舞われたとき、「あり得へん」という先入観から、起こっていることは不測の事態ではなく、正常の範囲内のことだと自動的に処理されてしまうメカニズムを指します。
救急では全て起こり得ることとして様々な対策をしていますし、災害医療ではそうした傾向がより強くなります。心肺蘇生は通常業務としてくり返し経験しており、自分が第一発見者になることも何度も経験しているのですが、それでも胸骨圧迫を開始するまでには数秒間の躊躇が生まれてしまったのです。これが非医療従事者であれば、胸骨圧迫開始までに相当なハードルを超えなければならないのではないかと思います。
とにかく躊躇のない胸骨圧迫を目指そう
市民による救助について、様々なことを言う人がいます。「脈は見たのか」とか、「AED装着して誤作動したらどうするのか」とか、「誤った方法で胸骨圧迫を行い余計に傷つけたらどうするのか」とか。正常化バイアスによる躊躇に加え、他人の目というハードルが立ちはだかると、それを超えるためには相当の勇気が必要になります。「お願いだからいらんこと言わんといて」と思います。救命処置のハードルをお互い高め合う様は、さながら集団自傷行為のようです。一次救命処置のガイドラインでは、こうしたハードルを下げるための工夫が随所になされています。
例えば、JRC(日本蘇生協議会)の蘇生ガイドライン2015では、意識がない人が普通の呼吸をしていない、または呼吸をしているか迷った場合には蘇生を開始することが推奨されました(参考:JRC蘇生ガイドライン2020)。呼びかけに反応がなければ胸骨圧迫し、痛がるなどの反応があればやめればいいというだけのことです。ハードル下がりました。私でも躊躇しますから、ハードルは低ければ低いほどいいです。
またAHA(米国心臓協会)の心肺蘇生ガイドライン2020ではもっと踏み込んで、もし心停止状態じゃない人に胸骨圧迫をしても害を与えるリスクは低く、「脈拍がない傷病者に CPR を行わないリスクは、不要な胸骨圧迫に起因する危害より高い」とまで明記されました(参考:CPRおよびECCのガイドライン2020 ハイライト)
。ハードルがさらに下がりましたね。
加えて、AHAの心肺蘇生ガイドライン2015までは、衣服を脱がすよう記載がありましたが、心肺蘇生ガイドライン2020からは衣服着用のまま胸骨圧迫をすることが推奨されています。ハードルがさらにさらに下がりました。
AEDを着けることになれば衣服を脱がせるか、服の間からパッドを貼るなどの工夫をしなければならないとはいえ、何よりも良質な胸骨圧迫が除細動の確率も高めます。とにかく心肺蘇生が始まらないことにはどうにもなりません。
心肺蘇生を積極的に学ぼう
バイスタンダーCPR(救急現場に居合わせた人による心肺蘇生)があった場合、救助に当たってくれた全ての人に感謝と尊敬の念を持ちながら仕事を引き継いでいます(患者さんの救命を目指す方針に何ら変わりはありませんが)。冒頭のニュースに触れ、市民の勇気に応えるためにも、院内での仕事だけでなく、救命処置の普及と推進にますます力を入れなくてはならないと改めて思いました。
心肺蘇生の講習会は、消防署で行われているほか、日本赤十字社や、地域の医療機関が行なっていることもあります。ぜひ積極的に参加していただき、最新の知見をもとに、目の前の人が心停止に至るという事態に対処できる知識と技能を身につけていただければと思います。
追記)
こちらの記事も参考にしていただければ幸いです
私も以前は小中学校への救命講習に赴いたりしておりましたが、近年はコロナ禍もあって、医療従事者向けの蘇生講習会すらも開催できていない状況でした。積極的な講習会開催をしつつ、繋いでいただいたバトンを引き継ぐ努力も続けてまいります。
(この記事は6月23日に医療従事者向けの会員情報サイト、日経メディカルオンラインに投稿した文章を加筆修正したものです)