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イスラーム過激派の食卓(イスラームとムスリム支援団(JNIM))

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
JNIMに解放されフランスに帰還した誘拐被害者。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 数週間前、マリ、ニジェール、ブルキナファソなどのサハラ地域で活動する「イスラームとムスリム支援団(JNIM)」が、最高幹部も出席する盛大な宴会を開催した。本稿中の画像群の通り、相当大勢の出席者にかなり派手に肉を振る舞う大宴会だった。これは、同派が誘拐・監禁していたフランス人人質らと、イスラーム過激派の著名活動家も含むマリの刑務所に収監されていた囚人およそ200人との交換に成功した「戦果」と同胞らの解放・帰還を祝う宴会だった。JNIMは、2017年春にサハラ地域で活動するイスラーム過激派3派が合同して発足した団体で、合同した諸派の身許やその後のアル=カーイダ諸派の間の処遇に鑑みると、「イスラーム的マグリブのアル=カーイダ(AQIM)」の仲間のアル=カーイダのフランチャイズと思われる。AQIMやJNIMは外国人の誘拐事件を頻繁に起こしており、その身代金を活動資金に充てていると信じられている。彼らによる誘拐事件は、人質の出身国であるヨーロッパの国に収監されているムスリムの釈放などの要求を出すところから始まり長期化するが、誘拐自体は捕虜交換や身代金で解決することも多い。

大勢でごちそうを囲むJNIMの者たち。出典:JNIM
大勢でごちそうを囲むJNIMの者たち。出典:JNIM

 このJNIM、2013年に日本人も多数犠牲になったいわゆるイナメナス事件を引き起こした団体の流れを汲む以上、その活動にはそれなりに注意を払うべきである。また、同派は最近本当に「鳴かず飛ばず」状態のアル=カーイダ諸派の中では比較的活動が活発で、冒頭紹介した捕虜交換のような「戦果」を上げている。そのため、同派の動向や今後の脅威の予測などなどいろいろ考えるべきことが多いのだが、筆者として最も注目しているのは今般の大宴会についての情報が流布した経緯である。というのも、この大宴会の画像、JNIMの広報部門である「ザッラーカ機構」が捕虜交換について発表する前に、身許がよくわからない(しかし最高幹部らの身近にいる)者が、JNIMとAQIMから見れば非公認の名義とアカウントを通じて発信したものだったからだ。捕虜交換と件の大宴会は、「ザッラーカ機構」が捕虜交換についての声明を発表する何日も前のできごとで、不規則な情報発信に怒ったであろう「ザッラーカ機構」は、声明発表に先立ち自分たちだけがJNIMについて発信する公式な広報機関であり、それ以外の発信元は信用してはならない旨主張するメッセージを発表していた。

多数の出席者のために用意された料理。出典:JNIM
多数の出席者のために用意された料理。出典:JNIM

 もちろん、捕虜交換も大宴会も現実に起きたことだし、発信された画像類にはJNIMの最高幹部の姿も映し出されていることから、現場にいるJNIMの指導部・戦闘員らの同意も得ないで情報を発信したとは考えにくい。むしろ、「ザッラーカ機構」を通さない情報発信は現場の活動家らが「ザッラーカ機構」やAQIMの動きの鈍さにいら立った結果とも言え、サハラにおいてもアル=カーイダの活動が低迷していることを示す傍証とも考えられる。また、JNIMは2019年後半に同じくサハラ地域で活動する「イスラーム国」の一派との関係悪化が表面化し、2020年夏には両派が交戦する事態に至っている。最近でも、「イスラーム国」の機関誌でJNIMを指すとみられる「アル=カーイダ」をぼこぼこに非難し、それに対する戦果が掲載されている。

かなり大規模な調理風景。出典:JNIM
かなり大規模な調理風景。出典:JNIM

 こうした中での不正規な情報発信は、JNIMやAQIMの中で深刻な不和か機能不全が生じている可能性を強く示唆している。戦果と広報を連動させることは、テロ組織として(または身代金目当ての山賊集団として)の威信や名声を増進する上で不可欠だし、何よりも現在のように監視・暗殺技術が進歩した世の中で、不用意に最高幹部らの居場所が特定されかねない画像や動画を発信することは、物理的にも命とりになる危険性をはらむ。こうした弊害を踏まえて、或いは弊害に無頓着に記事や情報が不正規に発信され、なおかつ情報発信にまつわる齟齬や不和が一般の視聴者にも明らかになった、というのが本件の大宴会画像が含む情報のうち最も重要なものであろう。経験上、組織内の連携不全や不和が一般の視聴者にもわかる形で表面化した時には、当事者間の関係は決定的に破綻し、組織の分裂や当事者のいずれかの粛清が既に起きているか将来起きるかする可能性が高い。この種の公開情報の収集や記録は退屈な作業で、低賃金の未経験者に外注しちゃえばいいというような仕打ちを受けることも多いが、実は公開情報の分析こそが「情報収集」とやらの基幹部分だったりもする。そのような意味で、イスラーム過激派の面々の食事風景は、単なる食事以上のネタを含んでいることがある。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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