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週末にはなぜ「死亡率」が高くなるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

医療の世界には「週末効果(Weekend Effect)」という言葉がある。

病院での診療や手術では、平日に比べると週末(土日)の死亡率のほうが高い。この「事実」は2000年代の初めごろから問題にされ始めた(※1)。

「週末」なのか「夜間」なのか

日本でも「週末効果」について、同様の調査研究がいくつか行われている。

急性心筋梗塞で入院した11万1200人の患者を対象にしたコホート研究では、週末のほうが平日よりも院内死亡率が高かった、というものがある。この研究では、入院当日に心臓カテーテル治療(冠動脈インターベンション、PCI)が行われた割合も高く、この治療が可能な施設のある病院でも週末の院内死亡率が高い、という結果になっている(※2)。

では、なぜ週末になると患者の治療、とくに死亡率に悪影響を与えるのだろうか。PCIの施行研究のように「週末効果」は病院設備の質と無関係なのだろうか。

これについては、この20年間で数多くの論文が出されているが、その原因は依然として「不明」だ。

週末や休日に医療従事者(専門医療スタッフや看護師)が減るからとも、言われ、午前中に入院した脳卒中患者は、午後に入院した患者より1時間以内に脳のCTスキャンを受ける可能性が高い、という論文もある(※3)。

また、社会全体が週末になると活動の質や量が変化し、それが患者の健康に影響を与えるとも言われている。行楽に出かけるなどし、事故に巻き込まれることもあるだろう。

また、平日週末ではなく「日中か夜間か」で1ヶ月後の生存率に違いがある、という研究もある。この研究は平日と週末や休日に差はなかったが、昼間に入院した患者のほうが夜間に入院した患者より良好な治療結果が得られた、としている(※4)。夜間は救急入院が多い。この研究では、夜間の患者の症状が関係している可能性がある。「日中と夜間」の研究から示唆されるように「時間外」という区分けのほうに説得力がある、という意見もあるが複合的な要素が絡んでいるのかもしれない。

週末には重症度の高い患者が多い

病院に労働基準監督署が調査に入るなど、医師や看護師らの労働環境が取りざたされている中、この「週末効果」がなぜ起きているのか、についての考察は重要だ。曜日や時間帯の別なく医療に従事する彼らにも、週末に子供らと一緒に過ごせる時間が与えられなければならない。

それに関し、興味深い論文が最近出ている。

英国のオックスフォード大学の4つの付属病院で2006年から2014年まで緊急入院した患者の電子記録から調査研究したものだ(※5)。死亡率と仕事量(入院率やベッドの占有率など)の関係をモデル化したこの研究によれば、確かに「週末効果」はあるが、その理由は患者の症状の重症度によるもので、病院の人員の多寡やサービスの質によるものではない、としている。

平日か週末かではなく日中か夜間かに違いがある、という研究のように、夜間には重症度の高い患者が病院に運び込まれることが多い。英国の研究でも平日よりも週末のほうがより死亡率の高い患者集団が来る、ということが示唆されている。

週末や夜間には、緊急度が高かったり専門性を要する患者が増える、と言うこともできるだろう。しかし、オックスフォード大学付属病院の患者を調べた研究に対する『LANCET』の解説は「この種の研究では、これまであまりにも事務管理データを偏重し過ぎてきた」と指摘している。

医療従事者の労働環境改善は喫緊の課題だが、多くの研究により週末に入院患者の死亡率が高くなる「週末効果」の存在は確かにある。

もちろん、救急外来や小児科など、患者や病態、診療科によっても違いがあるだろう。日曜日の日中に救急搬送(Accident and Emergency)されてきた患者が死亡リスクを増加させた、という研究もある。この研究によれば、救急車で運ばれる患者は土日のほうが平日よりも多く、救急車で搬送されなかった患者の死亡率0.8%だったのに比べ、救急車で搬送された患者の死亡率は5.5%だった(※6)。

なぜ週末になると重症患者が増えるのかを含め、まだ「週末効果」の原因ははっきりしないが、時間帯や曜日など、病院ごとに入院数や患者の病態などを分析し、スタッフの勤務シフトを考えることも重要だろう。夜間を含めた「時間外」の診療や治療の重要性が患者の生存率と関係している以上、医療従事者の労働環境との調整はなかなか悩ましいところだ。

※1:L Schmulewitz, A Proudfoot, D Bell, ”The impact of weekends on outcome for emergency patients.” Clinical Medicine, Vol.5, No.6, 621-625, 2005.

※2:T Isogai, et al., "Effect of weekend admission for acute myocardial infarction on in-hospital mortality: A retrospective cohort study." International Journal of Cardiology, January 20, Vol.179, 315-320. 2015

※3:B Bray, et al., "Weekly variation in health-care quality by day and time of admission: a nationwide, registry-based, prospective cohort study of acute stroke care." LANCET, 10, May, 2016.

※4:S Koike, et al., "Effect of time and day of admission on 1-month survival and neurologically favourable 1-month survival in out-of-hospital cardiopulmonary arrest patients." Resuscitation, 82(7), 863-868, 2011.

※5:S Walker, et al., "Mortality risks associated with emergency admissions during weekends and public holidays: an analysis of electronic health records." LANCET, 9, May, 2017. DOI:http : //dx.doi.org/10.1016/S0140-6736(17)30782-1

※6:R Meacock, et al., "Higher mortality rates amongst emergency patients admitted to hospital at weekends reflect a lower probability of admission." SAGE Journals, 6, May, 2016.

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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