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主権回復を目指す日

田中良紹ジャーナリスト

サンフランシスコ講和条約が発効した1952年4月28日を記念して政府主催の式典が開かれる。政府はその日を「主権回復の日」と呼ぶ。しかし日本の現状を直視すれば「主権は完全に回復された」などとおめでたい事を言う気になれない。この国の主権を本気で考えるなら、その日を「主権回復を目指す日」とすべきである。

安倍総理は記念式典を開く意義について「日本が占領されていたことを知らない若い人がいる」と述べたそうだが、7年間の占領期について内実を知っている日本人は安倍総理も含めてほとんどいない。GHQによって占領期は厳しく情報統制されていたからである。従ってもっともらしく言われる戦後史も、それぞれの立場がそれぞれに都合の良い情報を言っているに過ぎず、日本人はスタート時を知らずに戦後史を語っている事になる。

私がそれを痛感したのは1976年に起きたロッキード事件である。この事件は右翼民族派の領袖で自民党の前身である自由党に結党資金を出した児玉誉士夫がアメリカ軍需産業の秘密代理人であったとするアメリカ議会の暴露から始まった。なぜ右翼民族派の領袖がアメリカの手先となったのか。メディアの取材はそこからスタートした。

「占領期の7年」に解明のカギがあり、新聞もテレビも占領期の情報発掘に全力を挙げた。全社が独自のソースを追って発掘した情報は毎日がスクープの連続で、これほど各社のニュースが面白かった事はない。私も生存するGHQ関係者、諜報機関員、旧軍関係者らを追いかけて占領期の闇を探った。

しかし東京地検特捜部が政治家をターゲットとする捜査に入ったためメディアの「発掘作業」は2か月ほどで終わり、ついに占領期の闇が解明される事はなかった。私の胸には闇の深さだけが残った。その後アメリカの情報公開法によりCIAの機密情報が公開された事や、ノンフィクション作家の発掘作業などによって知られざる戦後史の一端は解明されてきた。

児玉誉士夫や読売新聞社社主正力松太郎がCIAの協力者であった事、アメリカの雑誌「ニューズウイーク」東京支局長が上司のハリー・カーンと共に日本の戦後政治を動かし鳩山一郎や岸信介を総理に就任させた経緯、表向きは追放された旧軍関係者が冷戦の始まりと共にCIAにリクルートされて復活した事など、ロッキード事件当時の取材と符合する事実が次第に明らかになった。しかしそれでもまだ占領期の全容が解明された訳ではない。

一方、サンフランシスコ講和条約は日本の領土を確定したが、それが今では周辺諸国との深刻な対立の遠因となっている。サンフランシスコ講和条約で日本は朝鮮、台湾、南洋諸島、南沙諸島、西沙諸島を放棄し、さらに南樺太と千島列島を放棄したが、国後、択捉両島が千島に含まれるかどうかで変遷があった。当初日本政府は含まない旨を国会で答弁し、二島返還でソ連との交渉に臨もうとしたが、アメリカのダレス国務長官に四島返還でなければ沖縄を返さないと脅され、日ソ平和条約を締結することが出来なかった。

また沖縄を含む南西諸島や小笠原諸島はアメリカの信託統治領となり、アメリカの統治下に置かれた。沖縄県民が4月28日を「屈辱の日」と呼ぶのは、自分たちの主権は回復されず、切り離されたからである。それから20年後に沖縄の本土復帰は実現するが、返還交渉の密使であった故若泉敬が悔悟するように、沖縄は「返還」と言うより「基地の固定化」をもたらした。アメリカにとっては基地機能をいささかも失わずに行政費用を日本に押し付ける事に成功した。

南西諸島の中に問題の尖閣諸島もある。アメリカが南西諸島を日本に返還した以上「尖閣諸島は日本の施政権下にある」とアメリカが言うのは当然である。しかし決してアメリカは「日本の主権下にある」とは言わない。それがアメリカの立ち位置である。サンフランシスコ講和条約に中国は参加していないが、それ以前のカイロ、ポツダム宣言で中国は連合国の側におり、戦勝国の一つなのである。

だからアメリカは共産中国に核保有を認めた。核保有国とは第二次大戦の戦勝国で、戦後の世界を支配する側である。核を持つ国同士が戦争をすることはありえない。米ソ冷戦とは支配する側の中での覇権争いゲームであった。ソ連が自滅した後は、米中が覇権を争う趨勢にある。そのソ連崩壊直後から私は、冷戦後の世界を一極支配しようとするアメリカ議会の議論を見てきた。

そこで語られていたのは、日本にアジアで大きな役割を担わせないために、アメリカがこの地域で優勢な軍事力を展開するという戦略である。日本が存在感を強めればアジアは不安定になるというのがアメリカの認識で、それをさせないために日米同盟を強化すると彼らは考える。昔から言われてきたがやはり日米同盟とは日本を自立させない「ビンのふた」なのである。

その上でアメリカが考える「同盟」とは「アメリカに保護されていると思わせ、独立主権国として行動するために必要な外交能力と国防能力をはく奪するシステム」である。それを知ってか知らずか「日米同盟強化」を叫ぶ安倍政権の誕生を見ると、過去のアメリカ議会の議論を思い出してしまう。

安倍総理が「主権回復の日」に抗議する沖縄県民の心に想いを致すなら、むしろその日を「占領期の歴史に光を当て、日本国民の戦後史を見つめ直し、独立主権国家を回復するための一歩を踏み出す日」とすることをお勧めする。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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