結婚も仕事もままならなかった就職氷河期世代。現在40代女性の思いを代弁してくれた演技を間近でみて
現代を生きる女性ならば誰しもがいつ直面してもおかしくない現実を逃げずに見据えた、現在公開中の映画「女たち」。
本作については、先に内田伸輝監督のインタビュー(前編・後編)を伝えた。
それに続く、斎藤文撮影監督のインタビューの第二回へ入る。(全三回)
第一回のインタビューは、主に斎藤撮影監督も参加した脚本作りについて、そこに込めた想いを語ってもらった。
ここからは、「迫真の演技」と話題を呼ぶキャストの話に入る。
篠原ゆき子さんは、演じはじめると役に入り込んで、全身全霊を注ぐ
まず、主演の篠原ゆき子は、内田伸輝監督作品には「おだやかな日常」に続いての出演になる。
このとき、斎藤文撮影監督はアソシエイトプロデューサーとして顔を合わせている。
「実は、篠原さんとはちょっとしたつながりがありまして。わたしが昔、派遣のバイトをやっていたとき、その会社で仲良くなった新入社員の子がいたんです。
彼女が篠原さんの友人だったんですよ。つまり共通の友人がいた。
それで『おだやかな日常』でご一緒したんですけど、わたしの中で、篠原さんはとにかく明るい人。誰にでも気さくで現場でも笑顔が絶えない。
一方、役者としてはすごく頭が切れて、監督の求めに瞬時になにかを返してくる。
わたしはアソシエイトプロデューサーを担当しながら、Bカメとスチールの撮影も担当していたんですけど、集中力がすごくて、演じはじめるとほんとうに役に入り込んで、全身全霊を注ぐ。
役に対しても真摯で、ごはんのときとか、空き時間とかに、内田監督と意見を交換していた。
たとえば、『おだやかな日常』は、東日本大震災がテーマですけど、わたしたちはそのことを東京で経験した。
その経験があった上で、なぜ(篠原さんが演じた)ユカコはこういう行動をとったのかといったことを話し合って突き詰めていく。
ユカコが原発に対してどういう気持ちをもっているのか、彼女が子どもをもつ親に対して放射能をどうとらえるのか、そういったことひとつひとつを考える。
そういったディスカッションが絶えなかったし、現場での集中力にも圧倒されました。
その姿勢を目の当たりにして以来、ずっと役者としても人としても尊敬しています」
ほとんど涙目になっていたんです(苦笑)
その印象は今回も変わらなかったという。
篠原の魂の入った演技に心を打たれっぱなしだったと明かす。
「撮影監督としてもしかしたらダメなのかもしれないんですけど、涙なしには見れなくて。ほとんど涙目になっていたんです(苦笑)。
美咲の苦悩だったり、怒りだったり、やるせなさだったり、彼女の感情が手にとるように伝わってきて、心に響いてくる。
ただ、今回は篠原さんに限ったことではなくて、キャストのみなさんの演技がほんとうにすばらしくて。ファインダーを通して、見入ってしまうシーンの連続でした」
撮影監督がこう語るのもうなずける。作品では、篠原ゆき子、倉科カナ、高畑淳子ら女優たちの迫真の演技が反響を呼んでいる。
内田監督は怖い人で(笑)、現場も緊張に包まれて、と思われがちですが…
ただ、意外にも現場は穏やかだと明かす。
「内田監督の作品は、今回もしかりですけど、内容がシビアでシリアスなものが多い。
役者を追い込んで追い込んで、絞り出した感情をすくいとったようなシーン、役者同士の魂の叫びのようなやりとりの応酬といった場面が必ずある。
なので、内田監督は怖い人で(笑)、さぞかし現場も緊張に包まれて、壮絶なことになっているのだろうとわりと思われるんですよ。
でも、内田監督も現場の状況も穏やかといいますか。そんな張り詰めた空気の中で、という感じではない。
もちろん役者さんたちは役に入り込んで気持ちを作って、本番となったら緊迫するところはあります。
でも、それまでは、さぁこのシーンの芝居はどうしましょうかみたいな感じでみんなで演技をつめていく。
わりと役者さんもスタッフも自由な空間でひとつのシーンを作り上げていく感じなんです」
とはいえ、役者陣のあれだけの熱演は、そう引き出せるものではない。
撮影監督としてなにか提案したことはあったのだろうか?
「修羅場のようなシーンがけっこう多い。これを一気に撮り切るのはわたしがたぶんもたない(苦笑)。
ですから、スケジュールが大変でしたし、シーンによりますが、たとえば1時間撮影したら、5分でいいので休憩を入れることをお願いしました。
真夏でマスクをした撮影ですし、 たぶんそのほうが、わたしだけではなくて、みなさんも気持ちも身体的にも一度リセットされて、心身ともに改めてそのシーンに望めると思ったので」
失敗できない恐ろしさがある一方で、ちょっと燃えるところがある
役者たちの鬼気迫る演技を撮り逃せない、撮影のミスは許されないプレッシャーはなかったのか?
「まずカット割りに関しては内田監督が基本的に決めて、アングルに関しては、わたしが完全に自由にという感じで進めました。
それで修羅場のような、今回だったら、篠原さん演じる美咲が高畑さん演じる母の美津子に馬乗りになるシーンとかは、まず、一度ゆっくりと演じてどういう動きになるのかを確認する。
それを基本にして本番の撮影に臨む。その基本があるから、緊張感はもちろんあるんですけど、ひとつ気持ちとしては安心して臨めました。
あと、わたし自身がそういう修羅場のシーンを撮るのがもともと好きなんですよね(笑)。
そういった壮絶なシーンって当然ですけど、何度もできるわけではない。テイクを重ねたからといってよくなるとは限らないので、一発勝負のところがある。
なんか、そういうギリギリのところに身を置くのが嫌いじゃない(笑)。
失敗できない恐ろしさがある一方で、ちょっと燃えるところがある。カメラマンさんてそういう人けっこう多いんじゃないかなと思います。
プレッシャーがきつければきついほど、『よし、やってやろう』みたいな気持ちになるところがあります」
撮影中感じていた、映画が大好きだった今は亡き友人の存在
また、今回は自分にとっては特別な撮影でもあったという。
「実は、個人的なことなんですけど、クランクインの2週間ぐらい前に、すごく尊敬していた友人を亡くしたんです。
わたしより確か4つぐらい上なんですけど、『女たち』の本読みをしている段階ぐらいに、訃報が届きました。病気でお亡くなりになったんですけど、とてもショックでした。
彼女はわたしにとって映画のよき先輩といいますか。
わたしがカメラを始めたのが25歳からなんですけど、彼女にはバイト先で知り合いました。
彼女は脚本の勉強をずっとしていて、有名な脚本家のお弟子さんをやっていた時期がありました。
当時、映画のことなんて何も知らなかったわたしに、彼女は映画のいろいろなことを教えてくれた。
一時期、お互いに忙しくて会えないときがあったんですけど、3~4年ぐらい前から再び親交が深まり、よく飲みに行って、映画の話をしていたんです。
少しだけ年は離れてはいるのですが、心の部分で彼女とわたしの関係は、美咲と香織の関係性とつながりました。
それで、勝手なわたしの思い込みかもしれないんですけど、ずっと彼女の存在を感じながら撮影していた感触があるんです。
大きい失敗もなく、このハードな撮影スケジュールをこなせたのは、彼女がどこからか見守っていてくれたからかなと、いま感じています。
なんか撮影中、困難があるたびに、彼女だったら、どう私にアドバイスをしてくれるのかなとか、そういうことを考えながらずっと撮影をしていたんですよね。
なにか彼女から力をもらって、いろいろなことを乗り越えた気がします」
では、そうした思いを抱えながらでの撮影で、今回の役者の演技を間近でみてどう感じたのだろうか?
「役者さんの演技に関しては、さきほど言ったようにすばらしかった。
篠原さんにしても、高畑さんにしても、倉科さんにしてもほんとにすごい演技をされてたから、感情が込み上げちゃって、号泣しながら撮っていました」
これも本作における反響の多いシーンにあげられるが、倉科カナ演じる香織の雨中のシーンも忘れがたい。
「あの雨のシーンは、実際にすごい雨が降っていたんですよね。
おそらくみんな口には出していないですけど『さあ、これどうするよ?』といった感じだったと思います。
でも照明の松本永さんが、元々舞台とか多く手掛けられる方なんですけど、すごくわたしと好みが似ている。
それで、大胆な光と影の際立つような照明を作ってくれて、香織の心の光と闇にも重なるようなシーンになったんですよね。
あのシーンだけではないんですけど、とりわけ倉科さんのシーンは、ほんとうにスタッフのチームワークで撮り切った感触があります」
(※第三回に続く)
「女たち」
監督:内田伸輝
出演:篠原ゆき子、倉科カナ、高畑淳子、サヘル・ローズ、筒井茄奈子、窪塚俊介
全国順次公開中
筆者撮影以外の写真はすべて(C)「女たち」制作委員会