EU離脱日延長の2つのシナリオで分かったEUの巧妙な戦略(下)
英与党・保守党のテリーザ・メイ首相が最大野党・労働党との妥協案の策定を目指すことは、英国が労働党の主張を受け入れ、離脱後もEUの関税同盟や単一市場にこれまで通り残るというソフトブレグジット(穏健離脱)のディール(合意)になることを意味する。このメイ首相の決断に対し、保守党の100人近い陣傘議員からなるブレグジット欧州調査グループ(ERG)のジェイコブ・リースモッグ代表やボリス・ジョンソン元外相らハードブレグジット(EU(欧州連合)市場への自由なアクセスの大半を失う強硬離脱派)の保守党議員は、これではEU離脱にはならず、恒久的にEUの支配下に入り、英国の主権は取り戻せなくなると一斉に反発している。
閣内でも離脱支持派のクリス・ヒートン・ハリス離脱省政務次官が4月3日の首相のテレビ演説を受けて直ちに辞任を発表した。同氏はメイ首相に宛てた書簡(辞表)で、「英国は2016年の国民投票の結果を尊重し、3月29日にノーディール・ブレグジット(合意なしのEU離脱)でも離脱すべきだったが、離脱日をさらに延長し、ブレグジット(英EU離脱)を遅らせることは容認できない」と述べている。また、同氏は、「メイ首相はノーディール・ブレグジット(合意なしのEU離脱)への対処がかなり準備できていたことを十分知らされていないか聞かされていない。ノーディール・ブレグジットの判断を誤った可能性がある」と暴露している。ハリス氏に続いて、ナイジェル・アダムス閣外相(ウェールズ担当)も辞任した。同氏は、「メイ首相は「バッドディールよりノーディールの方がましだ」と言っていたのとは正反対に、ディール(合意)に固執した」と厳しく批判している。
こうした強硬離脱派の反発を考えると、メイ首相が4月10日のEU臨時サミット(加盟27カ国の首脳会議)で離脱日の再延長を要請し、結局、10月末までの再延長で合意したものの、今後、ソフトブレグジットのディールを目指してEUとの再協議に入っても、議会の最終承認(意味ある投票)を受ける段階で強硬離脱派の抵抗が予想され、ノーディール・ブレグジットとなる可能性があり、先行きは依然不透明だ。当初、メイ首相はディールに固執するあまり、離脱とはいえないディール、つまり、2016年のEU離脱を決めた国民投票の結果を裏切る方向に舵を切ってしまったのだ。
もともと、議会はEU残留支持派の議員が多数を占めているので、国民投票の結果(EU離脱)が潰される可能性は高いことは十分予想されていたが、その通りになりそうだ。ジョンソン元外相はEU離脱を実現する唯一の方法は「管理されたノーディール」だと主張しているが、その主張とは真逆の方向にメイ首相は突き進んでいる。管理されたノーディールとは、英国がすぐにEUから離脱し、2021年末までの移行期間はEU離脱後もバックストップ条項(北アイルランドにEUルールを合致させることでハードボーダーを避けるという解決方法)の発動なしに、従来通りゼロ関税とし、その間に自由貿易協定を結ぶという案だが、EUは否定的な見方を示している。
■EUの本音はノーブレグジット
EUが3月21日のEUサミットで英国の離脱日延長問題の解決策として、プランB(首相の離脱協定案が下院の意味ある投票で否決された場合、4月12日を新しい離脱日とするシナリオ)を盛り込んだのは、最初からメイ首相の離脱協定案が英下院で3度目の敗北に終わるとの読みがあったからだ。英紙ガーディアンは3月21日付で、「フランスのエマニュエル・マクロン大統領はEUサミットで、他のEU加盟国の首脳にメイ首相の離脱協定案が可決される確率は5%と話していた」と伝えたほど。
英テレビ局スカイニュースも同23日、「メイ首相は議会に宛てた書簡で、次の離脱日までに英国が選べる選択肢として、(1)ノーブレグジット(EU離脱の取り消し)(2)4月12日にノーディールで離脱する(3)議会が3回目の意味ある投票で首相案を可決し5月22日に離脱―という案に加え、可決の見込みがない場合、議会で投票せずにEUに対し離脱日の再延長を求める考えを示していた」と伝え、メイ首相も最初から3回目の投票断念を想定していたと指摘する。
しかし、これはメイ首相が議会に対し、自分の案に賛成しなければEU離脱が長期化し、ついにはノーブレグジットに終わると脅し、議会から支持を得ようとする巧な戦術ともいえる。英紙インデペンデントのジョン・レントゥール記者も3月20日のツイッターで、「離脱日の延長により、議会は首相案かノーブレグジットのいずれかを選択せざるを得なくなる」と予想する。
ただ、今回、EU離脱が10月末までの再延長が決まり、長期離脱シナリオに向かうことになったことで、英国は5月23-26日の欧州議会選挙への参加が避けられない見通しとなった。ただ、メイ首相は5月の最初の3週間で、首相の離脱協定案が議会の意味ある投票で最終承認されれば、欧州議会選挙への参加は回避できるとの声明を発表しているが、その通りになるか先行きは不透明だ。メイ首相は3月21日の記者会見で、「3年前、国民投票でEU離脱を決めたのに、今度の欧州議会選挙に英国が参加すると国民に伝えることは間違いだ」と指摘。また、同20日の下院答弁でも「長期延長の事態になれば国民投票の結果を裏切ることになる」として辞任を示唆しており、英国の欧州議会選挙への参加問題は、すでに危機的状況にある政界がさらに混乱する新たな火種となるのは必至だ。
また、EUがプランBを追加した裏には、ノーディール・ブレグジットを避ける狙いがあった。英紙デイリー・ミラーのアルバート・ナーデリ記者は同21日付のツイッターで、「EU首脳はメイ首相の離脱協定案が下院で否決されてもすぐにノーディールを提案してこないように4月12日まで2週間の猶予を与え、今度はソフトブレグジット(穏健離脱)案を提案してくる道筋を作る作戦をとった」と分析する。
しかし、EUの本音は英国のEU離脱を可能にするリスボン条約50条の取り消し、つまり、ブレグジットの取り消しにある。3月21日のEUサミット後の会見で、ドナルド・トゥスク欧州理事会議長(EU大統領)は離脱日延長を発表した際、英国が選ぶ可能性が高い4つの選択肢を挙げた。それは(1)首相案によるディール(2)ノーディール(3)離脱日の長期延長、そして第4の選択肢として第50条の取り消し、つまり、ノーブレグジットを加えたところに英国のEU残留というEUの本音が垣間見える。
一方、英国政府も首相案が議会で否決され長期延長となった場合に備え、「考えられる7つの選択肢の中に「首相案+EU関税同盟」と「首相案+EU関税同盟+EU単一市場」のソフトブレグジットの選択肢について議会に投票させたい考えだ」と英テレビ局スカイニュースが3月23日、スクープ記事を流した。「英国の官僚機構はほぼ100%EU残留、つまり、ノーブレグジットの実現を目指している」(同18日付の英紙デイリー・テレグラフ)ので、自然な動きではある。(了)