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【高校野球】岩手第4シードの水沢商は「とにかく高校野球を楽しみ尽くす」

高橋昌江フリーライター
第4シードで岩手大会に挑む水沢商の選手たち

 高校野球真っ盛り。各地で様々な思いが交錯する一戦が繰り広げられている。

 10日に開幕した第106回全国高校野球選手権岩手大会。春の県大会で初の4強入りを果たした水沢商が第4シードで出場する。チームのモットーは「とにかく高校野球を楽しみ尽くす」。初戦は明日16日。1回戦を2-1で突破した盛岡工と対戦する。

■野球が楽しい! 毎日が新たな発見

 ――野球、楽しいですか?

 その問いに水沢商の高橋叶主将(3年)が人懐っこい笑顔で声を弾ませる。

「楽しいです! 今日の練習試合もそうだったんですけど、もう、楽しいっす! 本当に楽しいっす。もう、みんなが個性的なので。1年生もそうですし、2年生も3年生も。練習でも『うわ、ここでこの発想が出るか』とか『こんな感じでやるのか』って、毎日が新しい発見ですね」

 この日、2試合目が終わる頃に雨が降り出し、あっという間に土砂降りとなった。

 ――今日は2試合できましたが、この雨が少し早く降り出して2試合目ができなかったらがっかりしますか?

 雨音に負けないくらい明快な口調で高橋主将が答える。

「そうですね、試合に出たいなと思っているので。みんなが1打席でも多く立ちたいと思っているので。『俺に回せ!』、『絶対に回してくれ!』という思いで試合をしています」

 この春の県大会で4強に進出した水沢商のモットーは「とにかく高校野球を楽しみ尽くす」である。

ベンチの雰囲気はストロングポイントの1つだ
ベンチの雰囲気はストロングポイントの1つだ

■昨夏は花巻東と接戦も秋は未勝利、そこから春4強

 昨夏、岩手代表として甲子園に出場したのは佐々木麟太郎(米・スタンフォード大に進学)を擁した花巻東だった。全国で8強入りしたチームは岩手大会の5試合中、2試合がコールドゲーム。準決勝は6点差で、決勝は無失点で10点差をつけての勝利だった。唯一、苦しいゲームとなったのが3回戦。2-2で9回を終え、タイブレークの延長に突入。11回表に3点を入れて準々決勝に駒を進めたのだった。

 その3回戦の相手が水沢商だった。

 水沢商はこのゲームを経験した選手たちが残る中、秋の公式戦を迎えたのだが、北奥地区予選の初戦で専大北上に1-4で敗れ、敗者復活戦では黒沢尻北にタイブレークの延長10回、12-13で屈した。それが8月31日のこと。白星を挙げられず、県大会に進めず、「スタートで大コケしてしまって」と高橋主将は頭をかく。だが、下を向いていた気配はない。

「専大北上戦は最後に粘り切れず、次はお互いにグダグダな感じになって負けてしまったんですけど、接戦だったので。まだなんとかなるな、これからなんとかできるなという思いはありました」

 春の公式戦まで8ヶ月。

「手の皮が剥けるまでバットを振ったり。めっちゃきつかったんですけど、今思うと楽しかったなと思います。連ティー(連続ティーバッティング)とか、一人5分、打つんですけど、5分がなかなか終わんないんですよ(笑)。『あと2分!』って言われて、まだ2分あんのか、って。そんな感じだったっす。やっている時はまだ続くのかって思いましたけど、今思えば楽しかったです」

 精神的にも肉体的にも楽ではない。だが、過ぎ去った今、「楽しかった」と口にできるのは、投げ出さずに乗り越えたからだろう。

水沢商・高橋主将
水沢商・高橋主将

 そうした成果は徐々に芽吹く。練習、練習試合、ミーティングなどを重ね、チームのスタイルを確立。この春から地区割りが変わって出場した県南地区予選では1回戦で一関一に9-7で競り勝ち、現チーム初の公式戦白星を挙げた。続く代表決定戦は一関二にタイブレークの延長10回、6-5でサヨナラ勝ちし、県大会出場を決めた。準決勝で一関工に12-2の6回コールド勝ち。決勝は昨秋県王者の一関学院に2-10の7回コールドで敗れたが、高橋主将は「第2代表を取れたというのはとても大きな自信になりました」という。

 県大会では、盛岡商との初戦(2回戦)で6-7の7回に一挙6点を入れて12-7。創部初となる8強入りを果たした。準々決勝では高田の追い上げを振り切り、3-2で準決勝進出を決めた。準決勝では花巻東に0-10の6回コールド負け。3位決定戦は大船渡に2-5で敗れたが、初のベスト4という最高成績を残したのだった。

■東日本大震災、そしてコロナ禍

 とにかく高校野球を楽しみ尽くす――。

 今、水沢商が掲げるそのモットーは及川優樹監督の指導方針だ。

「好きだからこそ、楽しいからこそ、深く考えるし、いろいろと試すと思うんです。嫌いなことだと言われたことだけをやって、時間や回数をかけないと思うんですよね。嫌なことだと深く考えないじゃないですか。私もそうなので、ハハハハハ。いろいろとやる機会をこちらは用意できるんですけど、やるかどうかは本人次第。その時に好きだという気持ちが、楽しいという気持ちが大事なのかなと思うんです。野球を通じていろいろと学ぶ、と言いますが、好きで一生懸命やっているうちにいろんなことを考えて学ぶでしょうから」

 人間、興味があることには没頭する。負の感情が強まり、嫌いになった瞬間に手を抜くようになる。“楽”ではないけれど、そこに好きだという気持ちがあるかどうか、楽しめるかどうかで心の色は変わる。

水沢商・及川監督
水沢商・及川監督

「私、水沢商の前が盛岡四で、その前が沿岸の宮古北という宮古市の田老にある高校に勤務していたんです」

 2011年、東日本大震災が起こった時だった。旧田老町は過去の津波被害を受け、2003年に「津波防災の町」を宣言していた。“万里の長城”と呼ばれる総延長2,433メートル、高さ10メートルの防潮堤を築いていたが、3.11の津波はそれを超え、街を襲った。

「野球をやっていいのかどうか。あくまでスポーツ、遊びの野球に誘っていいのかどうか。そう考えていた時に保護者の方から『笑って野球をやっている方が有り難い』とか、『日常を失わせたくない』ということを聞いて、やっぱり、野球は楽しくなきゃな、と思ったんです」

 それまでも楽しく、という気持ちはあった。

「でも、やっぱり、強くしなきゃとか。早くこのプレーをできるようにさせなきゃとか。ガリガリやっていた部分はすごくありましたね。若かったというのもありますし、生徒もついてきた部分もあるでしょうし」

 指導観の変化。とはいえ、転換するのは容易いことではない。

「言葉遣いとかはそう簡単には変わらなくてですね。私、体が大きいですし、怖さや威圧を感じていた子どもはたくさんいたのかなと思います。高校生だから大丈夫だろう、という部分も私の中に甘えであって。卒業した後に『ある意味、監督との勝負だと思ってやっていました』ということを言われたこともありました。野球を楽しむ、野球を上手くなるということをこの子には違う形で頑張らせちゃったな、って。そうしているうちにコロナ禍になり、できることも限られた。だったら尚更、野球をやっていて楽しいと感じられるような環境を作らないとな、と思うようになったんです」

 盛岡四の監督として、2019年には春の県大会で準優勝、東北大会出場に導き、夏は4回戦で大船渡と対戦。佐々木朗希(現ロッテ)から9回裏に同点に追いつき、延長12回の末、2-4で敗れたが熱戦を繰り広げた。水沢商への異動は2020年4月。2年間、部長を務めて監督となったのが2022年。現在の3年生が3年間、監督として接した初めての代で、試行錯誤しながら高校野球の楽しさを追求してきた。

「高校野球は、高校生しかできないので」

及川監督(右)の後ろの選手たちの表情にも注目
及川監督(右)の後ろの選手たちの表情にも注目

■野球を楽しむとは?

 水沢商の選手たちは動きに力みがない。自然体でプレーをする選手が多い。それは過度なプレッシャーやストレスがかかっていないからだろう。ベンチでは選手同士、または選手と監督、コーチが自然な会話を交わしている。

 印象的なシーンがあった。それは水沢商の攻撃で走者が出た時、及川監督がバッターボックスに立つ打者に向かって「バッター、8割」と声をかけた時だった。ベンチにいた選手が一塁走者に向けて「セイヤ君! 2割!」という言葉を発したのだ。及川監督がベンチの選手に向けて返したのは「いいね、その解説!」。そこから得点し、この1点が決勝点となった。

試合中、及川監督(左)と対話する選手たち
試合中、及川監督(左)と対話する選手たち

 試合後のミーティング。及川監督は「明るいのと隙があるのは違う」という話をした。そして、「どうせ楽しむなら中心で。楽しませてもらうのではなく、自分のアイディアで楽しませよう」ということも伝えた。

「自分でアクションを起こした方が絶対に楽しいはずなんですよね。ただ、その分、責任も発生します。その怖さはあるでしょうけど、せっかく好きでやっている野球なので、“その他大勢”で楽しむよりはいいと思うんですよね」

 楽しむ。実にシンプルだが、人によって受け取り方は異なるだろう。仲間や相手、つまり自分以外の人間も関わると度合いや熱量のようなものに齟齬が生じることはないのだろうか。

「最初は境界線が分からない子もいます。誰かをいじるっていうんですかね。誰かへのプレッシャーで楽しもうとする子がいたり。そういうこともあるので、“野球が好きだ”とか“野球が上手くなりたい”という気持ちが基本にあること。それがベースにないと、“楽しい”が違う方に進みやすいですよね。また、対戦校に失礼な感じにならないこと。相手のいいプレーには『すごい』という言葉が出てきてほしいですし、“負けないぞ”、“俺ももっといいプレーをするぞ”という気持ちになれば次の練習につながると思うんです」

 及川監督にとっては、水沢商が商業高校ということも影響があるという。

「実業高校なので、半分以上が就職する子なんです。そうすると、野球は好きだけど続ける時間がないとか、仕事がある程度落ち着いてから野球を再開したいとか、しばらく野球を離れる子が多くなるんです。まず、こんな環境で野球をするって、ないじゃないですか」

 平日であれば、授業を終えてから2時間でも3時間でもスポーツや文化活動に打ち込める部活動。学校によって差はあるだろうが、多くは専用球場や校庭といった学校の施設で野球ができる時間がある。購入する物があるにせよ、道具だって、大量のボールをはじめ、防球ネットなどの備品も学校だからそろっているものもある。そして、仲間がいる。これも学校によるため、選手1人というチームもあるが、大多数が奇跡の出会いを果たした複数人で活動している。考えてみれば、贅沢な時間かもしれない。

学生時代に野球、部活に打ち込めるのは貴重な時間だ
学生時代に野球、部活に打ち込めるのは貴重な時間だ

「しかも、うちは人数が多くないので、1年生から打席に立てますしね。高校野球でいい思いをしていると、いずれまた野球をするでしょうし、自分の子どもにもさせるでしょうし」

 きっと、そんなサイクルがこれまでも野球を支えてきただろうし、これからも支えていくのだろうと思う。苦しい思いや嫌な思いがあったとしても、やっぱり、みんな「野球」が好きなのだ。

「明日も野球をやりたいなと思わせたら、ある意味で我々の勝ちかなと思うんです。もういいや、となったら我々の負けだな、と」

■甲子園って、行けんのか?

 春の県大会で創部初のベスト4入り、といっても、水沢商ナインに残ったのは悔しさだったという。「準決勝は相手が花巻東ということもあって、気負いがあったというか。自分たちらしくできず、何もできないまま1試合が終わりましたね」と高橋主将。冬場の打撃メニューの5分はあんなに長く感じたのに、あっという間の6回コールドで敗れた。

 3位決定戦も「粘りきれなかった」と高橋主将。「確かにベスト4という結果は残したんですけど、みんな、悔しいと思っています」と慢心はない。

 及川監督もこう話す。

「勝つことに意識が行きすぎて、自分たちのチームカラーじゃない野球になっちゃったな、と。自分たちのスタイルじゃないと、勝てないということもそうですけど、面白くないよね、というのは彼らの中であったと思います。よそ行きの形でやっても楽しくない、ということは再認識できたのかな、と思いますね」

 水沢商の選手たちが感じた悔しさは黒星もさることながら、“よそ行き”になったこと。高橋主将は夏に向けて、こう意気込む。

「楽に勝てる相手はいないので、全部、全力でやっていかないと。全力っす。全部、全力っす。その中でも楽しんで、自分たちらしく頑張りたいです!」

 全力。やってきたこと、持っている力を出し切る。そこにとらわれすぎず、「その中でも楽しんで、自分たちらしく」というフレーズが出てきたのはチームの芯を心得ているからだ。そして、昨夏のある経験によるものでもある。

いいプレーには自然と顔がほころぶ
いいプレーには自然と顔がほころぶ

「楽しんでやっていると、雰囲気が変わってくるんですよ」と、高橋主将は言った。

 昨夏の3回戦でのこと。相手の花巻東はスラッガー・佐々木麟太郎が注目を集め、実力者がそろっていた。球場の視線は花巻東に集中する。「完全にアウェーだな」と思ったという。

「シートノックも花巻東が終わった後とこっちが終わった後では盛り上がりが違って。カメラマンも最初、花巻東ばかり撮っていて。でも、こっちが先制点を取って、“お!”という雰囲気になって。守備に行く時はダッシュで出て行って、ゼロ点に抑えた時は『ヨッシャー!』ってベンチに帰ってきて。すると、拍手があったり、ちょっとずつスタンドの雰囲気が変わってきたんです。あの試合は忘れられないですね」

 水沢商は1、2回に1点ずつを入れ、花巻東打線を6回までゼロに抑えた。7回に2点を失ったが、その後も凌いでタイブレークに持ち込んだ。

「楽しむというのは、そういうことなのかなと思っています」

 野球を楽しむ、試合を楽しむ。その境地を2年生で体感できたのは財産だ。そして、甲子園との“距離”にも変化があったと高橋主将は話す。

「僕、正直、甲子園って行けんのか? みたいなところがあったんですけど、去年の夏の試合で公立でもちゃんとやればチャンスがあるぞ、と思えたんです。公立でも戦えるな、って。それ以降、”甲子園”と言葉に出してやっています」

 現在はサードに就くが、昨夏の花巻東戦はセカンドを守っていた高橋主将。試合中のこんなエピソードも教えてくれた。

「麟太郎さんがセカンドランナーで来たんです。その時、もう、思わず、『ちょっと、太もも触っていいですか』って聞いて、あの大きな太ももをチョンチョン、チョンチョンって触らせてもらって(笑)。すごく優しかったです。そして、みんな、オーラがすごくて。これが花巻東か、って感じでした」

 この大らかさが、いい。

■チームの芯は後半勝負と、ひたすら楽しむ!

 3年間の積み重ね、1年前の経験、この春の自信。水沢商の夏が始まる。

「やっぱり、甲子園、行きたいっすね。その中でも楽しむというのが大事だと思うので。正直、何で勝つ、というのはバラバラなんです。今日はバッティングで勝ったなぁ、という試合もあれば、今日は守ったなという試合もあるので。いろんな戦い方があるんですけど、その中でも共通しているのは後半勝負ということと、ひたすら楽しむということ。それがチームのカラーであり、芯であるのかな、と思います」(高橋主将)

 学校の所在は岩手県奥州市水沢。奇遇にも、世界一野球を楽しんでいるであろう、あのメジャーリーガーの故郷である。

 だが彼はもう高校野球はできない。高校野球は高校生の特権。とにかく高校野球を楽しみ尽くす、水沢商の夏が始まる。

チームの”芯”を持ちながら甲子園を目指した戦いに挑む
チームの”芯”を持ちながら甲子園を目指した戦いに挑む

(写真はすべて筆者撮影)

フリーライター

1987年3月7日生まれ。宮城県栗原市(旧若柳町)出身。大学卒業後、仙台市在住のフリーライターとなり、東北地方のベースボール型競技(野球・ソフトボール)を中心にスポーツを取材。専門誌やWebサイト、地域スポーツ誌などに寄稿している。中学、高校、大学とソフトボール部に所属。大学では2度のインカレ優勝を経験し、ベンチ外で日本一を目指す過程を体験したことが原点。大学3年から新聞部と兼部し、学生記者として取材経験も積んだ。ポジションは捕手。右投右打。

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