11月に車内で子どもが熱中症になるか?〜岸和田の事故から考える〜
2022年11月12日、大阪府岸和田市で、自家用車の座席に置き忘れられた2歳女児が熱中症で死亡した。
12日午前7時40分頃、父親は娘3人をワンボックスカーに乗せて自宅を出発し、同市内の認定こども園に長女(4)と三女(1)を預けた後、別の市立保育所に預ける予定だった次女を車に乗せたまま帰宅した。同日午時5過ぎ、父親は同じ車で市立保育所を訪問し、「迎えに来た」と伝えたところ、職員から「今日は来ていない」と言われた。保育所の駐車場に停めた自分の車の中を確認したところ、3列式の座席の最後列にあるチャイルドシートでぐったりとした次女を見つけ、午後5時25分頃に119番し、その後、死亡が確認された。
父親は「この日の朝、保育所に送るため娘3人を車に乗せたが、ひとりだけ預けるのを忘れて帰った」と説明したという。12日は仕事が休みで、自宅に隣接する駐車場に車を停め、窓を閉めて鍵をかけた後は夕方まで車を動かさなかった。普段は母親が3人の送り迎えをしているが、この日は仕事で、父親が3人を連れて家を出た頃に別の車で職場に向かっていた。
熱中症とは
ヒトの体温は、外界の温度が変化しても一定の値に保たれるように調節されている。小児は、体温調節機能、発汗能、腎の濃縮能が成熟しておらず、また体重あたりの水分の占める比率が高いことなどにより、暑熱ストレスと脱水に弱い構造になっている。この調節機能が働かなくなると、体の中で生じた熱を体外に放散することができず、体温が異常に上昇する。このような異常な体温の上昇と脱水の合併した状態を熱中症という。熱中症の「中」は「中(あた)る」という意味で、毒に中(あた)る、すなわち「中毒」と同じ使われ方の言葉である。
体温を下げるのに最も効果的なのは汗をかくことである。汗が蒸発するときに身体の熱を奪っていき、体温が下がる。このとき、湿度が高いと汗が蒸発しにくいので、体温を十分に下げることができなくなる。熱中症のリスクの70%は湿度の影響で、20%が輻射熱(地面や建物から受ける熱)、残りの10%が気温と考えられている。
高温・多湿の環境下で、水分の補給を行わず長時間活動を続けると、体温の上昇と脱水、循環不全が生じ、ついには脳神経の障害、肝臓・腎臓等の内臓の障害、血液凝固機能の障害、筋肉の融解が起こる。これが熱中症の最も重症なタイプで、死亡率が高くなる。
自動車内の温度
JAF(一般社団法人 日本自動車連盟)が行った炎天下に駐車した車内温度のデータを見ると、気温33˚C、湿度55%のときエアコンをオフにすると、45分後には、車のボディ表面は49˚C、車内温度は59˚C、ダッシュボードは74˚C、ハンドルは71˚C、チャイルドシートのバックルの金属部分は47˚Cになると報告されている。
車内に子どもを残した状況を想定し、熱中症の危険度を測定したデータもある(JAF Mate、2013年7月号)。特に対策をしていない白色の車両を使って、買い物などで車内に子どもを残した状況を想定して熱中症指数(WBGT)の測定が行われた。エアコンを停止する前の車内のWBGTは20˚C前後でほぼ安全域であったが、エアコンを停止した5分後には25˚Cと警戒域になり、10分後には29˚Cで厳重警戒域、15分後には31˚Cで危険域に達した。ちょっとした買い物であっても10〜15分くらいはすぐに経過する。子どもがおとなしく寝ているから起こさない方がいい、あるいは冷房が効いているから大丈夫だろうと思って車内に子どもを残すのであろうが、目覚めた子どもが冷房のスイッチを切ってしまうこともある。つまり、子どもを車内に残しておくことはたいへん危険なのである。
熱中症の実態
総務省消防庁から毎年、熱中症の救急搬送数が発表されている。2017年以降、毎年5万〜7万人前後が熱中症のために救急搬送され、最近では年間に1,500人くらいが死亡する。死亡の8割以上は高齢者である。2018年5月から9月には猛暑のため9万5千人が救急搬送された。これらのデータは、5月1日から9月30日までの搬送数となっており、10月以降のデータは示されていない。
日本スポーツ振興センターからは学校管理下の負傷・疾病のデータが示されている。2008年の熱中症の発生件数(総数:3,336件)を見ると(下図)、7月、8月に発生数が多いが、10月(50件)、11月(27件)、12月(13件)、1月(12件)、2月(13件)、3月(12件)、4月(45件)となっており、冬でも熱中症が発生している。
この事例でも熱中症の可能性が高い
大阪管区気象台によると、現場に近い堺市の当日の天気は、午前9時から夕方まで快晴、最高気温は24.1˚C、最低気温は13.2˚Cで、この季節にしては暖かい日であった。
文献を調べてみると下記の表があった。10分で車内温度は10˚C上昇するとされており、この事例に当てはめると、当日の最高気温の24˚Cでは、30分後に車内温度は42˚Cになる。
11月に入って、服をやや着込んでいた可能性もある。チャイルドシートに座っていたため、服を脱いで熱を放散することもできず、9時間、水分補給も行われなかった。これらの要因を合わせれば、熱中症で死亡した可能性は十分にある。
今後の取り組み
これまでにも、車への乳幼児の置き去り事故はあり、注意喚起も行われてきた。パチンコ屋の駐車場の車に置き去りにされた子どもが熱中症で死亡する事故が相次ぎ、最近では、駐車場の見回りが強化されている。最近、園バスで幼児の置き去り死亡事故が起こり、国は2023年4月から、置き去り防止のため、園バスへのセンサ等の設置を義務付けることを決めた。
事故を予防する原則は、「人は誰でも間違える」と考え、「間違えても、忘れてしまっても重症度が高い事故にならないような仕掛け」を実装する必要がある。自家用車への置き忘れについても、保護者の注意力だけに頼ることなく、自動車にセンサ等の設置を義務付ける必要がある。
すでに、自動車に「リヤシート・リマインダ」が付いている車もある。これは、出発時に、後部座席のドアが開閉されたことを記録しておき、降車時に「後席への置き忘れに注意してください」という表示と音が出て、子どもや荷物の降ろし忘れを防ぐシステムであるが、子どもが乗っていることを感知するものではない。一方、空気の動きを感知するしくみにより子どもの置き去りを検知するシステムもある。車外からドアをロックした後に車内の空気が動いたらアラームが発報される。
子どもの置き忘れを防ぐために、自動車に簡単に後付けすることができ、確実に機能するシステムの開発が望まれる。