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「石川県にパワーを」。皇后杯優勝を支えたウイングバック、北川ひかるの進化と被災地への思い

松原渓スポーツジャーナリスト
北川ひかる(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

【8年ぶりの優勝を支えた背番号13】

 INAC神戸レオネッサの8年ぶりの優勝で幕を閉じた皇后杯。左ウイングバックとして今大会4試合にフル出場した北川ひかるは、昨年11月に開幕した前期のWEリーグも含めて大きな存在感を示した一人だ。

 今季、5シーズンを過ごした新潟から神戸に加入。新天地でキャリアの新たな一歩を踏み出した26歳のレフティーにとって、皇后杯は国内での初タイトルとなった。

 延長戦を含む120分間を通じてサイドでアップダウンを繰り返し、延長後半終了間際には、守屋都弥のクロスにヘディングで飛び込む決定機を作った。シュートの軌道はポストのわずか右に逸れたが、PK戦の勝利を見届け、ほっと胸を撫で下ろした。

「延長の最後のヘディングを自分が決めていたら試合は終わっていたので、それは悔しかったです。本当にチーム力があったからこそ優勝できたと思います。皇后杯は個人的にも初タイトルで、今もまだ実感が湧いていないんですけど……本当に嬉しいです!」

 試合後の取材エリアで、北川はそう言って茶色く澄んだ瞳を輝かせた。

左足クロスが武器
左足クロスが武器写真:西村尚己/アフロスポーツ

 一見細身だが体が強く、ディフェンダー登録ながらプレーは超攻撃的だ。ドリブルで持ち上がり、スピードに乗ったまま、左足から高精度のクロスを放つ。

 古巣の新潟と対戦した準々決勝(○2-0)は、立ち上がりの3分に得意のヘディングでクロスに飛び込んでゴール。準決勝の埼玉戦(○3-2)では、延長戦終了間際に自身の左足クロスが直接ゴールネットを揺らし、劇的な決勝点となった。

 北川は石川県金沢市出身。元旦に能登半島を襲った地震は、帰省していた時に起きた。その1週間後のWEリーグ第7節・東京NB(○1-0)戦後のインタビューでは、被災地への思いをこう吐露した。

「自分がサッカーを通じて石川県にパワーを与えたいという思いから今日はプレーしたんですけど、自分のプレーはあまり良くなくて…でも、チームが助けてくれて、(被災地に)元気を届けられたなと思います」

 今大会、チームメートがゴールを取るたびに、北川は歓喜の輪の中で感情を爆発させていた。タイトルを掲げた後、北川の目にもう涙はなかった。

「地元の石川県には、笑顔で、優勝したよ!っていうメッセージを届けたいですし、(地元の)みんなに喜びを伝えたいと思います」

【移籍に込めた覚悟】

 10代の頃からその才能を期待されてきた北川にとって、タイトルまでの道のりは長かった。

 JFAアカデミー福島時代はFWとしても活躍し、卒業後は約4シーズン、浦和で活躍。年代別代表では2014年U-17女子ワールドカップ優勝、2016年U-20女子ワールドカップ3位に貢献するなど、エリート街道を歩んできた。だが、2018年からプレーした新潟も含めてこれまで国内ではタイトルとは縁がなく、A代表にも何度か招集されたが、定着するには至っていない。それでも、新潟では本職以外にセンターバック(3バック)や攻撃的なポジションでプレーするなどプレーの幅を広げ、筋力トレーニングで強さも増した。

A代表でも候補入りしてきた
A代表でも候補入りしてきた写真:長田洋平/アフロスポーツ

 2022年4月の代表国内合宿では、なでしこジャパンにコンスタントに呼ばれるための課題として、守備と、プレーの安定感を挙げていた。

「安定感を高めるために、まずは守備で自分の(左)サイドでやらせないようにしたい。当たり負けしないところは持ち味の一つなので、どんな形でもボールを奪って、強みであるクロスは100%合わせられるようにしたいです」(当時)

 3バックを基本フォーメーションに据える神戸にとって、両ウイングバックの運動量と守備力、クロスの質は生命線とも言える。

 右サイドは、リーグトップクラスの運動量とスプリント能力を持つ守屋都弥が不動の存在感を放っているが、左サイドは2022年に杉田妃和が海外移籍でチームを離れた後は層の薄さが指摘されてきた。水野蕗奈が同ポジションで頭角を現したが、膝のケガで長期のリハビリに入り、C大阪から期限付き移籍で獲得した小山史乃観は約5カ月でチームを去ることに。安定した土台を築く上で、同ポジションをこなせるスペシャリストの補強は喫緊の課題でもあった。

 北川は、そんな神戸からの熱烈なラブコールに応えて加入した。ただし、折に触れて新潟愛を口にしていただけに、移籍に際してリリースされたメッセージには、強い覚悟がにじんでいた。

「慣れ親しんだチームを離れ、新潟を離れることは決して簡単に決められることではなく、正直とても深く思い悩んだ末に出した答えです。サッカー選手として、1人の人間としてもっと成長したいと思い、新しい環境でチャレンジする決断をしました」(新潟公式HPより)

今季からINAC神戸に加入した
今季からINAC神戸に加入した写真:森田直樹/アフロスポーツ

【トップリーグでキャリアハイ更新の可能性も】

 新天地の神戸で、フィットするのに時間はかからなかった。

 成宮唯、三宅史織、増矢理花、そして守屋はJFAアカデミー福島の先輩で、年齢も近い。特に、両ワイドを形成する守屋との関係性は今季の神戸の強力な武器だ。2人が長い距離を走って攻撃参加し、互いのクロスに飛び込んでいく場面は迫力満点だ。

守屋都弥
守屋都弥写真:西村尚己/アフロスポーツ

「きつくても、(守屋)みやびさんからクロスが上がってくると信じて入っていくことを大事にしていますし、細かい部分でも頑張ることを意識しています」

 その献身的な姿勢が実り、クロス数はリーグトップの40本を記録(1月31日現在/2位は守屋の36本)、公式戦16試合で3ゴールを決めている。ゴール数は浦和(当時なでしこリーグ1部)で5得点を決めた2016シーズンに迫る勢いで、今季、トップリーグでのキャリアハイを更新する可能性もある。ただし、高いラインの背後を狙われることも多く、リスクマネジメントや周囲と連携した守備は、さらなるステップアップの鍵となりそうだ。

 神戸は現在、WEリーグで首位をキープしている。今後は、北川に対しても他のチームからのチェックがますます厳しくなるだろう。その中でゴールとアシスト数を伸ばし、2つ目のタイトルに貢献する――。そんな理想のシナリオが描ければ、再び、代表への道も開けるのではないだろうか。

 北川は、故郷への想いを胸にプレーしている。勝利と自身の成長を渇望し、壁にぶつかっても諦めずにチャレンジし続ける。

 3月に再開するWEリーグ後半戦でも、その姿を通じて、傷ついた被災地にパワーを届ける姿を見せてくれるはずだ。

(写真提供:WEリーグ)
(写真提供:WEリーグ)

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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