なでしこジャパンが国内ラストマッチで示した成果と課題。4-3-3のオプションは機能するのか?
【ガーナが見せた”想定外”にどう対応したか?】
パリ五輪初戦まで2週間を切り、大会前最後の課題が浮かび上がった一戦だった。
「能登半島地震の復興支援マッチ」として、7月13日に金沢ゴーゴーカレースタジアムで行われた、なでしこジャパンとガーナの一戦。9000人を超える観客が見守る中、結果は日本が4-0で勝利した。
手放しで喜べる内容ではなかった。ガーナはFIFAランク65位で、ワールドカップ、オリンピックともに出場経験がなく、現在はチーム再建の真っ最中。ポゼッションの強化に力を入れており、攻守に強度の高い試合にはならなかった。
前半22分過ぎには、キャプテンのボアキエが手を使って藤野あおばを倒し、一発退場。だが、10人になったガーナに対し、日本の攻撃は噛み合わず、無得点のままハーフタイムに突入した。インサイドハーフで先発した長谷川唯は「前半は、個人としても本当に今までで最悪なぐらいの内容だった」と振り返っている。
立ち上がりの勢いを欠いた要因の一つは、ガーナが事前の分析とは違う戦い方で臨んできたことだろう。前日の会見で、ガーナを率いるハウプトゥル監督は「ガーナのDNAはポゼッション」と話していたが、日本側はガーナの過去の試合映像から「ある程度長いボールを蹴ってくる」と予想していたようだ。
日本が基本の3-4-3ではなく、4-3-3(4-1-4-1)のフォーメーションを選択したのもそのためだ。
「ガーナのトップ下の選手を押さえて、長いボールに対してセカンドボールを奪うために、ポジション的にも熊谷(紗希)選手をそのポジション(アンカー)に置きました」
池田太監督は守備の狙いをそう話し、熊谷は攻撃のイメージを次のように明かした。
「4-1-4-1で回すのか、自分が(最終ラインに)落ちて3枚で回しながら作っていくのか。攻撃と守備で(システムを)使い分けようというチャレンジでした」
だがフタを開けてみれば、ガーナは徹底してボールをつないで日本のプレスをかわしにきた。現体制で1年半、積み上げてきたポゼッションの成果を全力でぶつけてきたのだ。グループ第3戦で戦うナイジェリアを想定した試合と考えられていたが、長谷川は、「ナイジェリアというより、ブラジルのようなボールの持ち方や体つきだった」と、南米の強豪になぞらえた。日本はその相手からボールを奪えず、苦戦を強いられた。
ガーナは親善試合だからこそ、割り切ってチャレンジしてきたのだろう。それは、日本も同じだ。ボアキエの退場で10人になったガーナが守備固めにシフトしたため、日本は3-4-3に変えて、サイドから揺さぶりをかけてたたみかけることもできたはずだ。だが、池田監督は「相手が一人減ったことで、どういう気づきが選手にあるかを見たかった」と、あえて4バックを貫いた。
強豪相手にも一定の結果を残してきた3バックに比べて、アジア2次予選などで試してきた4バックは練度が低く、実戦での成功体験が少ない。その意味でも、ここで一つ成果がほしかったのではないか。
しかし、日本は全体的に出足が遅く、攻撃は停滞。右ウイングバックの清水梨紗は「自分も含めて、全体的に動き出しが少なかったかなと思う」と、反省点を口にした。さらに、ガーナの守護神C.F.コンランが驚異的な身体能力でファインセーブを連発したことも、試合を難しくした。
ガーナのペースに巻き込まれそうな停滞感が漂う中、試合は後半に大きく動いた。要因は2つあった。一つは、フォーメーションを3-4-3に変更したことだ。ボールの流れがスムーズになり、中央では長谷川が自由にボールを触れるようになった。また、右サイドの清水と藤野あおばのホットラインが機能するようになり、サイドの攻撃回数が増えた。
もう一つの大きな変化は、交代で左ウイングに投入された浜野まいかの存在だ。6月のスペイン遠征でも途中出場で2試合連続得点と、好調を維持し続けている20歳が、鋭い出足で守備のスイッチを入れ直した。
51分に浜野からパスを受けた田中美南が角度のない位置から決めて均衡を破ると、65分にはコーナーキックで田中が頭で逸らしたボールを浜野がボレーで叩き込み、2-0。その2分後には、エリア外で得た直接FKを藤野が決めて3点目。さらに、80分には藤野のFKから、交代で入った植木理子が頭で決めてゴールラッシュを締めくくった。
【ワールドカップの成功体験も糧に】
この試合のように、相手が意表を突いた戦略をとってくることや、1人少ない(多い)中で戦う状況は、五輪本番でもあり得る。イレギュラーな事態に対処するという点で、この試合から得たものは大きかったと思う。
後半だけを切り取れば、収穫も多い試合だった。セットプレーから3得点。田中、浜野、藤野、植木と、アタッカー陣が点を決めたことはチームを勢いづける。田中と植木はそれぞれ、池田ジャパンでトップタイとなる通算12ゴール目を記録。浜野と藤野と田中はアシストも記録し、攻撃パターンの多さを示した。
前半45分は課題が多かったが、特に懸念されるのは、4-3-3の完成度だ。理論的には相性の良いシステムでも、試合の中で機能するかどうかは別問題。1点が明暗を分ける本大会では、システム変更に慎重にならざるを得ないだろう。
「受け手と出し手のタイミングや、共有の精度を上げること」「コンディションを上げて反応を高めていくこと」。指揮官は2つの課題を受け止め、清水は力強く言葉を紡いだ。
「(本番までに)4-3-3を間に合わせたいですし、細部にこだわって、中盤で数的優位を作れる強みを出していきたい。チームでも個人でも、オリンピックに向けて積み上げていきます」
「間に合う」と信じられる根拠の一つは、昨年のワールドカップ直前の状況と似ていることだ。
昨年4月の欧州遠征でデンマークに0-1で敗れた日本は、ボールの奪い方や動かし方に課題を残し、「7月の本番までに間に合うのか」という懸念があった。大会直前のパナマ戦は5-0と勝利したものの、強豪国とのマッチメイクがままならない中、完成度への不安は解消しきれないままだった。
ところが、本大会では強豪国とマッチメイクを多く組んでいた他国がケガ人を多く出す中で日本の選手たちは右肩上がりにコンディションを上げ、グループステージではスペインを4-0で破り、無失点で3連勝。一気に優勝候補に躍り出た。その変化を促したのは、選手・スタッフ間のスムーズなコミュニケーションだった。ほぼ同じメンバーで戦う今回の五輪も、現地に入ってからの“ラストスパート”に期待はできる。
【20歳コンビが灯した希望の光】
個人に目を向けると、浜野と藤野の20歳コンビの成長とキレ味の良さが光った。藤野はプレーエリアが広く、スピードに乗ったドリブルや多彩なパスで突破できる強みにフォーカスされてきたが、この試合ではプレースキッカーとしても一流であることを証明。「フリーキック、プレースキックの精度の高さでしっかりと結果を出してくれましたし、力をしっかり見せてくれたと思います」と、池田監督も太鼓判を押す。
浜野は途中出場で3試合連続ゴール。世界最高峰のイングランドでリーグ王者になったチェルシーでは“練習の質”にこだわり、それまで感覚的に繰り出していたスーパープレーの再現性を高めてきた。最近は、「シュートを打つギリギリの瞬間まで判断を変える」スキルを習得中だという。感覚的な言葉や自由な発言も浜野の魅力だが、前日にはこんなエピソードで取材陣を和ませた。
「イングランドで、試合日にバスの移動中に(道端に)牛が歩いているのが見えるんですが、『この牛が試合に入ったら勝つんだろうな』と考えたりもするんです。でも、自分が戦っているのは人間だよな、と思ったら、(悩みが)ちっぽけに思えるんです。(身体能力が高い)アフリカの選手たちだって同じ人間ですから、牛と戦うよりは楽にサッカーできると思います」
ワールドカップ以降、ケガも含めて葛藤を乗り越えてきた浜野の表情には、以前にはなかった強さが宿り、自身のイメージや考えを具体的に言語化する機会も増えてきたように思う。
攻撃陣では、その2人に加えて宮澤ひなた、清家貴子ら、サイドにスピードのある選手が揃っており、縦に速い攻撃とフィニッシュの精度をどれだけ高められるかが生命線となりそうだ。フリーキックも含めた得点パターンを、残り2週間で確立したい。
「1対1の強度を個人個人が突き詰めながら、チームとしてオプションの確認、立ち位置、プレスのかけ方を整理して全員で共有していきたいと思います」
長谷川の表情からは、強い意志と自信が感じられた。
なでしこジャパンは14日にパリに入り、15日から現地でのトレーニングを開始。19日にコロンビア女子代表とのトレーニングマッチを行い、25日(日本時間26日)のスペイン戦に臨む。