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岡山の昇竜・菅井竜也八段(29)玉の大遊泳で名局を制し佐藤天彦九段(33)に逆転勝ち A級3回戦

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 9月3日。大阪・関西将棋会館において第80期A級順位戦▲菅井竜也八段(29歳)-△佐藤天彦九段(33歳)戦がおこなわれました。

 朝10時に始まった対局は深夜0時28分に終局。結果は127手で菅井八段の勝ちとなりました。これで菅井八段は2勝1敗、佐藤九段は1勝2敗となりました。

深夜のドラマ! これぞ順位戦!

 佐藤九段は豊島竜王に負け、山崎八段に勝ち。

 菅井八段は糸谷八段に負け、羽生九段に勝ち。

 両者ともにここまで1勝1敗でした。

 両者の過去の対戦成績は佐藤九段6勝、菅井八段2勝。前期A級7回戦では振り飛車党の菅井八段が序盤の駆け引きの末に居飛車で雁木に組んでいます。結果は佐藤九段の勝ちでした。

 本局は菅井八段先手で早めに5筋の位を取り中飛車模様。対して佐藤九段が熟慮の末に歩を突き上げて反発。8手目にして緊迫感の漂う序盤となりました。

 菅井八段が攻めの銀を中央に進めたタイミングで、佐藤九段は桂を跳ね出して反発。形勢はほぼ互角ながら、後手番の佐藤九段がうまくペースをつかんだ進行のようにも見えました。

 両者の玉の上部で火の手が上がる終盤戦。佐藤玉が戦場から比較的遠いのに対して、菅井玉のすぐ近くには相手の攻め駒が迫り続けます。

 追われながら、中段をさまよう菅井玉。ソフトは何度か寄せありという結論を出していました。しかし「中段玉寄せにくし」の格言通り、人間の実戦的にはなかなか難しい形にも見えます。

 菅井八段はときに自分の頭をかき、ももを強く叩いて、自身を鼓舞するかのように戦い続けます。菅井玉は延々と中段をさまよいながらも、決め手を与えることなくしのぎ続けました。

 佐藤九段は6時間の持ち時間を使い切り、118手目から一手60秒未満で指す「一分将棋」に入ります。

「50秒、1、2、3、4、5、6、7・・・」

 記録係の秒読みの声が響く中、120手目、佐藤九段は2一の玉を持とうとして、手につかず、一度落とします。一瞬、びくっと驚いたようなしぐさを見せた菅井八段。あわててもう一度持って、3二の地点に置きました。

 菅井八段の残りは9分。落ち着きを取り戻したかのように読み進めます。

 考えること2分。121手目、菅井八段は相手の駒が3枚利いているところに銀を出ます。これで菅井八段勝勢。ずっと動くことのなかった中飛車の縦の筋を通す「次の一手」のような鮮やかな決め手でした。

 佐藤九段はタダで取れる銀を取らず、辛抱。菅井八段は誤ることなく追及の手をゆるめません。

 佐藤九段は髪をかきあげたあと、顔をおおい、がっくりと首をたれました。そして崩れるようにしてうちひしがれ、ため息とともに脇息(きょうそく、ひじかけ)にもたれかかります。

 菅井八段の駒は一気にさばけ、佐藤玉に詰みが生じました。

 125手目。菅井八段は佐藤玉の頭に銀を打ちます。王手。もし同玉ながら、菅井陣の中飛車が佐藤陣に成り込んで龍となり、佐藤玉の死命を制します。

 しばらくの間、盤面は見ずにうつむいていた佐藤九段。「30秒」の声がかかり、気力をふりしぼるようにして正座に直ります。

「50秒、1、2」

「負けました」

 佐藤九段がはっきりとした声で投了を告げ、両者ともに一礼。深夜の大熱戦に終止符が打たれました。

 佐藤九段は脇息にもたれ、次にひざをかかえ、しばらくの間、声を発することなく、ずっとうつむいていました。じっと盤面を見つめている菅井八段。ようやくにして佐藤九段の方から声が出て、感想戦が始まりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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