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ネット端末に強制される受信料には否定的、NHKに関する総務省会議での有識者コメント

境治コピーライター/メディアコンサルタント
NHKプラスの画面(著作権に配慮し画像はぼかしをかけている)

受信料を議論するための会議だと誤解されかねない報道

9月21日夕方、総務省の会議「公共放送ワーキンググループ」の第1回が開催された。公共放送、つまりNHKがネット時代にどうあるべきかを話し合う場だ。そもそも、昨年11月から「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」というこれからの放送業界全体を議論する会議が展開されてきて、その流れでNHKの在り方に絞った分科会がスタートしたものだ。最初なので、今後どんな議論を進めるかの説明と、参加した有識者たちのコメントに留まった。次回以降、テーマごとの議論を深めていくようだ。ただ、有識者たちのNHKについての考え方がコメントから伝わり、今後の議論を楽しみに感じた。

リモート会議システムで最初から最後まで傍聴した私は、終了後にネットでニュースを眺めていると、いくつかの新聞社や通信社の記事がこの会議について伝えていたのを見つけて驚いた。それぞれの見出しが「ネット時代の受信料検討へ」などと、いかにも受信料の議論が中心であるかのような書き方だったのだ。しかもそのまま読むと「NHKの受信料をネットからも徴収するための会議」だと誤解されかねない。案の定、その記事についたコメントには「ネットでも受信料を強制するのか」といったことが書かれている。誤解が誤解を呼んでしまっている。

先述の通り、この会議はNHKの今後の在り方を議論するためのもので、受信料は各論に過ぎない。総務省が用意した資料にはこんな議題が書かれている。

(1)インターネット時代における公共放送の役割

(2)NHKのインターネット活用業務の在り方

(3)インターネット活用業務に関する民間放送事業者への協力の在り方

(4)インターネット活用業務の財源と受信料制度

受信料制度の部分には「新たな公共放送を支える受信料制度の在り方として、どのようなものが考えられるか」となっており、いくつかの方向性を出すことに留まりそうだ。素直に読めば、会議の重心は(1)と(2)にあることがわかる。

さらに出席した有識者のうち何人かは、コメントの中で受信料について触れたが例えばある人はこう述べていた。「インターネットに接続する機器を保有しているだけで受信料を支払う仕組みとすべきではないと考えます」受信料に触れた有識者はいずれもほぼ同じ意見で、ネットに繋がる端末を持っているだけで受信料を取るべきではない、というものだった。スマホを持っている人に受信料を強制すべきだと発言した人は一人もいない

もちろん、今後の議論によってはどうなるかわからないし、最初にこう述べた人が考えを変える可能性はないとは言えない。だが、会議を直に聞いていた印象からすると、このメンバーで議論した結果「ネット端末を持つだけで受信料を取る」との結論になることはあり得ないと思った。

そして重ねて言うが、この会議は受信料を議論するのが大目標ではない。NHKが今後どうあるべきか、社会的役割を見直してネットでどんな情報伝達をすべきかが大きなテーマで、受信料はその次のステップとして議論になるかもしれないものだ。

嫉妬する新聞業界、苦悩が待つNHK

会議を傍聴した私からすると、受信料がメインの会議であるかのような記事の見出しはおかしいと感じた。そして「またか」とも思った。NHKのネット活用に関する総務省の会議は2015年から2020年にかけても行われてきたが、それを報じる時も各新聞の伝え方は同じ会議を見ていたとは思えないことが多かった。どこか火をつけようとしているように見えた。NHKを悪者にしたがっているのではと疑いたくなる。

徐々にわかってきたのだが、新聞業界はNHKを何かと目の敵にするのだ。その気持ちはわからないでもない。NHKは苦労をしなくても巨額の受信料を毎年手に入れられる。そして新聞社や民放が取材記者の人数をやりくりしながら取材しているのに対し、NHKはふんだんな受信料をベースに優秀な記者を数多く揃え、大事件が起こると数チームで交替に取材する。それが全国津々浦々に配置されているので、新聞社はたまったものではないのだろう。

だからと言って、会議の主目的を誤解させるような記事はいかがなものかと思う。NHKへの批判を煽ろうとしていると言われても仕方ないのではないか。またこれまでのNHKに関する会議に出席した際の日本新聞協会の姿勢と発言は大人が言うことだろうかと恥ずかしくなるほどだ。新聞業界全体が新しい動きに難癖をつける老害そのものに見える。

それにNHKのネット事業にストップをかける前に、自分たちのネット展開をなんとかしたほうがいいのではないか。日本の新聞のネット活用は遅れ過ぎている。ほっとくと2030年あたりには大変なことになるだろう。NHKより自分たちのことをこそ心配すべきだと言いたい。

ではNHKの方は総務省の会議に身を委ねれば安泰なのかというと、まったくそうではない。公共放送ワーキンググループの会議ではそこまで至らないにしても、いずれ「ではネットでの利用者からどう受信料を取るのか」の議論は避けて通れない。

もちろん有識者の皆さんが言う通り、ネット端末を持っているだけで料金は取るのはありえない。だが、テレビは持ってないがNHKの配信やテキストニュースを積極的に利用する人から何らかの料金は取るべきとなりそうだ。その場合、料金を払わない人には情報を見せないことになる。そうすると、ネット上で国民に情報格差が生じる。公共メディアがそれでいいのか?あまねく国民に必要な情報を正しく伝えるのが公共メディアなら、料金を払うかどうかで差をつけていいのか。それでは公共メディアではなく、有料メディアになってしまう。

つまり、ネット上で放送と同じように「公共メディア」が成立するのか、という議論になる。そしてこの議論は誰もが納得できる結論は出ないと私は思う。例えばイギリスのBBCはNHK同様テレビを設置すると料金を払うが、払わないと高い罰金が課せられるため90%を超える徴収率を誇る。また早くからネット展開を進めていたため、ネットでの利用者もかなり多い。そういう状況なら、受信料の考え方を変えやすいだろう。

NHKは受信料支払いを「信頼の証」のように捉えてきた。いい放送をすれば皆さん払ってくれるはず。罰則なしで80%程度の徴収率は高いと思うが、ネットだと同じ考え方ではどこかに矛盾が生じる。新しい時代に身動きが取れなくなりつつある。

せめてNHKプラスをもっと早く始めて若い世代も馴染んでくれていれば話は違ったかもしれない。だが意地悪な新聞業界に茶々を入れられたこともあり、議論はカタツムリのようなノロさで5年もかかった。

新たな受信料の議論も、結論が出せないまま空転し、また5年くらいかかるのではないか。気がつくと、新聞もNHKも身動きが取れないまま沈んでいくことを懸念してしまう。そんな最悪の予想が当たらないことを願っている。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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