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相模原殺傷事件と死刑判決が私たちに突きつけた問題:全ての命は大切か

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
相模原障害者施設で殺傷 (2016年7月27日)(写真:ロイター/アフロ)

■ 植松聖被告に死刑判決

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月に発生した、利用者ら19人が殺害された事件。被告人の、元同園職員、植松聖(さとし)(30)に、横浜地裁は死刑判決を下した。

相模原障害者殺傷事件 植松被告に死刑判決 横浜地裁:3/16、14:16 毎日新聞Y!>

■ 相模原障害者施設殺傷事件(津久井やまゆり園大量殺人事件)の衝撃

19人もの人が刺殺された。障害を持つ人々が殺害された。被告人は語る。「意思の疎通が取れないような重い障害者は、安楽死させたほうが良い。彼らは人々を不幸にするだけだから」。

事件の衝撃は、その被害者の人数だけではなかった。保護されるべき社会的弱者が殺害のターゲットとされたこと、そしてその思想だ。

私たちは混乱した。各障害者団体等は、次々と声明を出す。彼の言葉がいかに間違っているかを示すために。力のこもった、思いを込めた声明だ。

マスコミは、テレビは、障害者の生き生きとした活動などを紹介した。容疑者の発言は完全に間違いで、障害を持った人も、言うまでもなく、人間としての価値があり、生きる権利があると示すために。

ただ、テレビに登場した人々は、歌ったり踊ったりおしゃべりもできる人たちだ。被告人が語ったのは、意思の疎通が取れない人たちのことなのだが。

■私たちはなぜ混乱したのか

殺人事件は毎日起きている。大量殺人は稀だが、人は怒りで人を殺し、恨みで殺し、金目当てで殺し、愛を動機として殺す(一家無理心中など)。

全部いけないことだが、私たちはその犯罪に怒り悲しんでも、特に犯人に反論をしない。人々みんながそんなとを考えているわけではないと、知っているからだ。

だが、この事件は違った。私たちが被告男性の言葉に戸惑ったのは、社会の中に、そのような考え方があると、わかっているからだ。

インターネットの中の乱暴な人たちが、彼を称賛しているだけではない。リアルな、まっとうな社会の中にも、類似の考え方があると、知っていたからだ。

社会の中にあるということは、社会という抽象的なものの中にあるという意味ではなく、私の中にもあなたの中にも、ありうるということだ。

被告人の言っていることは間違っている。だが、このテーマは深く複雑だ。

「事件は派生的に『生きるに値しない生命はあるのか』という根源的な問いを、わたしたちに投げかけた」(神奈川新聞3/16、5:00 Y!)。

安楽死問題、尊厳死問題、出生前診断問題。意見は様々だろう。

■重度心身障害者と私たち:子供に関する悩み

私たちは子供のことで悩む。成績や健康、就職、結婚、非行や引きこもり。だが、ある障害児の親は言っていた。皆さんの悩みは贅沢だと。

しかし、さらに重い心身障害を持った子の母親は語っていた。

「この子が、ひとこと、たったひとこと、『お母さん』と呼んでくれたら、私の苦労は全て報われる」と。

だが、その願いは叶えられない。その子は何歳になっても歩くこともできず、つかまり立ちすらできず、話すこともできない。知的レベルは、赤ん坊のままだ。

パラリンピックの選手たちがいる。スペシャルオリンピックス(知的障害者の大会)の選手もいる。車椅子で国会議員になる人もいる。素晴らしい芸術を作り上げる人もいる。

そして、そんなことは何もできない人もいる。

重度心身障害者の人々を、町中で見ることはない。テレビに出ることも、まずない。重度心身障害を持つ人は確かに生きていて、私たちの町にもいて、その家族のみなさんが生活している。

しかし、私たちには見えない。いや、見ようとしない、考えようとはしない。まるで、そんな人は最初からいなかったように。

この事件は、その問題を私たちの目の前に突き付けたのだ。

■命の価値とは

全ての人の命に価値がある。

そのとおりだ。だが、本当にその通りかと考えることは意味があるだろう。

出生前診断は、以前よりも早い時期にできるようになっている。重い障害を持って生まれてくるとわかった時には、どんな決断を下すべきなのか。簡単に意見などできない。

人工中絶を選ぶ人を、私はもちろん批判などできない。

どんな命も、どんなに重い障害を持つ人の命も、等しく大切だろうか。

どんな命も、どんな行為をしてきた人の命も、等しく大切だろうか。

金も稼げず、税金も払えず、家族の介護負担は重く、その人一人のために多額のお金が使われる。その人の命も、等しく大切だろうか。

人の命は大切(病気や障害の人は除く)。

人の命は大切(重い病気や障害の人は除く)。そうだろうか。

「○○の人は除く」ということは、結局「人の命は大切」とは言えないことにならないだろうか。

障害児が生まれて、逃げてしまう父親は珍しくない。一家離散もあることだ。だが、その危機を乗り越えた家族は、異口同音に語る。「この子こそ、私たちの宝だ」と。

生まれつきであれ、大怪我や大病のせいであれ、動けない人はいる、意思の疎通が取れない人がいる、意識の戻らない人もいる。

その意思の疎通が取れない人を、看病する人がいる。話しかけ続ける人がいる。その人のために本を読み、歌を歌う人がいる。その声が届いているのどうかはわからない。科学的、医学的に意味があるのかもわからない。だがそこに、人としての尊厳がある。

さて、この事件の登場人物として、被害者の他にもう一人、病と関わる人がいる。被告人男性、植松聖だ。

彼は死刑判決を受けた。そして彼は、事件の前に精神科に措置入院(強制入院)している。事件時には責任能力はあったとされたが、同時に、精神科的な診断名も付いている人だ。

人の命は大切(犯罪者は除く)。

人の命は大切(殺人者は除く)。

人の命は大切(同情できない大量殺人者は除く)。そうなのだろうか。

ここで死刑制度を論じたいのではない。今回の事件と死刑判決を、私たちがどのように考えるか、何を感じ、どう発言するかが問題だ。

理念は大切だが、現実も無視できない。全ての人の命は等しく大切だが、医療の場面でもトリアージが行われることはある。

新型コロナウイルスで医療崩壊し、人工呼吸器が足りなくなれば、合併症がある80代の呼吸器を取り外し、治る可能性のある20代に呼吸器を取り付けることはあるだろう。

しかし、断腸の思いでその決断を下した医師は、命を軽んじたわけではない。

日本の現状の法律によれば、この事件は死刑判決が妥当だろう。様々なことを考慮しても、「死刑を持って臨むしかない」と裁判官は語っている。

死刑判決は、素人の裁判員にとっても、プロの裁判官にとっても、重い決断だ。死刑が執行される時には、そのボタンを押す人も、重い仕事をすることになる。

では、裁判員でも、被害者の遺族でも関係者でもない私たちは、どう考えたら良いのだろう。

死刑判決に喝采を叫び、弁護士をののしり、控訴されないことと、一日も早い死刑執行を願えば良いのだろうか。「犯人の言っていることはめちゃくちゃだ。障害者の命も大切だ」「人の命は大切だ」と語りながら。

判決直後の今、Twitterでは「死刑判決」がトレンドワードになっており、様々な投稿が並ぶ。

「植松のカス以外の死刑囚も一気に執行してください」。

「被告と同じように、仕事で日々 重度の障害がある方たちと接してきた私。辛い、辛いニュースだった。衝撃だった。自分も被告と同じ思考になってしまうんじゃないかって恐怖もあった」。

事件は判決では終わらない。ご遺族の苦しみは続き、事件と犯人のことは、長く語られ続けることになる。

私たちは犯罪に負けてはいけない。犯罪者の言葉に惑わされず、犯罪を憎み、犯人を逮捕し、正しく裁き、犯罪を予防しなければならない。そして、犯罪事実と裁判を通して、命の大切さと人としての尊厳を学ばなければならない。介護者のみなさんを、支援しなければならない。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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