「普通って、なんだよ」北欧の公共サービスとクィアマイノリティ
クィア・マイノリティにとって、公共サービスはどれほど利用しやすいのだろうか?
北欧の医療や支援サービスは、インクルージョンを目指し、さまざまなグループのニーズを認識する努力を強めている。 にもかかわらず、マイノリティの背景を持つクィアにとって、アクセシビリティはまだ困難な場合がある。
オスロ・プライド週間では、現地のクィア団体「クィア・ワールド」やメンタルヘルス団体が、このトピックに関する行事を開催した。ふたつの行事を取材したことを、この記事ではまとめている。
ノルウェーのクィア当事者たちからは、このような体験が寄せられた。
- クィア当事者自身たちも、どこで公的な医療福祉サポートを受けられるのか把握していない
- 政府当局がクィア市民を「気にかけている」とは思えない
- 公的機関がクィア市民の実態や悩みを分かっていない
- 担当医の多くがクィアに関する知識がなく、「親切ではない」と現場で感じてしまう
- 担当医は患者を「助けたい」とは思っているのだろうが、クィア知識を持っていない
- 患者が「ノルウェー語が話せない」と、そのことに驚く担当医がいる
- ノルウェーの現状把握のための「マッピング」調査は時間がかかりすぎる
- 言葉の壁で情報を探すのが大変で、誰に相談したらいいかもわからない
- 担当医や相談窓口に「信じてもらう」ことに多くのエネルギーを奪われる
- トランスジェンダーである人が政治家になるべきだ
- クィア団体と医師たちが連携できていない
- 良い医療サービスを受けられないから、差別をさらに受けて、メンタルヘルスが悪化する
- 健康は本来「人権」のはずなのに、クィア市民からはこの人権が奪われている
- 市民や健康状態を「普通かどうか」という物差しで測る危険さ。「普通って、なんだよ」
- 「精神的に不安定」と診断が下ると、ノルウェーでは性に関する適切な治療が受けられなくなる
- 精神科医の知識不足。長く相談してから、やっと「ああ、あなたは本当は男性/女性なんですか」と気が付く精神科医がいる。この「これは新しい情報だ」という反応に大きなフラストレーションを感じる
- 医療従事者がクィアについて学ぼうとしない。「精神科医はバカなのか」と思うことさえある
- ノルウェーではクィア市民は「尊重されない」
ノルウェー語を話さないクィア市民が感じる言葉の壁
ノルウェー語が理解できないクィア市民からは、税務局、移民局などの公的機関を「平等に利用できかい」という問題が強く指摘された。
英語のページはあっても、さらに詳しいことを知ろうとしてリンクをクリックすると、「ノルウェー語のページしかない」体験談は「あるある」だ。ノルウェーに来たばかりのクィア市民にとって「大きなフラストレーション」になっており、「歓迎されていない」という印象を受ける。
「ITやテクノロジーがそれほど発達していない国から来た当事者たちにとっては、オンライン予約やフォーム記入が大きなストレスになっている」とクィア・ワールド団体は述べた。
これは「AI翻訳アプリを使えばいいじゃないか」という問題ではなく、公的機関がクィア市民にどれほど配慮しているかの問題だ。
オスロ市の担当者は、担当医との連携で、ホルモン療法に関する情報周知に努めていると説明した。
また、本来は全国の医師がクィア知識をアップデートできるように、全国レベルのまとめ役組織が必要とも考えるが、「国会議員はべつの分野にお金を配分する」と、現場の公務員としても目の前に壁が立ちふさがっている状態であることを赤裸々に語った。
医者がホルモン療法を「怖がっている」
オスロの担当医たちと連絡をとるオスロ市の代表は、「担当医たちがホルモン療法に関わることを怖がっている」実態も打ち明けた。
そこで、鋭い一言が会場のクィア当事者から投げかけられた。
「怖い?怖いだって?医師たちは何を怖がっているというんですか。私たちクィアは、もっとさまざなことで、怖い思いを毎日しているというのに!」
執筆後記
声をあげたら、なにかが変わるか?
北欧のフィードバック文化に対する筆者の意見
オスロ市はまだいいほうで、他の自治体ではより多くの問題が生じていることも会場では指摘された。平等を大事な価値観とする北欧だが、まだまだ平等への道のりは遠い。
筆者は移民マイノリティとして、ノルウェーの医療福祉制度には感謝もするが、フラストレーションを感じることも多々ある。クィアと医療福祉というテーマを聞いていると、共通点が多くて目を丸くしつた。
この話し合いには、ノルウェーの第三者機関であるオンブッドの担当者も来ていた。「差別体験を受けたら、フィードバックしてほしい」「フィードバックで制度は変わる」という姿勢のオンブッドマンだったが、「そういうことじゃないんだ」と会場からも意見が相次いだ。
「フィードバックして」とノルウェーの組織はよく言うけれど、「この国のフィードバック文化は独特だ」と筆者も思う。
そもそもフィードバックするという行為自体がどれほど大きなストレスかが理解されていない。北欧諸国の組織にクレームやフィードバックをするには、それなりの知識とコミュニケーション・スキルが必要なのだ。
「サポートが欲しいなら、現地でフィードバックするスキルを身につけて」が暗黙の条件であり、すでに社会で抑圧や差別を受けて、精神的にまいっている市民にそれはきついと筆者も感じる。ノルウェー組織の課題は、窓口が「フィードバックの何が大変なんだ」とわかっていないことにもあるだろう。
北欧では声をあげない限り、制度に変化は起きない。だが、声をあげる人たちはすでに心身ともに疲労している。ここの不公平さがいつか解決されてほしいと思う。