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どっしりとした緑屋根の木造駅舎が残る匝瑳市の玄関口 総武本線 八日市場駅(千葉県匝瑳市)

清水要鉄道・旅行ライター
八日市場駅

 変換プログラムの精度がめっきり上がった今ではすっかり少なくなったが、ほんの数年前までは地名や駅名が誤変換されてしまうというのもあまり珍しいものではなかった。そんな誤変換されがちだった地名の一つが千葉県の「八日市場(ようかいちば)」だ。今でこそ「ようかいちば」と打つと一発で「八日市場」と変換されるが、筆者が中学生だった頃までは「妖怪千葉」と誤変換されることも珍しくなかったと記憶している。

 そんな八日市場駅があるのは千葉県匝瑳(そうさ)市。これまた難読で、昔は誤変換されることが多かった地名だ。

駅舎
駅舎

 八日市場駅は明治30(1897)年6月1日、総武鉄道が成東から銚子まで延伸した際に開業。駅舎は年季の入った木造のもので、同じ線内の松尾駅・横芝駅と同じく入母屋造だ。開業時のものという説もあるが、築年ははっきりしない。開業時ものであれば、横芝駅と並んで千葉県最古の駅舎となる。もし、後年建て替えられたものだとしても、造りから見て明治・大正期のもので、おそらく築百年は超えているだろう。主要駅らしくどっしりと安定感のある大きな駅舎だ。

「八日市場市」の標記が残る駅名標
「八日市場市」の標記が残る駅名標

 駅開業時の所在地は匝瑳郡福岡町で、大正4(1915)年12月8日に町名改称で匝瑳郡八日市場町となっている。「八日市場」は毎月八日に市場が開かれていたことに由来する地名で、明治の町村制までは匝瑳郡八日市場村が存在した。

 駅ができた際に当時の町村名ではなく、以前の町村名を駅名とし、のちに町村名を改称して駅名に合わせる例は多く、同じ千葉県の長者町駅も同じパターンだ。もし駅名が当時の町名から取られていれば「下総福岡」となっていただろう。

 匝瑳郡八日市場町は昭和29(1954)年7月1日に単独市制施行して八日市場市となったが、平成18(2006)年1月23日に匝瑳郡野栄町と合併して匝瑳市となり、自治体名としては消滅した。八日市場市が消えてから18年が経過するが、一部の駅名標にはうっすらと「八日市場市」の標記が残っている。合併時に上書きして消したのが経年劣化で剝がれてきたのだろう。

 ちなみにだが、八日市場は俳優の故・地井武男氏の出身地でもある。

駅舎内
駅舎内

 八日市場駅は匝瑳市の代表駅で、特急「しおさい」も停車するが、みどりの窓口は廃止されて久しく、代わりに指定席券売機が設置されている。

 主要駅だけあってか何度も改装されているため、内部だけ見るとあまり古い駅舎という感じはしない。昔の写真を見ると、駅舎正面の自販機の辺りにキオスクがあったようだ。

ホーム
ホーム

 ホームは相対式二面二線。駅舎側の1番線が銚子方面、反対側の2番線が成東・千葉方面だ。佐倉と銚子の二都市間では、成東・八日市場経由の総武本線と成田・佐原経由の成田線の二つの経路があり、誤乗防止のために案内表示では「八日市場回り」と表記されることもある。

 駅西側の駐車場になっている辺りにはかつて、成田とを結ぶ成田鉄道多古線の八日市場駅があったが、戦時中に不要不急路線として休止されてしまい、廃止から80年近く経った今ではその痕跡を見つけるのは難しい。

千葉県道212号八日市場停車場線
千葉県道212号八日市場停車場線

 日本最大の植木・苗木の栽培面積を誇る匝瑳市の玄関口で、主要駅らしい風格を備えた木造駅舎の残る八日市場駅。今のところ建て替え計画はないものの、横芝駅のように地元からその古さを評価されているわけではないことを考えれば、あっさり建て替えられても不思議ではない。今見ておいた方がいい駅舎の一つだろう。

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鉄道・旅行ライター

駅に降りることが好きな「降り鉄」で、全駅訪問目指して全国の駅を巡る日々。

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